第88話 海龍神王の封印
俺とマーレが人魚族の里に戻り、長の家で幽霊船の件を報告する。
長は、真剣な顔で俺達の話を聞いていた。
「そうか……幽霊船は浄化されたのじゃな……」
長のラメールは、少し寂しそうにそう言った。
俺は、あの骸骨青年から受け取った指輪をラメールに渡す。
その指輪を受け取ったラメールは、長年の思いを吐き出すように泣き崩れた。
「母上、どうしたの? 何で泣いてるの? 」
マーレは、突然、泣き崩れた母親を心配していた。
「俺が話そう。あの船で会った骸骨の青年は、多分マーレの父親だ」
「えっ…………」
「どういう状況で幽霊船となって彷徨っていたのかは知らない。だが、マーレの母親、ラメールに会いに来てあの海上で嵐に会い船が沈んだようだ」
「本当なの? ねぇ、母上! 」
「本当じゃ。ごめんなさい。今まで黙っていて……」
長のラメールは、思い出すかのように語り始めた。
「我があの方とお会いしたのは、あの方が海で溺れかけていた時だった。人族とは関わるな、と言われていたけど、我は必死にになってあの方を助けた。そして、我達はお互いに惹かれるような関係になって、あの人の事を愛してしまったのじゃ……」
「…………」
「でも、あの人が我に結婚を申し込んできた時に、我は逃げ出してしまった……。それは、我が人魚で長の娘だったからじゃ。我には、里を守らなければならない責任があった。それに海龍神王様を見守る事もじゃ」
「何で言ってくれなかったの? 嘘までついて犠牲になった同胞もいるのよ」
「仕方なかった。あの人が我を探しにきて、この海で亡くなった事を知って我はショックで何も考えられなかった。幽霊船となって現れてまで我を探していたなんて、死んだあの人の姿を見たくなかったのじゃ」
「母上、それでは……」
「マーレ、愛する思いはそれぞれだ。正解なんてないし、愛する故に臆病にもなる。ただ、もう少し早くあの青年の思いを受け止めて欲しかったと俺は思うけどな」
「そう……我に勇気がなかったばかりに辛い思いをさせてしまった……」
長のラメールは、そう言いながら溢れ出す涙を拭って、
「マーレ、犠牲になった同胞はいない。あれは、幽霊船に近づくことのないように作った話じゃ」
「そうだったんだ……」
「全ては、我の弱さから招いた事。ごめんなさい」
「母上は、悪くないよ。ただ、あの男性を好きだっただけじゃない」
「マーレ……」
2人の親子は、互いに泣きながら抱き合っていた。
しばらくする、マーレが、
「でも、何で私を見てニコリって笑ったのかな? 」
「多分マーレは、若い時の我にそっくりだから、我と間違ったのかもしれない」
「そうか? 俺はマーレを自分の子だと思ったのかと思ったぞ」
「そうなのかなぁ? 」
真実はもう誰もわからない……
◇
翌日、幽霊船の件を解決した俺は、海龍神王の封印場所に案内してもらえる事になった。
人魚族に里にある海中にそびえる崖の洞窟に入って行く。するとどういうわけか、洞窟を少し登り進んだところで広い場所に出る。
そこは、海水が無かった。
「ここには、海水は入ってこない。壁に張り付いている巻貝を取ってその肝を食べて下さい」
確かに言われた通り、壁にはぎっしりと巻貝が張り付いている。
見ていてあまり気持ち良いものではない。
俺は、その巻貝を採り、中身を出して口に入れる。
すると、人魚の足は消えて元の姿に戻っていた。
ラメールもマーレも貝を採って食べている。
人魚の足は消えて普通の二本の足となる。
だが、問題が起きた。
ここにいる誰もが下着を着けていない。
完全に裸の状態だ。
長のラメールは、言葉使いはお婆さんのような話し方だが、その容姿は30歳ぐらいだ。前世の俺と同世代と思うと自然と力が入る。
「ライル、何で前を隠しているの? 」
女性にはわからない生理現象だ。
この身体、人族マナ生命体になって、こんな事はあまりなかったのだが……
「いや、何でもない」
「何処かぶつけたの? いいから見せてみなさい! 」
「マーレ、やめろ! それ以上は……」
マーレに隠していた両手を奪われ、天に突き出した物をあらわにしてしまった。
「あら、あら〜〜」
長のラメールはそう言うが、マーレは不思議そうに見つめて、
「このナマコみたいなの、何? 」
ナマコじゃない……
俺は、すかさず前を隠して亜空間収納からタオルを取り出して腰に巻いた。
