第69話 迷宮(6)
地底湖の崖の裂け目を通り抜けた俺達は、鍾乳洞のような広い場所に出る。
背負っていたニュイを下ろして先に進むと、先程の爆発音で魔物が目の前に溢れ出てきた。
「あれは、なんだ? 」
その魔物は、人族の女性の上半身だが下半身は蜘蛛だ。
鑑定を施すと
……………………
アラクネ(♀)
Lv 122
HP 348/348
MP 280/280
スキル
鋼糸操作
毒爪
気配察知
……………………
「レベルが122もあるのか? アラクネと言えば、確か古代ギリシャの神話では優秀な織物を作る女性が己の傲慢さから神の怒りを買い蜘蛛の姿にさせられたとされているが、こいつは元人間なのか? 」
アラクネと一定の距離を保ちつつ会話を試みる。
「おい! 前を開けろ! 言う通りにすれば攻撃はしない」
しかし、声をかけると直ぐに鋼糸を放って攻撃を仕掛けてきた。
アラクネの数は、およそ15匹。
広かった鍾乳洞内が辺り一面蜘蛛巣だらけになる。
俺はニュイを再び背負いアラクネの放つ鋼糸を回避する。
会話は無理みたいだな……
「あれ、おもちゃ? 」
「魔物みたいだな」
「糸、楽しそう」
「そうか? 」
ニュイの『楽しい』は、いまいちよくわからん……
でも、ノンビリしている暇はなさそうだ。
アラクネは張り巡らした糸を辿り攻撃を仕掛けてきた。
俺が火魔法を放とうとすると、ニュイがうさぎを既に動かしていた。
うさぎは、アラクネを殴り飛ばそうとしたが別のアラクネが放った糸に絡め取られた。
粘着性があるようでうさぎは身動きが取れない。
俺は、ニュイのうさぎを避け火魔法【フャイヤボール】を放つ。
初級魔法だが、魔力無制限の俺には上級魔法よりその威力は大きい。
絡め取られたうさぎの糸を火で焼き切る。
先のうさぎを救出したのはニュイの怒りが限界を超えていたからだ。
黄竜のブレスのレーザーを最大にして放たれたら鍾乳洞が崩壊しかねない。
「ニュイ、もう動けるぞ。威力を抑えて離れた距離からレーザーで攻撃するんだ」
「うん」
ニュイの言葉に強い怒りを感じる。
うさぎを絡め取られて相当怒ってるな……
うさぎのレザー攻撃が始まった。
目から眩いほどの光が溢れ出ている。
「ニュイ、加減しろ」
「…………」
レーザーは、アラクネ本体を突き抜け鍾乳洞の壁に大きな穴を開ける。
それを点ではなく線で攻撃しているから既に数体のアラクネが両断されている。
「ニュイ、待った! このままでは鍾乳洞が崩壊する」
「…………」
ダメだ、夢中になって返事もない。
周囲の壁が崩れ始めた。
俺は、ニュイを背負ったまま一気に走り抜ける。
生き残ったアラクネの攻撃は収まらない。
俺達とうさぎに向かって糸を放ち続けていた。
前方に火魔法を放ち張り巡らしてある糸を焼きながら走るといつのまにかアラクネの群れを突破していた。
うさぎは俺達の横から後方に位置するアラクネに向けてレーザーを放っている。
『ゴオオオオオ………!! 』
走り抜けた後方で大きな音がする。
うさぎのレーザーで鍾乳洞が崩壊し始めた。
生き残ったアラクネも危険を察知したのか天井や壁を伝って追いかけてくる。その姿は、まるでホラー映画だ。
夢に出そうだよ……
俺は後方に【ファイヤーアロー】を放つ。
蜘蛛の魔物には、風魔法より火魔法の方が効果が大きい。
無数の火の矢がアラクネ達を襲う。
大きな轟音と共に爆煙が鍾乳洞内を覆いつくした。
すると、ニュイは、
「もう、いない……」
つまらなそうにそう呟く。うさぎはいつの間にかニュイの腕に抱えられていた。
鍾乳洞の崩壊が収まった事を確認して走るのをやめた。
爆煙が次第に晴れていく。
鍾乳洞内は、静寂を取り戻そうとしていた。
「厄介な相手だったな。動きも早いし、それにあの糸は反則級だ」
ニュイは、うさぎに絡みついた糸を剥がしている。
糸はうさぎから剥がされても今度は手に付いたようでニュイは、ブンブン手を回していた。
「貸してごらん」
俺は、ニュイやうさぎ付いた糸を剥がし自身の手に巻きつけた。
そこで火魔法をかけ焼き尽くす。
多少熱いが火傷はしなかった。
「ニュイ、出口はわかるか? 」
