第90話 ニトの街
ミスティナ皇国にあるニトの街は、湖の湖畔に広がり、街には川と水路が流れる水の都だ。
この地の領主は、王家の血筋であるシュトロード公爵家が管理しており、皇太后の実家でもある。
ニュイとマーレを引き連れた俺は、正面からこの街に入る事にした。
これは、マーレに人族社会の道徳と習慣を知ってもらおうと思っての事だったのだが……
「ねぇ、何で街に入るのに並ばなきゃいけないの? 」
「そういう決まりなんだ」
「面倒なのね」
「これも勉強だ。俺達の生活を知りたいのだろう? 」
「そうだけど、かったるいのはパス」
随分、我儘に育ったようだ……
これは、お仕置きが必要になるかもしれない……
俺達の順番が来たようだ。門兵に貴族章を見せる。
すると、
「ラビス準男爵様ですね。お連れは2名様ですか? 」
「そうです」
「では、あちらの門からお入り下さい」
正門の脇にも立派な門がある。
貴族は、こちらからフリーパスで入れるようだ。
「何だ。すぐ入れるじゃない。並んでたの馬鹿みたいだったね」
俺も知らなかったので言い返せない……
「そうだ。何か食べようか? ニュイもマーレもお腹が空いただろう? 」
「うん」「やったーー! 」
門兵に評判のお店を聞いて、俺達はその店を目指す。
この街は、水路で荷物を運んだりするようだ。道路脇には、綺麗な水が流れる水路が道に沿って流れている。
紹介してもらった店に着いたが看板には『ワキ毛のアン』と書かれていた。
店に入ると、
「いらっしゃいませ〜〜。まぁ、可愛い、3名様ね〜〜」
入るべき店を間違えたようだ。女装したオッさんがそこにいた。
「お腹すいたーー、人族って何を食べるの? 」
マーレは気にしないで席に着いてしまった。もう、引き返せない。
仕方なく俺もニュイも席に着く。
ニュイは、頭が混乱しているようだ。
安心しろ、ニュイ。俺もだ……
「おすすめは、このプロテイン入りの鳥肉とレバーのドンドコ丼よ」
水を持ってきたその筋肉女装オッさんは、この店のおすすめを紹介する。
あの門兵、なんて店を紹介するんだ?
そういえば、あの門兵もマッスル系だったな……
「私、それ食べたーーい」
マーレの好奇心に俺とニュイは負けてしまった。
「はい。かしこまり〜〜、ドンドコ丼3つ入りま〜〜ス」
意味ありげな言葉を残し筋肉女装オッさんが店の厨房に行く。
俺はマーレに
「魚料理もあるみたいだぞ。肉料理で構わないのか? 」
「だって、せっかく人族の街に来たんだからたまには変わったものが食べたい」
魚を丸かじりしてたから大概なものは食べられるだろうが……
料理が運ばれてきたようだ。
見た目は普通だが……
一口食べてみると
「美味し〜〜い」
「確かに、美味いな」
「うん」
みんなの評判は上々だ。
すると、女装オッさんがきて、
「どう? 美味しいでしょう」
「うん、最高! 」
マーレは機嫌がいい。
「貴方達、芸術祭に来たの? 」
「芸術祭? 」
「あら、違うの? このニトの街で毎年行われるお祭りよ。歌や絵画、芸術なら何でもOKの祭典なのよ」
そんな祭りがあるのか……
「優勝すると、大金がもらえるんだから〜〜」
「そうなの? 」
「そうよ〜〜、それに優勝できなくても良い成績なら芸術家として国から認定されるのよ。去年優勝した歌姫は、郊外に大きなお屋敷を買ったわよ〜〜」
「私、出る〜〜、歌でもいいの? 」
