閑話 姉と母
何が起きたの?
何、あの大きな黒い魔物……
動かない、身体が動かないわ。
その時、シドさんが
「退避ーー! 〜〜〜〜」
退避って言ったの?
逃げろって事?
すると、私は、メンデルさんに抱えられ移動していた。隣にはラビスを抱えたカリウスさんが走っている。
さっきまで、ラビスがゴブリンを切り裂いて調べてた。
何でそんな事、平然とできるの?
それに、ラビス、何か難しい事言ってた。
どうしたの? 私の知ってるラビスじゃないみたい。
私は、メンデルさんに抱えられてたけど、凄い風が吹いて吹き飛ばされてしまった。
メンデルさんが庇ってくれなかったら、大怪我をしてただろう。
でも、メンデルさんが、右肩から腕にかけて血が流れている。
私を庇って怪我をしてしまったようだ。
大変、大変……
すると、突然、目の前が真っ赤になった。母さんが魔法を放ったみたい。
でも、あの黒い魔物の前で消えて無くなっちゃった。
母様の魔法は通じないの?
母様は、昔、Sランクの冒険者だったと父様から聞いた事がある。
とても強かったって。
母様の魔法が効かないのなら、私達どうなるの?
ここで死ぬの?
怖い、怖い、怖い、誰か助けて……
黒い魔物が大きく口を開けている。
その前には、ラビスがいた。
「えっ!? ラビス……」
魔物が、口から黒いものを吐き出した。
「キャッーー! 」
私、死ぬんだ。
景色が一瞬で黒く染まる。
「あ、私、死んでない? 」
えっ、ラビス、何してるの? 魔法? 魔法で防いだの?
どう言う事……
何でラビスは、そんな魔法使えるの?
本当にラビスなの?
黒い魔物の尻尾がブンブンしている。さっき、魔法みたいなのが黒い魔物に向かって放たれたけど……
助けに来てくれたの?
「イヤっ! 」
凄い風が吹き抜ける。
すると、母様や冒険者の方々が、黒い魔物に向けて攻撃を仕掛けてくれた。
これで、倒れて……もう、こんな怖い思いしたくない……
でも、魔法は、魔物の前で、全て打ち消されてしまった。
もうダメだ……
「キャッ! 」
何が起きたの?腕が痛い。
それに、熱くなっている。
えっ、血……
もう、おしまいだわ。私は、良い子じゃなかったから、神様が見捨てたんだわ。
ラビスは、小さい頃から、病弱で、母様も父様も心配ばかりしてた。
私だっているのに……
私をもっと、構ってくれても良いのに……
そんな思いがラビスが生まれた時から、心の中で渦巻いていた。
あの時、ラビスをおいて先に行ってしまったのは、そんな思いもあったのは事実……
だから、私は、バチが当たったのだ。
ラビスを羨ましく思ったから……
私も身体が弱ければ、父様も母様も心配して私をもっと見てくれる。
そんな意地の悪い気持ちを抱いていたから……
だから、ラビスが怪我した時、私は、ラビスを大事にしようと思った。
私が先に行かなければ、ラビスは、痛い思いをしなかったのだから……
私のせいだ。
私が、いけないんだ。
でも、ラビスは、凄い元気になった。見違えるぐらい顔色も良い。
たまに、夜中に抜け出して何処かに行っていたのは知っている。
でも、何だか怖くて聞けなかった。
聞いたら、ラビスが何処かに行ってしまうようで……
だから、私は、ラビスから離れない。
ラビスのそばにいないと、あの子はきっと何処かに行ってしまう。
そしたら、父様も母様も悲しむと思う。
私が望んでたものは、そんな悲しいものじゃない。
みんな一緒で、私も可愛がってくれればそれでいい。
でも、目の前で起きてる光景は何?
ラビスが、誰も倒せなかったあの大きな黒い魔物を殴って倒しちゃった。
どう言う事なの?
絶対、ラビスじゃない。
母様でも倒せなかったあの魔物を倒せるなんて、普通の人族には無理。
『バケモノ……』
そうよ。化物じゃなくっちゃ倒せっこない。
ラビスは、バケモノなの?
怖い、怖い、怖い……
「シドさん、メンデルさん大丈夫? 」
ラビスが話しかけている。
「キャッ! 」
「ち、近寄るな! 」
強い冒険者のメンデルさんやシドさんまで、ラビスを怖がっている。
「姉さん。怪我はどう? 」
話しかけないで! 怖いのよ……
私は、とっさに
「こ、来ないで……バ・ケ・モ・ノ」
私は、怖いの、もう、話かけないで!