「あっち」
ニュイが指差した先は鍾乳洞の壁だ。
「そこなのか? そっちの通路じゃなくて」
「そう、部屋ある。その先、出口」
ニュイを信じ指差した壁に近づく。すると、不思議な事に見えていた壁は存在せず奥に進むことができた。
幻術か……
アラクネの中に幻術魔法を使えるものがいたようだ。
壁の奥の部屋に入るとアラクネが何故襲いかかってきたのかわかった。
そこには、地中から生えたように無数の繭があった。
そうか、あいつらはこれを守りたかったのか……
俺は、向かってくる者以外は攻撃しないと決めている。
この世界で生き抜くには甘い考えかもしれないが、無抵抗な魔物まで殲滅しようとはどうしても思えなかった。
ニュイは、繭をツンツンしてその感触を確かめている。
「ニュイ、行こう……」
成長すれば凶暴な魔物になり、犠牲となる人族も出るだろう。
だが、俺はそれをほっといて更に奥に進んだ。
◇
アラクネの繭の部屋を抜けると急に狭くなる。人が這って通れる程度だ。
だが、その先には灯が見える。およそ2メートルほど進めば出られそうだ。
「ニュイなら楽に通れそうだが……」
「先、行く」
ニュイは這って先に行ってしまった。
仕方なく俺もその後を追う。
すると、突然ニュイが止まり俺はニュイのお尻に頭をぶつけてしまった。
「すまん。どうした? 」
「出口、下、道ある」
「降りれそうか? 」
「平気」
ニュイは、うさぎを浮かせそれに抱きつくようにして下に降りていった。
俺もその状況を確認する。
迷宮に出たようだが、通路はおよそ3メートル下にある。
俺も自身に重力魔法をかけゆっくりと通路に降りた。
「ここは何階層なんだ? 」
「あっち、大きな扉ある」
「わかった。そこに行こう」
下り坂を進み大きな扉の前の広場にでた。
「かなり大きい扉だな」
これだけの扉があるという事は、最下層とまではいかなくとも階層主がいるのは明らかだろう。
そして、扉にそっと手を当て押し開いた。
薄暗かった部屋は、俺達が入ると同時に明るくなる。
部屋内は、ドーム状になっており広さも学校の体育館ほどありそうだ。
見渡す限り魔物はいないが、ある一点に強い魔力反応がある。
「そこに隠れていないで出てこい! 」
部屋の中央に膝丈程度の岩があり、魔力はそこから強い反応を示していた。
『ここの人族が来るのは初めてじゃ。歓迎しよう』
声は響き渡るが姿は見えない。
今度の魔物は話が通じそうだ。
もしかしたら戦闘を回避できるかもしれない。
すると、ニュイが
「石、上、いる。可愛い……」
ニュイは何かを見つけたようだ。
俺は、目を凝らしても何も見えない。
『こっちに来るがよい。人族の者達よ』
「近づいた途端に攻撃されても困るからな。そうだ、お前に聞きたいことがある。ここは何階層だ? 」
『階層も分からぬ者がここまで来たのか? まぁ、良い。ここは40階層の守護者の間じゃ。儂に勝てなければここから出る事は出来ないぞ』
40階層………結構、深く降りてきたものだ……
「そろそろ姿を現せ」
『何を言っている。儂は先からここにいるぞ』
少し近づき石の上を見る。
そこには30センチ程の亀がいた。
甲羅が石と同化してわかりづらい。
まさか、こいつが階層主なのか……
すかさず鑑定を施す。すると
………………………
デス・タートル(♀)
Lv 364
HP 573/573
MP 480/480
スキル
死の言霊
気配察知
魔力感知
空間魔法
水魔法
………………………
何だ……このスキル『死の言霊』って……
もしかしたら、言葉だけで相手を殺せるのか……
『ほぉーー、鑑定を使ったな。お主は、異世界人か? 』
「そこまでわかるのか? 」
『伊達に長い年月生きておらんわ。で、どうであった? 』
「あんたの持つスキル『死の言霊』には正直驚いたよ」
『そうか、そうか、よくぞ見抜いた』
「そのスキルは、言葉だけで殺せるのか? 」
『察しが良いな。その通りじゃ。では、そろそろ始めようか? 』
言葉で殺せる?
それは、耳を塞いで相手の声を聞かなければ平気なのか?
それとも、この亀が発した言葉が相手の状況にかかわらず有効になるのか?
