第9章 二人とも、座って食べましょう
病み上がりの月曜日の夕方、仕事を定時で切り上げて帰宅した俺は、台所の冷蔵庫の野菜室を開けて、思わずその場に立ち尽くした。
そこには、緑色のキャベツが二玉分、ぎっしりと鎮座していた。 正確に言えば、丸ごと一玉の立派なキャベツの隣に、ラップで厳重に包まれた半玉のキャベツが二つ、仲良く並んでいる。形状の差異こそあれど、体積の合計は完全にキャベツ二玉分だ。
「……日菜子。これは一体、どういう現象なんだ?」
居間でテレビのリモコンを握っていた日菜子へ声をかけると、娘は冷蔵庫の側面から、マグネットで留めてあった買い物メモの紙をペリッと剥がして見せてきた。
「お父さんが、昨日の仕事帰りに半玉買ったでしょ」 「ああ。病み上がりで消化の良いキャベツのスープを作ろうと思ってな」 「で、霧子さんも昨日の夕方に、お見舞いのお礼はいらないからねって言って、半玉持ってきてくれたの」 「……で、残りの丸ごと一玉は?」 「明美がさっき、特売で安かったからって丸ごと一個抱えてきた」 「……我が家は全員、キャベツという野菜に一体どれほどの奇跡を期待しているんだ?」 「食べれば減る、っていう奇跡じゃない?」
日菜子は至極当然のように言い放ち、パタンと野菜室の引き出しを閉めた。
熱が下がってから三日が経ち、体のダルさや関節の軋みはすっかり抜けて、いつもの日常の調子が完全に戻っていた。 俺が寝込んでいる間に足りなくなった常備菜や調味料を、日菜子と白石母娘の三人がそれぞれ気を利かせて少しずつ買い足してくれた結果、冷蔵庫の中身が妙な過密状態に陥っていたのだ。 普段なら「ありがたいな」と千切りキャベツの山にしてバリバリと消費するところだが、今日に限っては少し事情が違った。
先週の風邪で手厚く看病してくれたお礼に、今夜は白石家の二人を我が家の夕食へ正式に招く約束をしていたのだ。 病み上がりの体力をアピールするためにも、昨夜のうちにスーパーで国産の鶏もも肉を買い、醤油とすりおろし生姜、酒で丁寧に下味をつけてジッパー袋で寝かせてある。これをフライパンで皮目をパリッと焼き上げ、レモンと彩り野菜を添える。さらにコンソメスープも作れば、大人の男としての回復ぶりと感謝を示すには十分すぎるメニューになるはずだった。
「お父さん、またそうやって『頑張る方』に全力疾走してる」 「別に頑張ってなんてないぞ。下味をつけた鶏肉をフライパンで焼くだけだ」 「具沢山のスープも作るって張り切ってたじゃん」 「切った野菜を鍋に放り込んで煮るだけだ」 「昨日、退屈だからってシンクの下から鍋を引っ張り出して、ピカピカに磨いてた人が言っても説得力ゼロだからね」
俺は居心地が悪くなって、シンク下の扉へ目を逸らした。 確かに、誰にも頼まれていないのにスチールウールで底まで顔が映るほど磨き上げたステンレスの大鍋が、誇らしげに収まっている。元気になったことを行動で証明したかったのだから、仕方がない。
夕方六時を少し回った頃、玄関の呼び鈴がピンポーンと小気味よく鳴った。
ドアを開けると、仕事帰りの霧子さんが、両手にスーパーのビニール袋を二つ提げて立っていた。 薄いベージュのサマーニットに濃紺のパンツ姿で、耳元には小さなパールのピアスが揺れている。その隣には、空になった青いフタの四角い保存容器を胸に抱えた明美ちゃんが並んでいた。昨日、日菜子が作り置きのおかずをお裾分けした時のタッパーだ。
「海斗さん、こんばんは。お体の具合はもうすっかりよろしいですか?」 「ええ、おかげさまで完全に平熱に戻りました。今夜は俺が腕によりをかけて夕飯を作りますから、どうぞ上がってください」 「あ、それでしたら……駅前のお魚屋さんで、すごく脂の乗った新鮮な鯖を見かけたので、買ってきてしまったんです。もう塩が振ってあるので、グリルで焼くだけでいいものなんですけれど」
