閑話 ユオ
「明日から出張か〜〜、でも、終わって良かったよ。出張中に生理なんて、どんな苦行かよ、って感じだしね。私もピル飲もうかなぁ」
私、湯嶋 香織は、公安調査庁外事部第3課に勤めている。
でも、最初から、この仕事につきたかったわけではない。
薬剤系の大学で、将来、薬剤の調合の仕事をしようと思っていた。私の作った新薬で多くの人が救われる、そんな大層な夢を掲げていた。
でも、大学の3年の時、通学で利用する駅前で、通り魔事件が起きた。犯人は、東南アジア系の人間で、誰でも良かったと話していたという。その時、亡くなった人達は、4人、高校生や働き盛りの人達が犠牲となった。
遠巻きでその光景を見ていた私は、震えが止まらなかった。
怖かった。
いや、違う。
理不尽な人の行為で、亡くなった人がいる。
そんな、他人に自分の人生を台無しにされるなんて、
震えの正体は、怒りだ。
私は、怒っていたんだ。
私は、少しでもこのような人達がいなくなる事を願った。
警察では、ダメだ。
事件が起きてからではないと、動けない。
情報を事前に掴んで、それを阻止できれば……
だから、私は、ここにいる。
しかし、仕事は、そんな格好良いものでは無かった。
憧れと、現実とのギャップ。
誰もが働きだして戸惑う熱病みたいなもの。
そんな時、私の愚痴や悩みを聞いてくれたのが、夜霧主任だ。
彼は、黙って、私の話に付き合ってくれた。
否定するわけでもなく
肯定するわけでもない。
ただ、私の話を根気よく聞いてくれたのだ。
こんなタイプの人は、初めてだった。
大概の人は、自分の意見を押し付け
また、ある人は、下心丸見えで話を聞く者たち
でも、彼は、違ったのだ。
何というか安心感がある。
家族……ちょっと違う。
そうだ。親戚のおじさん。
いや、従兄弟のお兄さん。
恋愛感情を抱かなくてもすむ、そんな感じの安心感だ。
そんな主任と先輩の立花さんと、3人で明日から出張に行かなくてはいけない。
先輩の立花さんは、よくラノベや携帯小説を読んでいる。
たまに『ヒャッホーウ』とわけのわかんない言葉を発する。
つまり、漫画やアニメが好きなオタク人間だ。
でも、それを隠す事なく、面白い作品を勧めてくる。
本人曰く、『布教活動』だと言っていた。
自分が面白いと思うものを他人とも共有したいという思いなのだろう。
そんな先輩は、実は、凄く人情味が溢れ、正義感の強い人間だ。
それに、無駄にイケメンである。
でも、彼女はいないらしい。
何でも、幻想世界に恋人、確か、嫁がいると言ってた。
意味がよくわからないが、馬鹿だけど憎めないタイプ、そういう感じだ。
「明日は、中東か……乾燥してるとこ行くと、化粧のノリが悪くなるのよね〜〜」
私は、少し高めの化粧水をバックに入れた。
◇
現地の空港に着いた途端、『むわっ』とする暑さに見舞われた。
慣れない空気でむせそうになるが、立花先輩が、『蒸し暑いですね〜〜』と、乾燥地帯なのに、その場に合わない言葉を使うので、少し、先輩と言い争いになった。
目的地に行くには、ここからタクシーを拾う。
現地のサポーターがいなかったのは、いつものことだ。
私達は、事前に情報を集める事を生業としている。
現地の人間で信用できる人間を探す事も私達の仕事でもある。
何日か後に来るだろう、外務省の人間の為に、そういった事も任されている。
だから、観光では、ないが、自由な行動が許されいる。
もちろん、ここに来るまで、日本人の物好きな観光者を装っていた。
空港前にいるタクシーを拾い、主任は目的地を告げる。
タクシーは、彩の少ない街を走り抜けていた。
数時間経った頃、タクシーが、急に止まり、運転手が何か叫んでいる。
私は、道路に子供が倒れているのを見かけた。
「大変だわ」
咄嗟に車外の出ようとすると、主任に止められた。
代わりに主任が見てくれるようだ。
その時、それは、起こった。
突然、爆発が起きたのである。
目の前は、砂ほこりで見えない。私は、咄嗟に、『主任! 』と叫んでいた。
その時、タクシー運転手が、立花さんを射殺した。
振り向いて、私も撃たれたようだ。
意識が、遠のき始め、暗い闇の中に落ちていく、そんな感じだった。
◇◇
目が覚めると、見慣れる風景が広がっている。
言葉も上手く話せない。
それに、身体のあちこちに痛みが走っていた。
何、ここどこ?