ダメだ。情報が少な過ぎる……
「戦いが好きな亀さんだな。ここまでやっと来たんだ。少しはいろいろ教えてくれても良いのではないか? 」
『何か知りたい事があるのか? 』
会話をしてくれそうだ……
「あぁ、知りたい事だらけだ。まず、この迷宮とはなんなんだ? 魔物が自然と湧いて出てくる。それに死体は迷宮に吸収される。こんな不自然な洞窟見たこともない」
『迷宮とは地下に無数にある竜脈の吹き溜まりの場所だ。魔力の素であるマナは純粋なものばかりではない。中には不純物も混ざっておる。その不純物の吹き溜まりがこの迷宮じゃ。ここは、他の場所と違って魔力が濃い。魔力を求め生物が寄ってくる。だが、不純物を多く含んだマナを体内に取り込むことによって魔物となる』
「不純物? それはこの迷宮にいる事自体危険なのではないか? 」
『そうとも言えるが人族や獣人エルフと言った生物には無害のようじゃぞ。奴らは心の臓という物が体内にあるらしいからのう』
「心臓の事か? 魔物となる生物には心臓がないのか? 」
『そんな事はない。だが、先にあげた生物ほど有能ではないと言うべきか、そんな事は誰も調べた事もないから儂でもわからん』
きっと心臓だけではなく他の臓器も関係しているのかもしれない……
「魔物が迷宮に吸収されるのは何故なんだ? 」
『迷宮自体、ひとつの生命である。としか答えられない』
「つまり、迷宮の食事というわけか? 」
『まぁ、簡単に言えばそんなところじゃ』
「この迷宮は何階層まであるんだ? 」
『儂が知っているのは55階層までじゃったが、迷宮は日々成長する。今では60いや、70近くあっても不思議ではない』
成長するのか……
最下層に行くにはまだ時間がかかりそうだ……
「俺は、迷宮に潜りたくて来たんじゃない。この迷宮の最下層に行けば冥府の行き方が分かると聞いたからだ」
『なんと、お主、冥府に行きたいのか? あんな穢れた場所に………わははは。変わった人族もいたものじゃ』
「行きたくて行くんじゃない。冥府に知り合いがいる可能性があるからだ」
『冥府の知り合いじゃと? 』
「あぁ、ハーフバンパイヤの娘だ」
『そうか、そうか、お主は、あの若き魔王の小娘を探しているのか? 』
「ノーチェの事を知っているのか? 」
『知るも何もこの間、ここに来おったわ。魔物を貸してくれとな』
ノーチェが……
ポップする魔物をここでも調達していたのか……
「ノーチェの居場所を知っているなら聞かせて欲しい」
『ただで教えてやるわけにはいかないのう〜〜』
「何か欲しいものがあるのか? 」
『特に欲しいものはないのう〜〜』
俺はバックから神樹の実を1つ取り出す。
「これではダメか? 」
『ほほーーう。これは神樹の実じゃな。珍しい物を持っておる。だが、儂には必要ない』
ダメか……
他に何かないか……
バックを漁っていると、何かが手に巻きついた。
それを取り出してみるとあの青竜のご主人の鯉のヒゲだった。
『お、お、お主、それは、もしかしてあのお方のものではないか? 』
「あ〜〜これか、これは、青竜のご主人の鯉のヒゲだ。これが欲しいのか? 」
『何と……お主は、あのお方をご存知なのか? 』
「あぁ、水のある場所ならどこにでも現れる不思議な鯉のオッさんだ」
『お主、そ、それを儂にくれないか? お前が知りたい事を何でも話してやる』
「約束してくれるなら構わない。それと戦闘は避けたい。その条件で構わないならこれをやる」
『わかった、わかった。そうする。言う事を聞こうではないか』
このヒゲそんなに貴重な物なのか?
俺は、ニュイのうさぎに頼んでヒゲを亀のところまで運んでもらった。
『ほほーーう。黄竜の魔力を感じるうさぎじゃ。それに、このヒゲ、何と素晴らしい色艶なのじゃろう〜〜』
亀は立ち上がってそのヒゲを大事そうに頬ずりしている。
「さぁ、約束だ。ノーチェはどこにいる? 」
『若き魔王なら北の果ての大地にいるはずじゃ。ここに来た時はそう言っておったしのう』
「北の果ての大地……何か目印のような場所はあるか? 」
『そこまでは知らん。しかし、北の果ての大地には魔族がおる。その者達にでも聞くと良い』
「魔族……魔族とは何だ? 」
『お主、そんな事も知らんのか? 魔族とは、魔物と同じように体内に不純なマナを取り込んだ者達だ。その持つ魔力は膨大じゃ。心して接しねば即座に殺されるぞ』
「わかった。肝に命じておく」
ノーチェの手がかりが掴めた……
これで、迷宮の最下層まで行かなくて済む……
『それとこれを持っていけ。このヒゲの礼じゃ』
亀は空間から甲羅を取り出した。
「これは……」
『儂の甲羅じゃ。数十年に一度抜け変わる。誰も貰い手がおらんからこんなに溜まってしまった。これを全部お主にやる』
そこには、甲羅で出来た山があった。
一体、幾つあるんだ?
俺は、その甲羅を亜空間収納にしまう。
ニュイがつまらなそうにしていたのでその甲羅を1つあげた。
「では俺達は行く。背後の通路を解放してくれないか」
『わかった。また、遊びにくれば良い。歓迎するぞ』
「そうだな。そうするよ」
きっと、また知りたいことが出てくるだろう。
この生き字引のような亀に会う機会も近々くるだろう。
亀は、41階層に繋がる通路の扉を解放した。
俺とニュイは、亀に別れを告げその扉を潜った。
謹賀新年
いつも読んで頂いてありがとうございます。
迷宮編は一先ずここまでです。
次回は迷宮に残ったメンバーのその後です。
ライルとニュイの話は71話からとなります。
今年もよろしくお願い致します。




