第87話 幽霊船
夜になるまで、人魚族の長の屋敷で過ごした俺は、マーレの案内で幽霊船が出ると言われる海上を目指す。
夜の海中を進むには、静かに襲いかかる闇に抗う事から始めなければならない。
油断していると、心を乱し深い闇に飲み込まれそうになる。
「マーレ、君達はこんな暗い海の中でも方向がわかるのか? 」
「方向はわかるけど暗いのは子供の頃は苦手だったよ」
「そうなんだ」
「でも、すぐ慣れたけどね」
この環境に慣れるまで、ここにいる気は無い。
「その幽霊船とは何なんだ? 」
「知らないよ。もう、百年ぐらい前から新月の夜に出るって話だよ」
「そうなのか。で、その船を壊せばいいのか? 」
「多分、それは無理。銛で突いてもすり抜けちゃうから」
「それは実態がないという事か? 」
「そうよ。だって幽霊船だもの」
幽霊退治をするには浄化が必要か……
浄化魔法は使えるが……
マーレの案内で暗い海を迷う事なく海上に浮上できた。
しかし、人魚族は何故、上半身が裸なのだろうか……
青い髪に白い肌が眩しく見える。
いくら子供と言っても出るとこは出ている。
正直、目のやり場に困る。
「マーレ、君達人魚族は服を着ないのか? 」
「服って何? 」
知らないのなら無理もない……
「せめて胸の部分だけでも隠さないか? 貝とか使って……」
「何で? 貝なんてどうやって使うの? あれは食べ物よ」
言い方がマズかったようだ。
「違う。食べ終わった貝殻をこう胸に当てれば、隠す事が出来るだろう? 」
「隠すって何を。胸? 」
ダメだ。恥ずかしいという意識すら無い。
「わかった。俺が悪かった」
「人族って、変な事を言うのね」
呆れられてしまったようだ。
立花なら喜ぶだろうが、中学生ぐらいの子供に興味はない。
「ここで待っていれば良いのか? 」
「そうみたいね。私も詳しい事は知らないわ」
これでは案内役は失格だろう……
波のうねりで身体を上下に動かされ、星明かりを見つめていると次第に眠くなってきた。
マーレは元気なようで時たま潜っては魚を捕まえてかじっている。
「マーレ、人魚族はそうやって魚を捕まえて食べるのか? 」
「そうよ。色が綺麗な魚はあまり美味しくないわ」
確かに食べる気はしないが……
「人族に会った事はあるのかい? 」
「私はライルが初めてよ。他のみんなは人族の事知ってるみたいだけど」
「そういえば男の人魚はいなかったが、どういうわけなんだ? 」
「人魚族は女だけよ。繁殖は人族の男を捕まえて行為をするのよ」
逆レイプというわけなのか?
「もちろん、同意の上だろう? 」
「違うわよ。歌を歌って相手の精神をコントロールするのよ」
「それって、行為をした後の人族はどうなるんだ? 」
「元の場所まで送っていくのよ。記憶も消してね」
人族は繁殖の道具というわけか……
だが、それなら男の人魚も産まれてもおかしくないようだが……
「産まれてくるのは女の人魚だけなのか? 」
「そうよ。理由はわからないけどね」
遺伝子的な何かが作用するのかもしれないな……
「そうだ。この足はどうしたら戻るんだ? 」
「丘に上がって乾けば元に戻るわよ」
「あの飴玉みたいな物は何なんだ? 」
「海龍神王様の洞窟で採れる巻貝の肝よ。人化の作用があるの」
「貝だったのか……では、人族の俺が飲むと人魚になるわけ? 」
「そう聞いてたわ。試したのはライルが初めてだけどね」
実験に使われたようだ……
だが、人族に対する警戒心は異常だった。
「でも、どうしてそんなに人族を恐れるんだ? 」
「私達の肉は、人族にとって不老不死の薬になるみたいなの。捕まえにくる人族がいると伝わってるのよ」
日本でもそんな話を聞いた事があったな……
「そうだったのか。それで納得したよ」
「ライルが悪い人族でなくって良かったわ」
「少しは信用されたようで嬉しいよ」
「私、人族ってもっと怖い存在だと思ってたの。みんなそんな風に言ってたしね。でも、ライルを見て少し感じが変わったわ」
「それは良いけど、中には悪い人族もいる。警戒するに越した事はない」
「うん、そうね」
「そう言えば人族が不老不死になるとしたら人魚は寿命は長いのか? 」
「長いかどうかは他の種族と比べた事がないからわからないけど、私は113歳よ」
「そうなんだ……」
子供と思っていたが、俺より遥か年上だった……
「ライルは? 」
「俺は16歳だ」
「うっそーー! 16歳でそんなに老けてるの? 」
「老けてるなんて言うな。これでも人族では若い方だ」
「そうなんだ。人族ってどれくらいまで生きれるの? 」
「だいたい70〜100歳ぐらいか。この世界では、もっと短いかも知れない」
「へ〜〜だから不老不死の薬を求めて私達の肉を食べようとするのね」
「そう考えるのは、だいたい悪い心を持つ人族か、特別な理由があるかどちらかだ」
「特別な理由って? 」
「自分の子供や最愛の者が死にそうだったりとかね」
「そうか〜〜。それならわかるかも……」
「だが、普通はそんな事はしないよ。だから、マーレ。人族をそう簡単に信用するな。気をつけるんだぞ」
「ライルがそれを言うの? おかし〜〜」