「えぇ、でも、歌姫には敵わないわよ。何たって5年も連続で優勝してるのですもの〜〜」
「え〜〜絶対、私の方が上手だと思うけどな〜〜」
「そうなの? じゃあ、頑張って優勝目指してね」
マーレはすっかり芸術祭に出る気のようだ。
「芸術祭も良いのですが、ここら辺で良い宿屋はありますか? 」
「あら、じゃあ、うちに泊まれば? ここ宿屋もしてるし〜〜」
出来れば別のとこに行きたいが……
「じゃあ、そうしよう。パパ」
「あら、あら、若いパパさんね〜〜」
興味を持たれてしまったようだ。早く逃げ出したい……
「3名様、お泊まり入りま〜〜ス」
もう、交渉は完了していたようだ。
仕方ない……
◇
部屋は、3階にある広い部屋でベッドが4つに浴室も完備されている。
怪しい親子と勘違いされた俺達はこの部屋の泊まる事になってしまった。
「結構、広いわね」
「マーレ、あれほどパパと呼ぶなと言っただろう? 」
「いいじゃない。呼びやすいし」
まぁ、好きにさせるか……
部屋にあるソファーに腰掛け、衛星で依頼の手紙を探す。
何と、この街だけでも10件もある。
これは、忙しくなりそうだ……
依頼の手紙を確認するのは夜だ。まだ、お昼を過ぎたばかりで時間がある。
「少し、街を散歩するか? マーレの服も買わないといけないしな」
「散歩は行きたいけど服はパスよ」
「マーレの服はミルフィーの借り物だろう? 自分の服も用意しないとダメだ」
「パパは煩いんだから〜〜わかったわよ」
マーレは、反抗期の中学生の娘のようだ。
「ニュイの服も買おうか? 」
「服? 遊び、できるものがいい」
服よりおもちゃが欲しいらしい。
2人を連れて街にでる。
まずは、マーレの服選びだ。
服飾店を探していると商店街で『ヒュール商店』を見かけた。
ユオの店は、手広く商いをしてるようだ。
その隣にある服飾店に入る。
すると、
「いらっしゃいませ。ライル様ですね」
「そうだが、ここもユオの店なのか? 」
「はい。そうです」
店を手広くやっているのはわかるが、何故俺だとわかるのだろうか……
「何故俺だとわかるんだ? 」
「ミルフィー様から連絡を頂いております」
ミルフィーは、完璧な秘書のようだな……
「そうか、この子の服を頼みたい。俺には、良くわからないから」
マーレの服を店の人に選んでもらい、その間、俺とニュイはお茶をご馳走になっていた。
すると、マーレが駆け込んで来た。
「もう、パパ、服嫌い! 」
「どうしたんだ? 」
「だって、いろんな服を取っ替え引っ替え着せられるのよ〜〜。耐えられない」
「それは、必要な事だ。我慢しろ」
「えっーー!! 」
そして、店員さんにまた連れて行かれたマーレは、店を出る頃には思いっきり疲れ果てていた。
◇
ニトの街の商店街を出る頃には、陽が暮れはじめ、宿屋に戻る事となった。
ニュイは、商店街の雑貨屋さんで売っていたクレヨンが気に入り、同じところで購入したスケッチブックに何やら描いていたが……。
宿屋『ワキ毛のアン』に戻ると女装オッさんが駆け寄って来た。
良く見ると、この店を紹介した門兵と見知らぬ衛兵2人を連れそっている。
「貴方、貴族だったの〜〜、も〜〜う、言ってくれれば良かったのに〜〜」
店主らしかった女装オッさんがそう話すと、今度は衛兵がやって来て
「ラビス=ランドル準男爵様ですね。シュトロード家当主ブリード様がお呼びでございます。お屋敷までおいでくださいとの事です」
何かしたかな?