すると、耳を生やした少年が、私を抱えて、走りだしていた。
しかし、とても大きな人間に捕まり、いきなり、胸に何かをした。
あとでわかったが。それは、奴隷紋というらしい。
私は、奴隷に落ちたんだ。
でも、この身体、私の知ってる身体じゃない。
私にも、耳と尻尾が生えていた。
私は、気が狂いそうになる。
大きな人達は、私を静かにさせる為に、何かを言った。
すると、私の心臓は誰かに掴まれたような痛みを発した。
私は、気絶してしまったようだ。
それから連れてこられたとこは、サーカスのようなとこだった。
私を何時も庇ってくれる耳と尻尾の生えた少年は、兄だと知った。
私は、どうやら、この姿に生まれ変わったようだ。
戸惑いの中、ナイフ投げの練習をさせられた。
失敗すれば打たれる。
また、鞭のようなもので、叩かれた事もあった。
何で、何で、こんな事に……
私の心は、少しずつ、壊れていった。
何も感じない方が楽だ……
何も考えない方が楽だ……
痛みは、奴隷紋の想像以上なものだ。
でも、そんな痛みに耐えながらも兄は、私を庇ってくれた。
私が、完全に心を無くさなかったのは、兄のおかげだ。
しかし、それも長くは続かない。
私のミスで、兄の顔にナイフを投げてしまった。
兄の目は潰れ、血が滴っている。
私は、とんでもない事をしてしまったのだ。
でも、兄は、そんな私を慰めてくれた。
私のせいじゃないと言ってくれた。
その思いがとても、重かった。
私のせいと言って、殴ってくれた方が楽になっていたかもしれない。
私は、兄に対して消えることの無い罪悪感という重荷を背負ってしまった。
兄の目を見る度、私の心は押し潰されていく。
私を大事にしてくれる兄に、どう償えば良いのだろう……
サーカスの団長に、私は、ナイフを投げる事を拒否した。
もう、無理、死にたい……
また、兄が庇ってくれる。鞭で叩かれ、蹴飛ばされてた。
そして、私も同じような事をされた。
目を開くと、檻のようなところに入れられていた。兄も私も全身に怪我を負っている。
何日か経って、今度は、人間の女の子が捕まったみたいだ。
その子は、私達を見ると、何かを唱え、身体が楽になった。
しかし、その女の子は、見張りの男に叱責され、私達と同じように胸に奴隷紋を刻まれた。
そこからは、あまり覚えていない。
暗く、ジメジメしたこの場所で死ぬんだ、と思っていた。
兄も、シンドイのだろう。
徐々に無口になっていく。
何日か過ぎて、絶望の中にいた頃、突然、轟音が鳴り響いた。
最初は、雷でも落ちたのか、と思ったぐらいだ。
すると、般若の面をつけた女の子が檻の向こうでこちらを覗き込んで、鍵をガチャガチャしていた。
無理だと分かると、上に上がって行った。そして、今度は、ひょっとこのお面をつけた少年がやってきた。
鍵を剣で壊して、人間の女の子を呼んでいた。
この子を助けに来たんだ……
私は、羨ましいと思った。
少年とその女の子が、急に消えて、少年だけが。戻ってきた。
そして、般若の面をつけた女の子が
「大丈夫よ。助けに来たんだから」
と言ってくれた。
そして、その少年は、
「信じなくてもいいが、外に出られて自由になりたいのなら、ついて来て欲しい。どうする? 」
助けてくれるの?
