第66話 迷宮(3)
迷宮5階層の安全地帯の朝は、忙しない。
テントを畳み、出発の用意をする冒険者が行き交っている。
でも、それは、他のパーティーだけだ。
俺達といえば、まだ、長官は寝てるし、ニュイは起きてきたけど、リールも姉さんも寝ている。
ここの区域だけ、まだ、深夜だった。
笑顔で手を振り、出発する冒険者達を見送り、俺とシェリーさんで朝食の用意をする。
「出来ました」
俺は、テーブルの上にパンと干し肉を置いてそう言った。
「弟君、君、もしかして、料理苦手? 」
「そんなことはないです。ただ、キッチンには絶対入るな、と仲間には言われますけど」
「はあ〜〜、それって、台所立ち入り禁止令だよね。余程、何かしないとそんな罰則、発令されないよ」
「何もしてませんよ。ただ、肉を焼いただけですし……」
「いいわ。私が。用意するから、ちょっと待っててね」
シェリーさんが、ポーチの中からリンゴを取り出しておいた。
「出来たわ」
「シェリーさん、これ、リンゴですよね。どっからどう見ても……」
「そうよ。かじると美味しいし、栄養もあるのよ」
「普通、皮を剥くとか、しますよね」
「そうね。貴族の場合はね。冒険者はこのまま食べるのよ」
そうなのか?
俺達は、黙ってテーブルに置かれた食事をする。基本的に残さず食べるのが俺の信念だ。
リンゴを齧って食べていたシェリーさんが『痛っ」と小さな悲鳴をあげた。
「どうかしましたか? 」
「ちょっと、林檎かじってたら、血がついちゃって……」
「それは、歯槽膿漏ですね!!」
「えっ、なに、その、しそうなんチャラって? 」
「ちょっと、いいですか? 」
「なに、なに、どうしたの? 弟君? 」
「失礼! 」
「キャッ」
「ほらっ、やはり、歯肉が赤く腫れてます。それに指で押すとブヨブヨしますよ。きちんと歯垢を落とさないとダメですよ。歯磨きはしていますか? それだけでは、不十分です。歯間もちゃんとケアしないと……」
口の中を俺の指で押されているシェリーさんは、真っ赤な顔をして、
「な、ダメ〜〜、もう、やめて〜〜弟君、指でそんなとこ触らないで〜〜」
「いいですか、この部分、この部分をブラッシングして下さい。強く擦ったらダメですよ。かえって歯を傷めますから〜〜」
「ひゃい、もう〜〜らめ〜〜」
シェリーさんが、なんか壊れかけていた……
すると、いきなり、姉さんのドロップキックが俺の背中にクリーンヒットした。
「何、ラビスやってるの? シェリーをいじめちゃダメでしょう! 」
いきなり、ドロップキックをかますのもダメだろう……
「姉さん、違うよ。シェリーさんが、リンゴをかじったら血が出たって言うから見てただけだよ」
「嘘言うな! ほら、シェリーを見てごらん。もう、立ち直れそうもないじゃない」
シェリーさんは、両手を床につけて座り、酷く落ち込んだ素振りで、
「もう、お嫁にいけない……」
ちょっと、やり過ぎたかもしれない……
「ほらっ、ラビス、ちゃんとシェリーに謝って! 」
「あの〜〜シェリーさん、すみませんでした……、少し、やり過ぎました……」
「クスン、クスン、弟君、私をお嫁にもらってくれる? 」
「はい!? えっ、どうして……」
「だって、こんな辱めを殿方に受けたのは初めてで〜〜その〜〜」
「ごめんね。弟が無茶振りして〜〜」
「いいの。もう、私は『純情可憐』のメンバーでいられないわ。もう、純情可憐な乙女じゃないし……」
えっ、そうなの? シェリーさんって20、いや21歳だよね……
「そんな事ないわ。ラビスに口の中を指でこねくり回されただけでしょう? 私達はみんな綺麗な身体よ。シェリーは、いつまでも私達パーティーの一員だから〜〜」
姉さんもかよ……
姉さんがそういうと、2人は抱き合って盛り上がっていた。
なんだ、この三文芝居は……
そんな騒ぎの中で、ニュイは、1人、リンゴを美味しそうにかじっていた。
◇
「いや〜〜、すまん、すまん、ちょっと、寝過ごしたかな? 」
長官は、頭をかきかき起きてきた。もう、昼になりそうだ。
