第23話 兄妹
『わぁ〜〜〜〜』
ユオは、堰を切ったように泣き出した。
今まで、溜め込んでいたものを一気に吐き出すような勢いだ。
だが、それは、背後の物音でかき消されてしまった。
「ど、どういう事だ。前世、記憶、それは、何なんだーー! 」
それは、ナハトが、荷物を落とした音だった。
そして、ナハトの叫びが聞こえた。
「お前だろう! 妹に変な事を吹き込んだのは! 殺してやる。絶対、殺してやる」
むき出しの殺意を向けられたのは、初めてだ……
ナハトは、俺に掴みかかり、胸ぐらを抱えて、思いっきり、俺の左頬を殴りつけた。
そして、俺を引き倒し、馬乗りになって、何度も何度も殴りつけた。
物理耐性のある俺には効かないが、俺は、黙って殴られる選択をとった。
溢れ出した感情は、抑える事が出来ない。
何かにぶつけなければ、心が折れてしまう。
そんな、ナハトをユオが背中から止めている。
「違う、違うの、お兄ちゃん。私がちゃんと説明するから、主任は、悪くないの! 」
「主任、なんじゃそりゃ! お、お前は、こいつを知ってるのか、何故だ。俺は、お前が、赤ん坊の時から離れた事はない。こんな奴、俺は、見たこともねぇ! 」
「そうじゃないの。話を聞いてよ。お兄ちゃん! 」
「認めねぇ、絶対、俺は、認めねぇ! ユオは、俺の妹だ! 」
俺は、
「当たり前だろう。ユオは、ナハトの妹だ。何を言ってる。お前は? 」
「はぁあん? てめーーが、変な事を吹き込んだんだろう? 」
「違うよ。俺には、この世界で生まれた記憶と、生まれる前の記憶がある。その生まれる前の記憶で俺とユオは知り合いだった」
「てめーー! 」
ナハトは、また、俺を殴り出した。
その時、
「こらーー! 何、やってんの! この狼! ライルも何で、殴られっぱなしなの? 」
ノーチェが、その場で、恫喝する。
意識が、ノーチェにいったのか、ナハトの殴打が止まる。
普通なら、死んでいてもおかしくない。
「お兄ちゃん。私から説明するから、お願い。話を聞いて! 」
ユオは、俺に馬乗りになっているナハトの背中に抱きつき、そう、話した。
ここは、ユオに任せた方が良さそうだ……
ユオは、ナハトを引っ張り、その場に座らせた。
そして、
「私ね。1歳の時、人間に襲われたでしょう? その時、前世の記憶を取り戻したの。私もわけわかんなかったよ。気が狂いそうだった。でも、そんな私のそばにいつもお兄ちゃんがいてくれて、私の心が壊れないで済んだ。みんな、お兄ちゃんのおかげだよ」
「ユオ……」
「でもね。私は、この姿に生まれ変わる前、違う世界で人間だった。25歳の女性だよ。国のお仕事をしていたの。その時の上司が、夜霧主任。そのライル君だった」
「ユオ、それは、本当なのか? こいつに騙されたんじゃないのか? 」
「違うよ。さっき、話して、その事が分かったの。何故、この世界にいるのかわからない。ずっと、不安だったんだ。きっと、お兄ちゃんがいなければ、死んでいた」
「…………」
「でも、そんなお兄ちゃんを私が傷つけてしまった。私は、お兄ちゃんの顔を見ているのが辛くなったの」
「それは、お前のせいじゃねぇって何度もいってるじゃねぇか! 」
「そう言ってくれたね。でも、その言葉が、私をドンドン追い詰めていったの。私は、苦しかった。大好きなお兄ちゃんの目を私が奪ったんだよ。いくら、お兄ちゃんが許しても、私は、自分を許せない」
「そうか……そんな風に思ってたのか……」
「だから、死ぬ事ばかり考えていた。早く、人生が終わらないかなって」
「ユオ、だ、ダメだぞ。そんな事、考えちゃ! 絶対、ダメだからな! 」
「そうだね。私が死んだら、お兄ちゃん、悲しむものね。でも、それくらい、自分が許せなかったんだよ」
「…………」
「でもね。そんな時、とても懐かしい匂いを感じたの。それは、主任……ううん。ライル君の匂い。私は、その匂いを好きになった。落ち着いたのよ」
「やはり、ライル、てめーーはっ! 」
「もう、お兄ちゃん、ちゃんと聞いて! それで、いろいろ話を聞いて、生まれ変わる前に、私の知っている人だったのよ」
「…………」
「ライル君の生前は、夜霧 啓吾主任、私の上司だった。こんな偶然、信じられないけど……」
「そんな……ユオ、お前は、俺の妹だろう。なぁ、そうだろう? 」
「そうよ。私は、お兄ちゃんの妹。いつも私を庇ってくれた大好きなお兄ちゃんのね。でも、そのライル君は、生前の知り合い。そういう事なのよ」
「じゃあ、生まれ変わる前、お前は、こ、こいつの恋人だったのか? 」
「違うよ。尊敬できる数少ない人よ。いろいろ仕事を教えてくれて、悩みを聞いてくれたよ。でも、恋とか愛とかそんなんじゃない。例えて言えば、親戚のおじさんみたいな感じがしてた」