霧子さんが申し訳なさそうに袋の口を少し広げて見せた。 俺たちは、狭い玄関先で買い物袋とタッパーを抱えたまま、数秒間、無言で見つめ合った。
「……実は、冷蔵庫に下味をつけた鶏もも肉が、すでに三人前ほど焼くだけの状態で待機していまして」 「……まあ。じゃあ、お肉とお魚、両方焼きますか?」 「四人で食べるには、少しばかり胃袋への負担が大きいですね」
大人の二人が玄関で立ち往生していると、明美ちゃんが俺たちの脇の隙間からひょいと家の中を覗き込んだ。
「日菜子ー。私たちの事前の作戦会議、まったく間に合わなかった」 「やっぱり?」
廊下の奥から、日菜子がエプロン姿で現れた。 その手には、駅前商店街の有名な精肉惣菜店の、油が少し染みた茶色い紙袋がしっかりと握られていた。
「本日のタイムサービスおすすめ品。揚げたての特製コロッケです!」 「……日菜子。お前、それいつ買ったんだ?」 「さっき、夕方五時半。霧子さんがうちに来る前に、明美と裏でLINEしたの。『うちの親たちは放っておくと絶対に二人とも張り切ってお礼のご馳走を作ろうとするから、先回りして手抜きさせよう』って」
紙袋の口から、ラードで揚げたジャガイモと挽き肉の、たまらなく香ばしい湯気がふわりと漂ってきた。
俺は苦笑いしながら霧子さんの手から重いビニール袋を受け取り、台所の調理台へと運んだ。 鶏肉は明日焼けばいい。鯖も明日か明後日に塩焼きにすればいい。冷凍保存という文明の利器がある。 だが、あの野菜室に山積みになったキャベツだけは、今日こそ全員で責任を持って消費しなければならない。
「よし、分かった。じゃあ、今夜のメインはコロッケにして、キャベツの千切りだけ山盛りに切るか」 「私、キャベツ切りますよ。海斗さんはまだ病み上がりなんですから」
霧子さんがサマーニットの袖をまくり上げ、俺もまな板の上の包丁へ手を伸ばした。 その瞬間、日菜子が二人の間に割って入り、両手を広げて仁王立ちになった。
「はいストップ! 大人二人とも、居間のちゃぶ台に座って食べなさい!」
病院の待合室でフルネームをスピーカーで呼ばれた時のように、俺と霧子さんは揃ってビクリと肩を跳ねさせ、同時に顔を上げた。
「キャベツを切ってお皿に盛るくらい、高校生二人で十分できるから。ね、明美」 「うん。千切りっていうよりは、ちょっと太めの短冊切りになっちゃうかもしれないけど」 「大丈夫、よく噛めばお腹の中で同じ細さになるから」 「日菜子、それ料理を振る舞う側の人間が一番言っちゃいけない説明だよ」
明美ちゃんが笑いながら冷蔵庫から丸ごと一個のキャベツを取り出し、日菜子が包丁を手慣れた様子で構える。 俺と霧子さんは、台所から完全に戦力外通告を言い渡され、居間の六畳間へと追い出されるしかなかった。
いつもなら、夕方のこの時間帯は台所に立ち、フライパンの火加減を見張り、お湯を沸かし、何かしらの家事の段取りを必死にこなしている時間だ。 何もないちゃぶ台を挟んで、二人きりで正座して座る。
向かい側に座った霧子さんも、所在なげに膝の上のサマーニットの裾を撫で、指先を一度動かしては、また膝の上へと戻した。手持ち無沙汰な大人の沈黙が流れる。
「……なんだか、すごく落ち着きませんね」 「ええ。手足をどこに置いていいか分かりません」
俺が本音を漏らすと、彼女も堪えきれなくなったように肩を震わせて笑った。 台所からは、トントン、ザクザクと、少し不揃いなリズムの小気味よい包丁の音と、「明美、お皿出して」「ドレッシング何にする?」という楽しげなヒソヒソ声が届いてくる。