イヤだ。イヤだ。ラビスじゃない。あんなのラビスじゃない……
私は、そんな思いをラビスに向けて叫んでいた。
ラビスは、私の目を悲しそうにして見つめていた。
だって、私は悪くはないわ。大人の冒険者達だって、母様だって、ラビスを見て震えてるもの。
私は、悪くはない。悪くはない……
「もう、一緒にいられないようだ……」
えっ、どう言う事。
今のは、ラビスが言ったの?
一緒にいられないって、どう言う事。
私だ……
私が、言ってはいけない事を言ってしまったんだ……
何、これ、すごく温かい……
ズキズキしていた腕の痛みが消えているわ……
これもラビスが、やったの?
わかんない。何でこうなっちゃったの?
私は、ラビスが嫌いになったわけじゃない。
むしろ、誰よりも大事。
でも、怖いの、怖かったのよ。
ラビスがこっちに歩いて来る。
でも、震えを止められないの。
身体が言う事効かないのよ。
私は、イヤな予感がした。
もう、ラビスとは会えないんじゃないかと……
「怖い思いをさせてごめん。いろいろお世話になりました」
どうしちゃったの?
何しようとしてるの?
何で、黒い魔物のとこに行くの?
ラビス、ねぇ、戻ってきてよ。私を安心させて。
何時ものラビスに戻ってよ!
「姉さん、母さん元気で……」
ラビスは、こっちを向いて、そう話しているのが、わかった。
どこに行くの?
ラビスは、私のそばにいなくちゃイヤだ。
ラビス、ラビス、
「ラビス……」
私は、声にならないほど震えていたらしい。
ラビスは黒い魔物と一緒に消えてしまった。
◇
「何で私は、母親なのに、ラビスに恐怖心を持ってしまったのだろう」
Sランク冒険者として、いろいろな魔物を退治してきた。もちろん、仲間達のおかげでもある。
竜だって、倒した事があった。でもあの竜は、別格だ。
黒竜が突然現れ、気配さえも私は、察知できなかった。
私の魔法が通じないとわかった時、怖くなった。
今まで、私の魔法が通じない相手などいなかった。
私が、本気になれば、魔物など恐れることはない。
すぐに炭に変えてやれる自信があった。
でも、あの黒竜は、違う。
あれは、戦ってはいけない相手だ。
でも、みんながいる。
この中で、私が一番強いのだから……
でも、私の魔法が通じる事は無かった。
子供達と一緒に死ねるのなら……
何、弱気な事を私は言ってるの?
私が諦めたら、短い子供達の人生が終わってしまう。
そんな事、考えるなんて私らしくない!
何度、魔法を放っても消されてしまう。
どうしたの?
私、震えてるの?
これは、恐怖だ。
避けられない死の恐怖だ。
えっ、ラビス、何したの?
あなた、どうしちゃったの?
私でさへ、傷をつけられないあの黒竜を殴って倒してしまうなんて
『………バ・ケ・モ・ノ』
メリーナがラビスに向かってそう言った。
バケモノ……私の頭の中でその言葉が、巡る。
意味がわからない。
こんな事、今まで一度も味わった事がない。
何なの、この気持ち。
ラビスが私を見る。
ダメだ。見られてはいけない。
今、私の心を知られるのは、耐えられない。
ラビスには、不思議な能力があるのは知っている。
風魔法を暴発させた事も……
だから、私は、ラビスに魔力操作を教えた。
ラビスが、自分自身や誰かを傷つけて欲しくなかったから……
でも、今、私は、圧倒的な力を見せつけられて、身体の震えが止まらない。
このままじゃ、ダメだ。
このままだと、ラビスは、何処かに行ってしまう。
私は、そう思っていると、遅かったみたい……
ラビスは、黒竜と消えてしまった。
私は、母親、失格だ。
自分の弱さに負けて、息子を失ってしまった。
震える身体を無理やり動かして、ラビスを抱きしめるだけでよかった。
何故、そんな簡単な事が出来なかったの?
元、冒険者の意地があったから……
私より、ラビスが強かったから……
母親なら、喜ぶべきでしょう?
何で私の身体は、動けなかったの?
声も出ないほど、震えてたの?
私は、どうしてラビスを受け入れられなかったの?
私のお腹を痛めた子なのに、ねぇ、どうして?
プライドが高いのは自分でも知っている。
誰にも負けたくないって頑張って生きてきたのだから。
でも、私には、足りないものがたくさんあった。
病弱だったラビスをどう育てていいか、凄く悩んだ。
元気な子だったら良かったのに……
思ってはいけない感情も抱いた事もある。
でも、違う。
私には、ラビスが必要。
ラビス無しでどうやってこれから先、生きていけばいいの?
神様、どうか時間をもどして。
ラビスを抱いてあげたいの。
「大丈夫だよ」って言ってあげたいの
だから、お願い。
私は、死んでもいいからやり直させて……
私は、母親としても人としても失格だ……