「そう言えばそうだな……」
人族の俺が言うのは変な話だ。だが、人族だからこそ人が抱える悪い感情を理解できる。こんな素直な人魚が人の悪意に穢されるのは、気持ち良いものではない。
さて、いつまでこうしていれば良いのやら……
海面に少し靄が立ち込めてきた。
波が騒めく。
「海が変わったわ」
「そうみたいだな……」
僅かな海上の靄が一面に広がる霧となる。
すると、霧の先から船が波を遮る音が聴こえてきた。
「ライル、私ちょっと怖いんだけど……」
「幽霊船の登場のようだな」
霧の中から大型の帆船が見えてきた。
あちこちボロボロで、ホラー要素満載だ。
戦場からは水兵の服を着た骸骨が海の様子を伺っている。
その姿は、何かを探しているように見えた。
「ねぇ、ライルどうするの? 」
「そうだなぁ、まず、魔法を放ってみるか」
【ファイヤーランス】
火魔法で作り上げた槍を幽霊船に向けて放つ。
しかし、その矢は船を突き抜けてしまった。
魔法もダメなのか……
幽霊船は、攻撃を放った俺等目掛けて突進してきた。
「キャッーー! こっちに来たわよーー! 」
「潜ってやり過ごすぞ」
俺とマーレは海中に潜り、難を避ける。
海中から見ると海上を走航する船底が見える。
これが、物理的に存在しないものだとは思えない。
「あの船に乗り込んでみるよ。マーレ、ここで待っててくれるか? 」
「えっーー! やだよーー。1人になるの怖いし……」
仕方ない。連れて行くか……
「じゃあ、俺に捕まってくれるか? 」
「捕まればいいのね」
俺は、そのままマーレを連れて海上に浮上し、重力魔法と風魔法を重ねがけして宙に浮く。
「何これ、飛んでるわよ〜〜」
「魔法だ。しっかり捕まっていろ」
俺はそのまま船に近づく。
実態がないと思っていたが、どうやら霧で幻覚を作っていたらしい。
実際の船はその先にあった。
どうりで魔法が突き抜けたわけだ……
しかし、幽霊船はそのままのボロい状態で俺達が船の上に着地すると床が『ミシッ』と鈍い音を立てた。
「マーレ、この足で歩くにはどうしたらいいんだ? 」
「尾の先を曲げて跳ねるのよ」
「こうか? 」
ピョンピョンと跳ねる姿は、あまり人に見せられるものではない。
しかし、今はそんなことを言っている暇はない。
骸骨の水兵たちが弓や剣を持って襲いかかってきた。
俺は、風魔法でそいつ等を吹き飛ばし進むべき道を開く。
跳ねながら移動は、難しく厄介だ。
すると、まずかった事に腐った床に着地してしまった。
俺とマーレは、船中に落ちてしまった。
「マーレ、悪いがどいてくれるか? 」
俺の目の前に、マーレの胸がある。
「痛ーーい。もう、ライルは何してるのよ〜〜」
「すまん。だが、問題はマーレの胸だ。息が苦しい」
「やっだーー! 変なとこ触れないでよ」
少しは恥ずかしいようだ。顔を赤くしていた。
俺とマーレは立ち上がり、落ちた倉庫のような場所からドアを開け狭い通路を跳ねて進む。
船員だった骸骨は、剣で斬り裂いておいた。
「ねぇ、あそこ、立派な扉があるわよ」
「本当だ。恐らくこの船の責任者の部屋だろう」
俺はその扉を開けた。
時の経過で朽ちている部分もあるが見事な服を着た骸骨が椅子に腰掛けていた。
その骸骨は、俺等を見るなり、
「@¥¥¥#@@%、#@¥¥¥%@? 」
何かを話しているようだ。
言語理解の神級ギフトを持つ俺でもその言語を理解する事は出来なかった。
「すまない。君の話は理解できない」
すると、その骸骨は、マーレのそばに寄ろうとして声をかけてくる。
「@¥¥¥#@@%、#@¥¥¥%@、@メール。##¥@%%#¥@####」
どうやら敵意はないようだ。その骸骨は持っていた指輪をマーレに渡そうとしていた。
「そうか……そういうことだったのか……」
俺は、その骸骨が何を言いたいのか理解した。2度目の言葉で俺の言語理解が働いたようだ。
「わかった。約束しよう」
俺は、その骸骨が持っていた指輪を受け取り、そして浄化魔法を使う。
【プリフィケーション】
周囲に光の粒子が待っている。
「綺麗……」
マーレは思わず口ずさんだ。
その骸骨は、元の青年に戻った。着ていた服からしてどこかの国の王族だったようだ。
そして、次第の光の粒子に飲み込まれて行く。
彼は、長い間、彷徨い続けてまで叶えたかった心願を果たしたようだ。
最後にマーレを見てニコリと笑った……
すると、船が崩れ出し始めた。
水兵も船も彼の思いで作られていたようだ。
「マーレ、行くぞ」
「うん、しかし、何だったの? あれ」
「それは後で説明する。このままでは、船の崩壊の巻き込まれるぞ」
跳ねながら崩れてくる木材を避け、船上に辿り着く。俺は、マーレを抱えて宙に浮いた。
船は、崩れて沈んで行く。
全てが暗い海に飲み込まれると、周囲の霧も晴れてきた。
「ねぇ、ライル。あの人、何で私を見てニコリとしたの? 」
「それは……、里に戻ってからだ」
「ズルい。ねぇ、どうしてよ。教えて? 」
マーレが何度も聞いてきたが、俺は構わず人魚の里に向かう。
もちろん、マーレの案内でだ。
暗い海は全てを飲み込む。
真実も、虚言も……