女性たちの分も取り出して胸から巻いてもらった。
「我達は構わないのにねぇ」
ラメールはそう言うが俺の方が困る。
ここから約10分程歩くようだ。
岩の鳥居のような門を潜り、先に進む。
「ここからは長か長の許しを得た者しか入れないのよ」
マーレは、何度も来ているようだ。
およそ10分程歩くと、洞窟内に広がる地底湖に出る。
湖の端に小さな島があり、そこに海龍神王が封印されているらしい。
その島に行くには、石でできた橋を渡らなければならない。
俺がその橋を渡ろうとすると、湖からチョコンと顔出す鯉がいた。
「この先は、行ったらダメだよ」
可愛らしい声で話すその鯉に、ラメールは
「この方は海龍神王様の封印を解いてくださる方じゃ。我がここまで案内した」
「そうなの? この人族が? 」
もしかしたら、この鯉は……
俺は、亜空間収納からある物を取り出して、その鯉に見せた。
「ねぇ、もしかしてこの髭に見覚えがあるか? 」
「そ、それはお爺様の……」
やはり、この鯉は青竜のご主人の孫娘のようだ。
「これを君に渡してくれと頼まれた。もらってくれるか? 」
「お爺様が私に? うん。ありがとう」
嬉しそうに飛び跳ねる鯉を見て、俺も頼まれ事が片付いたので安堵する。
「ねぇ、あなたお名前は? 」
「ライルだ」
「ライル、覚えたよ。これ、お爺さんに渡してくれる? 」
その鯉が見事なオーバーヘッドキックを決めて、俺に渡しきたのはまた髭だった。
「これをあの鯉に渡せばいいのだな? 」
「うん。一本はライルにあげる」
鯉の髭は、2本あった。
髭は、手紙みたいなものなのか?
意味もわからないまま、俺は亜空間収納にしまう。
「へ〜〜、ライルって鯉様と知り合いだったんだ〜〜」
鯉様と呼ばれているのか……
「この鯉の爺さんと知り合いなだけだ」
「凄いね。鯉様と知り合いなんて」
凄い!? マーレの言う意味がわからない……
「海龍神王様の封印を解いてくれるの? 」
飛び跳ねていた鯉は、近寄ってきてそう話す。
「あぁ、頼まれたからな」
「あの島の中央に封印されてるよ。早く解いてあげて」
「わかった」
俺は話しかけてくる鯉に見送られながら長のラメールとマーレに連れられて封印場所まで案内してもらう。
島は、木が生い茂り、その中央に岩の岩盤から突き出た水晶があった。
竜神様や大精霊に比べて小さいな……
海龍神王と言われるからには、海のように大きい物を想像していた。
水晶の中を覗くと……
「まさか、これが海龍神王なのか? 」
「ライル、罰当たりな物言いは許しませんよ」
ラメールに叱責されたが、どう見ても水晶の中の閉じ込められているのは体長15センチぐらいのタツノオトシゴだった。
まぁ、見た目で判断するのは良くないな……
すると、声が頭の中に響き出す。
『お主、何者だ』
おそらくその声の主は水晶の中にいるタツノオトシゴだ。
「ライルと言う。古竜に頼まれて封印を解きにきた」
『そうか、お主が竜神と大精霊の封印を解いた者か。小さき者よ。では、私の封印も解いてもらおう』
小さいのはお前だ! っとツッコミを入れたいが……
「わかった」
この大きさなら竜神や大精霊の封印を解いた時より早く終わるかもしれない。
【ディスペル……】
水晶に手を触れて、解除の魔法を放つ。
物凄い勢いで魔力が消費される。
マジか……今までとは段違いに魔力消費が激しいぞ……
周囲の魔力を体内で循環させ水晶に注ぎ込む。
今までになかった程、周囲の魔力も風を巻き起こすくらい消費されている。
「ラメール、マーレ、このままでは、君達の魔力も消費されてしまう。少し離れてくれないか? 」
「わかった」
2人は逃げるように島から離れた。
それ程、多くの魔力を水晶に吸い込まれている。
1時間経つがまだ収まる気配はない。
そして、更に1時間が経過した。
ふと、魔力の消費が止まる。
すると、大きな音を立てて水晶が弾けた。
『ふぅ、ようやく自由になった』
言葉を発したのは、宙に浮くタツノオトシゴだ。
俺は疲れ果て、その場に腰掛けていた。
「それは良かったよ……」
そう答えるのが精一杯だ。
『小さき者よ。名をライルと言ったか。覚えておこう』
「それは、どうも……」
『私の封印を解いた礼に、この水晶とこの地底湖の水を自由に使って良い』
「地底湖の水? 」
『何だ。小さき者。ライル気づかなかったのか? この地底湖の水は、魔素水だ。飲めばたちどころに魔力が回復する貴重な水だぞ』