やがて、ちゃぶ台の真ん中に、大皿に山盛りに盛られた茶色いコロッケが運ばれてきた。 日菜子が一人二個ずつの計算で八個買ってきたところへ、精肉店のおじさんが「高校生が二人で買いに来てくれたから」と一個おまけしてくれたのだという。合計九個の巨大なコロッケだ。その周囲を、明美ちゃんが一生懸命に刻んだ、少し太めで瑞々しいキャベツの山がぐるりと取り囲んでいる。
「九個か……どう分ける? 一個を包丁で四等分にするか?」 「お父さん、一個目を口に入れてから二個目の心配をしなさいって」
ちゃぶ台についた後も、俺の仕切りたがりの癖はなかなか抜けない。日菜子に呆れられ、明美ちゃんにクスクスと笑われた。
少し太めのザクザクとしたキャベツに、霧子さんが中濃ソースをとろりと回しかけた。 普段は小さな小皿を選んで控えめに食べる人なのに、今夜は迷うことなく、大皿の中から一番衣の色の濃い、大きなコロッケを自分の取り皿へと運んだ。
「霧子さん、今日はお昼ご飯、足りなかったんですか?」 「足りなかったというか……実は、お昼休みに海斗さんのところへ伺ったあと、午後の仕事が立て込んでしまって、結局お昼を完全に食べ損ねてしまったんです」 「えっ、そうだったんですか? そんなに忙しかったんですか」 「はい。夕方に役員会へ提出する決算報告のExcelの表を、急遽レイアウト修正することになりまして。文字の大きさを一行直したら、表の最後の合計欄だけが、どうしても次の白紙の二ページ目へ押し出されてしまって……」 「ああ……ありますね、それ。オフィスワーカーあるあるですね」
俺が深く頷くと、霧子さんは「そうなんです!」と普段の倍くらいの勢いで身を乗り出してきた。
「下側の余白をミリ単位で削ると、今度はフロアの複合機で印刷した時に、一番下の枠線が綺麗に切れてしまうんです」 「で、行の高さを少しずつ詰めると、今度はセルの中の数字が『###』ってエラー表示になっちゃうんですよね」 「そうなの! 本当になんなんでしょうね、あの一行の頑固さは!」
霧子さんが声を立てて笑い、途中でハッと我に返ったように箸を口元で止めた。白い頬をほんのりと赤く染める。
「……すみません。せっかくの楽しいお夕飯の席で、愚痴みたいな仕事の話ばかりしてしまって」 「何を言ってるんですか。俺もしょっちゅう日菜子相手に愚痴ってますよ。それで、その頑固な一行はどうなったんですか?」 「……結局、表を上下の二つに分割して、別々の小さな枠として収めました」 「なるほど。正面突破を諦めて、搦手から包囲したわけですね」 「完全に自分の負けを認めた気分でしたけれどね」
その悔しそうな言い方が可笑しくて、俺はお腹の底から笑った。 霧子さんもソースのついたコロッケをサクッと頬張りながら、嬉しそうに目を細めた。 笑った彼女の目尻のあたりに、夕方の疲労の色が微かに残っていた。いつもなら、隣人の俺の前では綺麗に取り繕って隠していただろう疲れだ。それを今夜は、こうして見せ合って笑い合えている。そのことが、たまらなく嬉しかった。
「日菜子ちゃん、明美。今日は二人でコロッケを買ってきてくれて、本当に助かりました。すごく美味しいわ」
霧子さんが台所の方を振り返って娘たちに礼を言った。 明美ちゃんは口いっぱいに頬張ったキャベツをごくんと飲み込んでから、照れくさそうに頷いた。
「だって……お母さん、今日の夕方の帰り道、歩くスピードがいつもよりずっと遅かったから」 「……私、そんなに疲れた顔してた?」 「うん。途中で私が昨日のキャベツ二玉の事件の話をしても、全然笑ってくれなかったし」 「あれはね、笑うと冷蔵庫のキャベツがさらに増えるような気がして怖かったのよ」
