第34話 日常
竜の里は、穏やかな朝を迎えていた。
俺は、何時もの日課のジョギングをする。
たまに、リールがついてくる事もあるが、今朝はまだ寝ているようだ。
ナハトは、台所に行き俺達の食事の用意をしてくれてる。
ユオも手伝うこともあるみたいだが、基本的にはナハトが俺達の食生活を一手に賄っていた。
俺とノーチェは、何故か、台所入室禁止令が発令されている。
ノーチェは、朝が苦手なようだ。ハーフバンパイヤなら納得できる。でも、夜遅くまでリールと話し込んでいるのはどうかと思う。
子供は、早く寝かせないといけない、という俺の固定観念がそう思わせた。
でも、リールも夜の方がいいらしい。闇精霊術の適性があるからかもしれないが……
まぁ、そんな些細な事を気にしても仕方ないだろう。
ここは、異世界だし、日本のように学校や会社など忙しく1日が始まるわけではないのだから……
俺は、屋敷の庭でストレッチをしてから走り出す。
街を抜け、畑を抜け、広い草原に出る。目指すは、あの木の丘だ。
ここまで、およそ5キロメートルはある。往復で10キロ、朝のジョギングとしては手頃な距離だ。
この場所に来るまでの間には、魔物はいない。
この竜の里では、魔物は広い森の中にしか現れない。
竜神やブラドなど怖い存在がいるので、きっと、ここまで近寄ってこれないのだろう……
俺は、丘を駆け上がりその木の下で水を飲む。ここに着く頃にちょうど陽が昇り傾斜角の緩い優しい陽の光が照らされる。
いつも思うが、ここが地下だとは信じられない光景だ……
俺は丘を下り、また走り出す。身体強化を使わずに走る事は、自身の筋力や耐久力を高める効果がある。
魔力ばかりに頼っていると、きっと身体の成長は出来ないだろう……
俺、独自の見解だった。
来た道を引き返すと、畑にはもう人の姿がある。
この里で暮らす人々だ。
『小僧、相変わらず元気だなーー』
「おじさんもご苦労様」
そんな挨拶を交わし街に入る。
街の家からは煙が立ち昇る。
朝食の用意を各家庭がし始めたようだ。
家の前を通り過ぎると良い匂いがしてくる。
ハーブのお茶の匂い……
肉が焼ける匂い……
パンを焼く匂い……
そんな匂いを嗅ぐと腹が鳴ってくる。
街を通り過ぎ屋敷まで来た。
王城に陽が差してとても綺麗に輝いている。
俺は、自分の屋敷に入りかいた汗を浴場で洗い流すのだった。
◇
「あっ、主任、おはようございます」
浴場から出るとユオに会った。ユオは洗顔をしていた。
「おはよう、なぁ、ユオ。その主任もだが敬語みたいな言い方どうにかならないか? 」
「直そうと思っているのですが、どうも、こっちの方がしっくりくるんですよ」
「ユオがいいなら構わないが」
「まぁ、そのうち、どうにかなりますよ。それより主任。またジョギングですか? 」
「あぁ、種族的にこの中で、一番、劣っているからな」
「そういえば、私、走るの遅かったですけど、今は、途轍もなく速く走れます。つまり、そういう事ですか? 」
「その種族の持つ特徴みたいなものだと思うよ」
「じゃあ、鍛えれば新幹線並みに速く走れますかね? 」
「ナハトは、もの凄く速いぞ。新幹線と比べてみたわけじゃないけど」
「よっしゃーー! 私も、朝、走ります。主任、お付き合い願います」
「朝、起きれたらね。俺は、ユオが起きるまで待ってないぞ」
「つれないですね〜〜そんな事言うと女の子にモテませんよ」
「そうかもな。でも、それは昔もそうだったから仕方がない」
「まぁ、昔の主任は、割とイケてましたよ。顔も悪くなかったですし〜〜」
「昔話はやめにして、ナハトが作ってくれた朝食を食べよう」
「は〜〜い」
テーブルに着く頃にノーチェとリールが起きてきた。2人とも、まだ眠そうだ。
「おはよ〜〜う」
挨拶も眠そうだ。
「おはよう。ノーチェ、リール。顔洗った方が目がさめるぞ」
「そうね、リール行こう」
「うん」
2人してノロノロと移動して行った。
すると、今度はナハトが、
「あ〜〜しまった! パンが足りねぇ 」
「じゃあ、俺が買ってくるよ」
「わり〜〜な。そうしてくれるか? 」
俺は、また街に出る。
パン屋までは、5分もあれば着く。
しかし、いつも開いてるはずのパン屋は閉まっていた。
他にも買いに来た女性がいる。
「あの〜〜今日は、パン屋さんお休みですか? 」
「そうみたいね〜〜困ったわ」
確かに、パンを買って帰らないとナハトにどやされそうだ。
俺は、衛星を展開して地上の街を見る。
ロクトの街のパン屋は開いてるが、俺がその場所に行けばいろいろと問題ありそうだし、そうだ。皇都ならどうだ……