もしかしたら……
「わかりました。部屋に荷物がありますので取って来ます。少し時間を下さい」
そう言って部屋に上がる。
マーレとニュイを連れて行こうとしたら店主に意味ありげにウィンクされた。
俺が屋敷に行ってる間、2人を見ててくれるみたいだ。
部屋に入って、侍女のエリスに腕輪で連絡を取る。
………………………………
「エリスかい? 」
「ラビス様、本当に会話が出来るのですね」
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何でしょうか? 」
「今、ニトの街に来ているんだけど、シュトロード家に呼び出されたんだ。何でかな? 」
「それは……」
侍女のエリスが言うには、貴族として街を訪れた場合、その領主に挨拶するのが礼儀らしい。その際に手土産を持参する事が大事だと教えてくれた。
今まで、勝手に街に入っていたのでこういうしきたりは面倒だ。
それにエリスからシュトロード家は、皇国の有力貴族なので失礼の無いようにと念を押されてしまった。
◇
衛兵と共にシュトロード家に案内される。
通された部屋は、食事ができるテーブルと椅子が並んでいた。
料理も豪華なものが既に並んでいる。
シュトロード家の者達はみんな席に着いていた。
当主のブリード=シュトロードは、60歳ぐらいの紳士で現役で当主を務めている。皇太后の弟さんのようだ。
その奥さんと若奥さん。それと20歳の男子と17歳の女性、それに12歳の男子の子供達だ。子供等の父は、王城勤めでこの領地にはいないようだ。
「この度は、お招き頂きましてありがとうございます。先日、準男爵の爵位を賜ったラビス=ランドルと申します。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません」
「君がラビス君だね。挨拶を交わすのは初めてだ。爵位の授受式の時は私もいたから君の顔は知っていたよ」
「これは、ブリード様、私のような者を見知って頂きありがとうございます。つまらないものですが、手土産を用意致しました。ご査収いただけたら幸せに存じます」
俺は、事前に執事に渡しておいた物を運んでもらう。
竜の里の宝物庫にあった宝石箱と装飾品の短剣、それとクロウ勇国で買っておいたカステラだ。
俺の持ってきた手土産を見て、シュトロード家の人達の顔色が変わった。
「ラ、ラビス君、こ、これは……」
「宝石箱と短剣です。宝石箱の中には裸石の宝石が入っています」
「これをどうしたんだ? 」
流石に竜の里の宝物庫にあったとは言えない……
「以前、旅をしていた時に、助けた商人から頂いた物です。何処かの遺跡から出てきたらしいのですが、詳しいことは教えてくれませんでした」
「何て綺麗なの〜〜」
「凄い。この宝石箱、光り輝いてるわ」
「お母様見て、中の宝石の粒がとても大きいわ。ルビーやサファイア、それにエメラルド。まぁ、トパーズもあるのね。お母様がしてるネックレスより大きい宝石初めて見たわ」
「この剣も凄いぞ。鞘はルビーやエメラルドで飾られているが、刀身はミスリルだ。ラビス君、これを本当にもらっても良いのか? 」
「はい」
「私は、君の評価を考え違いしていたようだ。ソフィア王女やソレイユ王女と仲が良いと聞いていたが、これ程の物を揃える事が出来る人材など今のミスティナ皇国にはいないだろう。納得したよ」
お土産は上手くいったようだ……
「いいえ。気に入って頂けたら私も嬉しいです」
まだ、亜空間収納には、似たような物が山ほどあるけど……
「さぁ、ラビス君、食事を食べてくれ。この酒も美味いぞ」
「はい、頂きます」
シュトロード家の人達は、食事よりも宝石の方が嬉しいらしい。
これで指輪を作ろうだとか、ネックスにして今度の舞踏会で着けて行きたいとか騒いでいた。
俺は、その間、出された食事を黙々と食べていた。
◇
酔いが回り始めたのだろうか、ブリード公爵は俺がなかなか挨拶に来ないのを怒っていたようだ。
貴族の習慣を知らなかった俺は、素直に詫びておいた。
「まぁ、君は特殊な形で貴族になったからね。これからは、気をつけ給え。それと……」
まだ、あるのか……
「今回は、私は大層な頂き物をしてしまったが、王家にはこれと同等な物を渡したのか? 」
「いいえ。何もお渡しておりません」
「それはいけないね〜〜」
そういうものなのか……
「私達が先にもらっては、角が立つ……」
そう言うことか……
「私は、まだ、貴族の事をよく知りません。明日にも同じような物をお持ちしますので、もし、宜しかったらブリード様の方から王家にお渡し願いますか? 」
「えっ、君はまだ、これと同等の物を持っているのか? 」
「すっかり同じものではありませんが、似たようなものなら持っております。私のような末席に所属する貴族では、王様とお会いするにも難しいでしょうから……」
「スミスに任せれば良いのではないか? 」
「父も新参貴族の一員です。この度、子爵を賜りましたが、それでもブリード様のようにはいきません」
「わかった。そこまで言うのであれば、私が君の後ろ盾になろう。私から王に奉納する。それで良いな」
「はい。ありがたき幸せに存じます」
明日、また、屋敷に来なくてはならなくなった。
貴族相手は、魔獣よりも面倒だ……