兄と私は、その少年に付いていった。
そこは、見た事もないお屋敷だった。
そして、少年は、呪縛の1つ、奴隷紋を消してくれた。
そして、もう1つの呪縛、兄の目を治してくれた。
凄い、凄い……
私は、泣きそうになるのを我慢する。
泣いて騒いだら、追い出されてしまうかも知れないから……
私は、あの少年は、誰なんだろう、と考える。
あれは、魔法?
あんな素敵な使い方があるんだ……
私の知ってる魔法は、人を傷つけるものしか知らない。
でも、何故か、懐かしい匂いがする。
兄とは、違う、落ち着き感じ。
そう、安心感を与えてくれる匂いだ。
私は、夜、トイレに行って、そして、匂いを辿り、少年の寝ているベッドに来た。
懐かしい……
私は、その匂いに包まれ、生まれ変わって初めてゆっくり休めた。
朝、兄は怒っていたが、そんなの私は、気にしない。
兄も大事だが、今の私は、この匂いに、夢中だ。
朝食の時、狩に行こうと言われる。
いやだ。武器を持つのはいやだ。
思い出したくない。
私は、無理強いされる事なく、ただ、いれば良いと言われた。
初めてだ。他人に、強制されないなんて……
兄が狩の出かけている間、少年が、私に付き添ってくれた。
私が、震えているのを何も言わないで、いてくれる。
それに、微妙な距離感も安心できる。
この、雰囲気、私は知ってる。
そう、安心感の塊、夜霧主任と似ている。
その少年は、能力の話をしてくれた。
この世界には、5歳になると能力をもらえるらしい。
私も欲しい。
素直に思う。けど、獣人の私達には、もらえるかわからないと言っていた。
私にも、何かできれば……
そんな時、少年が調べてくれると言う。
そういう能力を持っているようだ。
私は、調べて欲しいと願った。
すると、少年の顔が、真剣になる。
何、私が何かしたの?
少年は、神妙な面持ちになっていた。
嫌わないで、ねぇ、嫌いにならないで〜〜
兄が乱入してきた。すると、少年は、黙って、森に入ってしまった。
私は、嫌われたんだ……
そう思った。
夕食の時、金髪の美少女が、熊の手が生えたスープを作ってくれた。
中には、ドロドロのなった渋柿が入っている。
正直、食べられたものでは無かった。
でも、少年は、黙ってその料理を食べていた。
そして、こんな事を言った。
出されたものを残さず食べるのが信念だと……
私は、その言葉を知っている。
いつも、安心感を与えてくれたあの人の言葉だ。
私は、少年をジッと見つめていた。
そして、次の朝、少年は、池を眺めていた。
私は、恐る恐る近づく。
嫌われてしまった。何故かわからないけど……
でも、この匂いは好き。
私は少年と、話した。能力の事を話し事に抵抗があったみたいな感じを受けた。
そして、午後、散歩に誘ってくれた。
もしかしたら、嫌われたんじゃないかもしれない。
そして、衝撃の事実を告げられた。
彼も転生者だったのだ。
そして、私が転生者である事を見抜いていた。
それから、彼の話を聞いた。
私も境遇を話した。
すると、さらに、驚く事実を告げられた。
えっ、それって、夜霧主任の事。
えっ、じゃあ、この少年は、夜霧主任の生まれ変わり?
嘘、いや、嘘じゃいやだ。
主任、主任!
私は、自分が死んだ状況を話した。
主任は、自分のせいだと責めていた。
違う。そんな事はない。
私は、この世界に生まれ変わって、初めて、まともに会話が出来た。
胸から込み上げてくる感情を抑える事が出来なかった。
でも、主任は、微妙な距離感で、黙ってその場にいてくれた。
そんなとこが、やはり、夜霧主任だ……
泣きながら、私は、そう思っていた。