皇都のパン屋も開いているようだ。
俺は、その場で転移して皇都のパン屋の裏の路地に行く。
そして、パンを大目に買い込み、また、竜の里に戻って来た。
パン屋が閉まっていて困ってた女性にパンを分け、屋敷に戻った。
「おい、買って来たぞ」
俺は、テーブルの上に買ってきたパンを広げる。
「お〜〜サンキューって、これ、そこのパン屋のパンじゃねぇな? 」
「よくわかるな。皇都に行って買ってきた。街のパン屋は今日は、休みだったよ」
「そういえば、あそこのパン屋は、よく休むしな」
そんな話をしながら、朝食は進む。
朝食後は、それぞれ行動が決まっていた。
ナハトは、森に行き狩をする。
ユオは、薬師さんのところに行き手伝いながら、調剤の仕方を教わっていた。
ノーチェは、部屋に戻り、おそらく、もう一眠りするようだ。
リールは、俺と読み書きの勉強だ。
「リールは、大分字を覚えたね」
「うん。もう、ライルの名前も書けるよ。ほらっ」
「本当だ。よく書けたよ。字を覚えたら、今度は算術の勉強をしよう」
「算術って? 」
「数字を足したり引いたりするんだよ。これが、できると倒した魔物の数やその代金など計算できていろいろ便利になるよ」
「そうなんだ。算術、覚える」
リールは、物覚えの早い子だった。
優秀な子だ。将来が楽しみだ……
俺は、この子の成長を見守る事が自分にとっても大切な事になっていた。
◇
そして、ある日の午後、
「ライル、ライル〜〜」
丘の上を目指して走って来るのはリールだ。
「やぁ、リール。よくここにいるのがわかったね」
「ライルに用事があったわけじゃないもん。お母さんに用事があったの」
「そうか、てっきり俺は一緒に遊んで欲しいのかと思ったよ」
「お母さんの用事が済んだらね」
ここは、竜の里の丘の上だ。
大きな木があり、その脇に石碑がある。
そこには、リールの母親が眠っている。
リールは、片手に小さな花を持っていた。
俺は、リールと一緒にその花を石の前に供える。
「リールは、今日も元気です。お母さんはゆっくり寝てて下さい」
手を合わせながらそう話しかけるリールを俺は見守っていた。
「さぁ、ライル。遊ぼ」
「そうするか……」
遊びと行っても追いかけっこだ。
逃げるリールを俺が追う。
体力が戻ったリールの身体能力は目を見張るものがあった。
ナハト達、獣人には敵わないが、それでも人族と比べれば相当速い。
リールがここに来て、もう1年は経つ。
まだ、過去の事を消化出来る時間が経った訳ではないが、それでも、少しづつ元気になっているがわかる。
「あっ、やっぱり丘にいたーー! 」
ノーチェが転移してきたようだ。
もう、服は、落とさないようになっていたが、まだ一部分、残してしまう物があるらしい……
ノーチェは、木に隠れながらコソコソしている。
「お姉さんちゃん。またパンツ忘れたの? 」
「リール、何の事かな? おしゃべりな子はお仕置きよ〜〜」
そう、ノーチェは、服は一緒に転移できるようになったのだが、下着だけはどうにも上手く転移出来ないでいた。
「ライルーー! 今の聞いてたわよね〜〜」
「何の事だろう? 」
マズい……矛先は俺に向いてきた……
「聞いてたかどうかは、それは俺自信しかわからない問題だよ。それに、気づくなんてノーチェは才能豊かなんだね。俺は、とても嬉しいよ。服も一緒に転移できるようになって。さすがノーチェだ。だから、たかが、パンツぐらいその場に残したって、些細な問題だよ。うん……」
ノーチェの顔が赤くなっている。
血でも吸ったのか……
「ライル〜〜それに、リール、許さないんだから〜〜」
何だ。ノーチェも遊びたかったのか……
でも、般若面をつけてないはずだけど鬼のようにノーチェが見えるぞ……
「リール、作戦だ。二手に別れるぞ」
「ラジャー」
どこでそんな言葉を覚えた?
ユオしかいないだろうけど……
ノーチェは、まず、リールを捕まえた。そしてリールを抱えて俺の目の前に転移してきた。
危うくぶつかりそうになる。
「ノーチェ、転移はずるいよ〜〜」
「お仕置きするのに、ズルイも何もないわ」
「お仕置き……聞き間違いかな? 俺達は、追いかけっこして遊んでいたんじゃないの? 」
「誰か遊んでたのよ〜〜」
そう言ってノーチェは、俺の尻に蹴りを入れる。物理耐性があるとはいえ、結構、痛いぞ……
まぁ、リールは捕まっただけで何もされてないのが救いだな……
あれ、俺、頭でも打ったか……
目の前がチカチカしてる……
飛蚊症か?
あっ、これは『衛星』の機能だ。
俺は、点滅している箇所を注視すると、その原因が明らかになる。
「なっ……なんで? 」