でも、まだ、1人起きないやつがいる。それは、リールだ。
もともとリールは朝が苦手で、夜型のタイプだが、家じゃないんだから。
ここ、迷宮だから……
ニュイは、リンゴをお手玉のように宙に浮かべて遊んでる。
「あれ、メリーナ君と確か友人のシェリー君だよね。来たの? 」
長官、気付くの遅過ぎです……
「姉とシェリーさんも迷宮に来たみたいで〜〜」
「そうか、そうか、では、一緒に攻略しよう。それと、まだ、リールは寝てるのか、しょうがないやつだな。わははは」
長官、誤魔化すのはやめたほうがいいと思うのだが……
その後、リールが眠そうに起きてきて、俺達の2日目の迷宮攻略が半日遅れで始まった。
……迷宮6階層〜9階層……
6階層から9階層までは、オークやワイルドベアーなどわりと手応えのある魔物が登場する。
しかし、俺達は、半日分の遅れを取り戻すために、ただ、駆け抜けているだけだった。
襲ってくる魔物は、寝坊助組の長官とリールが殆ど処理して行った。
「ねぇ、私、走ってるだけなんだけど、いいのかな? 」
「だって、魔物、ここまで来ないしね〜〜」
姉さんとシェリーさんは、走りながら話をしている。
Aランクの冒険者だけあって、身体強化を使って遅れずについてきている。
ニュイは、相変わらず、俺の背中にいる。
時々、うさぎを先行させて、魔物を狩っていた。
ただ、走ってるだけで、とうとう10階層まで来てしまった。
……迷宮10階層……
10階層の入り口で、少しの休憩をとり、ボス部屋を目指す。
ここは、5階層とは違いボス部屋は、1つしかない。
しかも、出てくる魔物は、ミノタウルスという事だ。
「さて、行こうか?」
長官の合図にみんな頷き、10階層を攻略する。
迷宮の中は、今までと然程変わった様子はないが、いきなり、壁の隙間から蝙蝠の魔物が溢れ出してきた。
「なんだ、こんな蝙蝠、見た事ないぞ」
長官は、そう言いながら、今までに使わなかった竜の里宝物庫にあった槍を取り出した。
この槍は、空間を断絶する槍で、障壁を展開してても突くことが出来る優れものだ。
長官は、槍で払ったり、突いたりして、蝙蝠を消し去っていく。リールもレイピアに魔力通し蝙蝠を斬り裂いていた。
大量に湧き出た蝙蝠は、長官とリールだけで退治できたが、長官は、怪訝そうな顔をしていた。
「どうかしましたか? 長官」
「いいや、ちょっと、おかしいな、と思ってな」
「おかしいとは? 」
「この迷宮は、おおよそ決まった魔物が出る。特に、10階層までは、頻繁に冒険者が訪れているから、魔物の情報もたくさん集まっているんだ。だが、蝙蝠の魔物など聞いたことも、見たこともない」
「それは、不可解ですね」
俺と長官が話し合っていると、リールが、
「今、考えても答えは出ないよ。さっさとボス攻略しようよ〜〜」
みんなもそう思っていたのかもしれない。誰もその意見に反対せず、俺達は10階層を攻略し始めた。
その後、出てくる魔物は、ギルドの情報通りのものだった。
ワイルドベアーやウルフ系の魔物が徒党を組んで襲いかかってくる。
相変わらず、長官とリールが仕留めていたが、背後から来たものは、姉さんとシェリーさんが頑張って倒していた。
俺は、ニュイのお守りと化していた。
ニュイがうさぎを操作して、隠れている魔物を殴り飛ばしていた。
そして、とうとう、ボス部屋の前に辿りついたのだ。
現在、ボス部屋の中には、別の冒険者パーティーが戦っているようだ。
扉は固く閉じられ、開く様子はない。
「前の者達が終わるまで、ここで休息をとろう」
バックから水を取り出しニュイに飲ませる。
俺も、水を飲みながら、扉の脇の岩に腰掛けた。
「ねぇ、ここのボスってミノタウルスだよね〜〜どれくらい強いの? 」
「確か、BランクかCランクでも勝てる相手だぞ」
「そうか〜〜物足りなさそうだな〜〜」
長官とリールは、もっと、強い相手と戦いたいらしい。
俺は、昼寝でもしてた方がマシだと思っている。
「私達も、ここのボスは倒したのよ〜〜」