「そうか……だが、水をもらってもそれを入れる器がない」
『それなら手を貸してみよ』
タツノオトシゴに言われた通りに手を差し出す。
すると、手は光り輝き何かが繋がった感覚がはしった。
『これで、この地底湖とお主の手にバイパスが繋がった。いつでも欲しい時に手からこの魔素水を出す事が出来るであろう』
それは便利だが……眠くて仕方がない。
俺は、いつの間にか、気を失ってしまったようだ。
時々、目を覚ましたようだが、またすぐに寝てしまった。
何か柔らかな、心地良い感触が俺の身体に触れているようだったが……
俺は、眼を覚ました。
足が魚になっていると言うことは、ここは人魚の里のようだ。
「あっ、ライル、眼を覚ましたの? 」
「あぁ、俺はどうしたんだ? 」
「海龍神王様の封印を解いて倒れたのよ。でも、本当にライルが封印を解いたなんて信じられないよ」
「そうか……ここはどこだ? 」
「客間だよ。屋敷のね」
「どれくらい俺は寝てたんだ? 」
「丸一日だよ。どんな事をしても起きないから、心配しちゃったよ」
「そうか、迷惑をかけたようだ」
丸一日寝てたと言うことは、皇都の城に行く約束は、明日か……
「すまん。俺はもう帰らないと行けない」
「えっ〜〜起きたばかりなのに〜〜。それに今夜は宴会なんだよ。海龍神王様の封印が解けたのを祝ってね」
マーレは、残念そうにそう答え、長である母親を迎えに行った。
「ライル様が起きたのか? 」
いつの間にか、ライル様になっている……
「ラメール、悪いがすぐにでも帰ろうと思う」
「少し、お待ちください。せめて宴会が終わってからでも、お願いします」
宴会が終わってから、転移すれば間に合うか……
「わかった」
「ふぅ、良かったわ〜〜」
何故か言葉使いも若々しくなっている……
「何かラメールは、雰囲気は変わったな? 」
「そうですか? 嫌だわ……」
何故、赤くなる……
そして、夜、宴会が始まった。
砕けた水晶を兵士のような人魚が持ってきてくれた。
「こちら、海龍神王様からです」
そう言えばそんな事を言ってたような気がする……
「ありがとう」
礼の言葉を述べて亜空間収納にしまう。
目の前に並べてある料理は豪華な海産物が並んでいる。
鯛や海老を食べていると、マーレが来て
「ねぇ、ライル。私、ライルについて行くことにしたからヨロシクね」
はて!? どう言う意味だ……
すると、今度は長のラメールがやってきて
「ライル様、娘を宜しくお願いします」
「はあ、どう言う意味でしょうか? 」
「あら、聞いてないのですか? 娘が人族の暮らしを見てみたいと言うから、ライル様が良ければいいわ、と許可を出したのですが……」
初耳だ……
マーレは、逃げるように何処かに消えてしまった。
「そうでしたか、私は構わないですが、いつも一緒にはいられませんよ」
「それは、構いません。人族の事を知ればあの子も落ち着くでしょう」
何が落ち着くのだろう……
「はあ、でも良いのですか? 人魚族は狙われているのでしょう? 」
「はい。でもライル様が一緒なら安心です」
「そうですか、まぁ、危険な目にあっても何とかできると思いますが……」
「そうですか、では、宜しくお願いします」
何故か、マーレが俺と一緒に行動することになったようだ。
「マーレ、お許しが出たわよ〜〜」
長のラメールは、そう大きな声で言った。周りの人魚も囃し立てる。
「やったーー! 」
当のマーレは嬉しそうだ。大きな袋を抱えてこちらにきた。
「マーレ、その袋は何だ? 」
「巻貝の肝よ。たくさん必要でしょう? 」
確かに地上で暮らすなら人魚にとっては必需品だ。
「マーレ、俺は割と忙しいからいつも一緒というわけにはいかないぞ。だが、仲間がいるから、きっと仲良くなれるよ」
「そうなの? みんな人族? 」
「いや、種族はいろいろだ」
「そうなんだ。楽しみ〜〜」
まぁ、どうにかなるだろう……
「じゃあ、ヨロシクね。パパ」
突然のマーレの言葉に俺は驚く。
「はい!? 」
すると、長のラメールは、
「マーレが今度帰って来る頃には、妹が産まれているわよ。仲良くしてあげてね」
「うん。楽しみ〜〜」
えっ……どういうこと……
「じゃあ、あなた、気をつけて行ってらっしゃい」
俺は、もしかしたら何かとんでもない事を仕出かしてしまったのではないだろうか……