「親戚のおじさんか……」
「だから、お兄ちゃんが戸惑うのもわかる。私も、今まで、そんな気持ちを抱いて生きてきたんだから。無理に理解してくれなくていい。でも、少しずつでも、私を見ていて。そして、そばにいて欲しい」
「そ、そんなの当たり前じゃねぇか、何、言ってんだ。これからだって、お前を、1人にするつもりはねぇ。いつだって一緒にいてやる」
「ありがとう、お兄ちゃん……」
「ユオ……」
俺は、ノーチェと一緒にその場から離れた。
ノーチェは、俺の打たれた後を優しくさすってくれていた。
◇◇
『すまん! 』
屋敷で、ノーチェに頬を冷やしてもらってた時、いきなり、ナハトとユオがやってきて、今の土下座状態になっている。
「いいよ。もう、済んだ事だ」
「そうはいかねぇ、それじゃあ、俺の気がすまねぇ」
「誰でも自分を抑えられない時もある。その時が、さっきだったって事だろう? 」
「そんな事じゃねぇ、ライル、俺を殴れ! そうじゃなきゃ、俺の気がおさまらねぇ」
そういう体育会系、ヤンキー系の雰囲気、苦手なんだけど……
「殴っても仕方ないだろう? 」
「そうだな、お前は、弱いもんなぁ」
あからさまの挑発、そこまでするか……
「仕方ない、ほらっ」
『ボカッ』
「これでいいだろう? 」
「後、13発だ」
「はい!? 」
「俺が、お前を殴った回数だ」
「同じだけ殴れと? 」
「無論だ」
やれやれ、面倒だ……
「じゃあ、1回、本気で殴るぞ。それで、チャラだ」
「わかった。好きにしてくれなくて」
俺は、少し、力を込めて殴った。ナハトは、吹き飛んだ。
「お兄ちゃん! 」
ユオが、介抱している。命に別状はないだろう。
「大丈夫か? 回復魔法かけようか? 」
「いいや、これでいい……」
「そうか……」
そんな様子を見ていたノーチェが、
「あの……私……」
みんな、ノーチェを見つめる。
何か言いたそうだ。
「私、隠すのいやだから、はっきり言うね。私、あの、ハーフバンパイヤなの」
ノーチェは、その事を悩んでいたのか……
「それがどうしたんだ? 」
「ナハト、怖くないの? 私、混血吸血鬼なんだよ」
「何で、怖がるんだ? 意味がわかんねぇ」
「ユオは? ユオは、怖くないの? 」
「吸血鬼ですか? 別に怖くないですけど、逆に、興味があります」
「えっ!? 」
「そういう事だ。よかったな」
「う、うん……」
ノーチェは、大分悩んでいたようだ。
もっと、早く、気づいてあげれば良かった……
「じぁあ、俺、風呂に入ってくるよ。昨日、入らなかったから」
「そうね、わかったわ」
みんな、落ち着いたようだ。
俺は、風呂に入って、自分自身に回復魔法をかけた。
出来れば、そのまま、治したかったが、明日は、黄竜と戦わなければならない。油断の出来ない相手だ。
もし、負ければ、ここにいられなくなる可能性もある。
竜は、強い者を尊ぶ生き物だから……
◇
夕食は、ナハトが腕によりをかけて、ご馳走を作ってくれた。
みんなは、美味しそうに食べている。
ナハトは、左頬が腫れて痛そうだが、それでも、元気だった。
ユオは、見間違うほど、喋るようになった。
特に、ノーチェに質問ぜめだ。
そんな様子をナハトは、喜び、そして、戸惑いながら見ていた。
受け入れるまで少し時間がかかりそうだ。
そして、俺は、
「明日も悪いけど、自由行動でいい? 」
「いいけど、何か用があるの? 」
「明日は、黄竜と試合があるんだよ。昨日、ブラドが来ただろう。それが、その用事さ」
「えっ! 黄竜様と戦うの? 」
「黄竜って何ですか? 主任」
「ユオ、俺は、もう、主任じゃないよ。ライルって呼んでくれ。それに、敬語もいらないからね。同じ歳だし」
「わかりました。主任」
少し、時間がかかるかな?
「黄竜は、竜神様の配下の竜で、前から俺に試合をしたいと言ってたんだ」
「そうなんですか」
「おい、ライル。俺も見に行くぜ! 」
「そうね。みんなで、お弁当持って見に行きましょう」
「私も見たいです。主任」
みんな、何言ってるの?
「危険だよ。それに、遠足じゃないんだから」
「ねぇ、遠足って何? 」
「ノーチェさん。それはですね〜〜学校の行事で、お弁当を持って、校外に出かける事なんですよ」
「いいわね。じゃあ、その遠足をしましょう。決まりね」
「おい、俺は、絶対、行くからな。応援はしねぇけどよ」
「私も見たいです。主任」
「まぁ、自由行動だし、好きにすれば? 」
みんな、何か勘違いをしている。
試合と言っても、竜相手では、本気を出さなくてはならない。
つまり、やるか、やられるかの真剣勝負の殺し合いだ。
炎竜もそう言ってたし……
みんな、トラウマにならなければ良いが……