姉さんが少しドヤ顔になっている。
「あの時は、チップとタップもいたから結構、簡単だったわ」
シェリーさんも懐かしそうに昔の記憶を思い出しているようだ。
「メリーナ君もシェリー君もAランク冒険者だものな。いろいろな経験をしたのだろう」
長官は、自分の過去と重ねているようだ。
すると、扉が『ガタン』と大きな音を立てた。
まるで鍵が外れたかのような音だった。
「前のパーティーが終わったようだな。さて、行くか。ここが終わったら、今日は、その奥の安全地帯で休もう」
長官の言葉が終わる前に、待ちきれないのかリールが扉を開けた。
中は、5階層のボス部屋をより広く見通しも良い。
天井も高く、槍使いでも思いっきり戦えそうだ。
俺達全員がその部屋に入ると扉が閉じた。
すると、地面に魔法陣が展開され金色のミノタウルスが出てきた。
「お〜〜亜種か〜〜」
「亜種とは何ですか? 」
「ミノタウルスの亜種、つまり、通常のボスより強いって事だ」
そんなものまでいるのか……
俺は、そのミノタウルスを見て、その大きさに少し驚く。
通常の2倍はありそうだ。
俺が剣を抜こうとしたら、他のみんなは、後ろでジャンケンしていた。
「やったーー! 私達が戦って良いのね」
「あ〜〜君達が勝者だ」
姉さんと長官が話し合っていた。
リールは、舌打ちが出るほどマジで悔しそうだ。
まさか、姉さんがやるの?
予感は的中した。姉さんとシェリーさんが剣を抜く。
そして、2人は、金色のミノタウルスの亜種と対峙した。
『グウォーー!! 』
ミノタウルスの咆哮が部屋に響きわたる。
戦闘開始だ。
まずは、シェリーさんが、身体強化を使い、ミノタウルスの懐に入る。
しかし、思ったより、巨大だったため、シェリーさんの剣は足を斬り裂くだけで終わった。
大きく振りかぶり、ミノタウルスの持つ大剣がシェリーさん目掛けて振り下ろされた。でも、そこには、シェリーさんはもう、いない。とっくに回避済みだった。
攻撃の後には隙が生まれる。
今度は、姉さんが反対側から別の足を斬り裂いた。
姉さんの黒剣は、ミノタウルスの足を切断した。
『ガクッ』っと足をつき、姿勢が低くなったミノタウルスを目掛けて、シェリーさんの剣が片目に突き刺さる。
『ギャッーー!! 』
ミノタウルスの苦しそうな叫びが部屋に充満する。
そして、ミノタウルスは、大剣を辺り構わず振りまくる。
苦しさ故の行動だろうが、隙だらけだ。
跳躍した姉さんは、その剣を振っている右肩から下に剣を振り下ろした。
大きな金属音が床から伝わってきた。
ミノタウルスの右手は床に落ち、剣は、少し転がって、動きを止めた。
すると、今度は、シェリーさんが懐から剣を頭の上に構えて跳躍した。
その剣は、ミノタウルスの喉仏に突き刺さる。そして、その剣を大きく横に払った。
ミノタウルスの首は、かろうじて繋がっている、そんな様子だった。
このままでも、ミノタウルスは絶命するだろう。しかし、姉さんは、さらにその首目掛けて剣を振るう。
『ドサッ!』
大きな音がした。床には、ミノタウルスの首が転がっていた。
「お見事ーー!! 」
長官の大きな声が響く。
リールもニュイも拍手をしていた。
姉さんとシェリーさんは、満足した顔でこちらに歩いてくる。
「ラビス、見てた〜〜! 」
手を振る様は、なんだか嬉しそうだ。
シェリーさんは、額の汗を袖で拭っていた。
少し、緊張していたのだろう。でも、やり遂げた、という満足感がとても素敵な笑顔に表れていた。
その笑顔を見て、俺も笑顔になった。
でも、俺の笑顔は、直ぐ消えた。
一瞬、ミノタウルスの倒れた場所から、嫌な、黒い物がその遺体を覆ったからだ。
そして、その黒い影は、床に吸収され魔物と共に消えていった。
「何だ、アレは……」
長官は、見たことない黒い影が現れ、消えていった事を不可解に思ったらしい。
アレは、迷宮の仕様ではないのか……
だとしたら、この迷宮には何かある……
俺は、そう思いながら奥の安全地帯に向かった。