日菜子が麦茶を吹き出しそうになり、明美ちゃんも「お母さん、そういう変なこと言うんだ」と驚いたように母親の顔を見つめた。
九個目のコロッケは、結局日菜子が台所から包丁を持ってきて、まな板の上できっちり四等分に切り分けた。四人で四角いかけらを分け合って食べ終える頃には、大皿のキャベツの山も見事に消え去っていた。
食後、娘たち二人は「文化祭のポスターの最終仕上げを日菜子の部屋でやる」と言い、食器をサッと重ねて水に浸すと、さっさと奥の部屋へ引き上げてしまった。ドアがパタンと閉まり、中から楽しげな笑い声とカッターナイフの音が漏れ聞こえてくる。
居間のちゃぶ台には、俺と霧子さんの二人だけが残された。 俺が立ち上がって電気ケトルで湯を沸かし、急須にほうじ茶の茶葉を入れて戻ってくると、霧子さんは持参した通勤バッグのファスナーを開け、先週俺が熱を出した日に持ってきてくれた、あの写真エッセイのハードカバーを取り出していた。
「海斗さん。今夜は、この本のお話の続きをしてもよろしいですか?」 「ぜひお願いします。先週は途中で情けなく寝てしまいましたから、今日は最後までちゃんと起きて聞いていますよ」 「ふふ、途中で眠くなったら無理せず寝てくださいね。続きはまた何回でもお話しできますから」
霧子さんがテーブルの上に開いたページには、どこかの古い港町のアーケード商店街の中にある、小さな木造映画館の写真が載っていた。 細く急な階段を上がった先に、ガラス張りの小さなチケット売り場があり、手書きの味のある映画看板が壁に立てかけられている。
「私、高校生の頃……こういう小さな映画館の窓口で、アルバイトをしてみたいって本気で思っていたんです」 「映画館で、ですか?」 「ええ。チケットを一枚ずつもぎって、上映時間になったら重い防音扉をゆっくり閉めて。そして映画が終わると、ロビーに出てくるお客さんたちの顔を、物陰からじっと見るんです」
彼女は写真の劇場のロビーの隅を、細い人差し指でそっとなぞった。
「同じ二時間の映画を観たはずなのに、目を真っ赤にして泣いている人もいれば、何事もなかったような涼しい顔で歩いていく人もいるでしょう。あの、人の心の中の余韻を覗き見るのが、昔からすごく好きだったんです」 「でも霧子さん、自分自身もその映画を中で観たくなっちゃうんじゃないですか?」 「そこなんですよ。そこが、私に一番向いていなかったところなんです」
霧子さんは悪戯が見つかった少女のように、口元を手で隠して笑った。 俺は、彼女の口から語られる高校時代の思い出をもっと聞きたくなった。どんな制服を着て、どんな鞄を持って、雨の日にどんな映画を一人で観ていたのか。問いかければ、彼女は懐かしそうに目を細めながら、ひとつひとつの記憶を丁寧に言葉にして返してくれる。
アパートのお隣さんとして十年間、親しく付き合ってきたはずだった。 けれど俺は、明美ちゃんの母親としての白石さんしか知らなかったのだ。母親という鎧を脱ぎ捨てた、一人の女性としての彼女の過去や、胸の奥にあるささやかな夢の輪郭を、俺は今夜、初めて知ったような気がしていた。
「海斗さんは、映画館の空間のどこが一番好きですか?」
不意に逆に尋ねられ、俺は湯呑みのお茶を見つめながら少し考えた。
「そうですね……本編が始まる直前、場内の照明が一段階落ちて、館内が完全に真っ暗になるところでしょうか」 「映画が始まる前なんですね」 「ええ。あの暗闇が訪れた瞬間だけは、会社の携帯電話も鳴らないし、誰かからの仕事の催促も届かない。これから二時間、自分はただの観客でいていいんだって、荷物を全部床に下ろせる気がするんです」 「……よく分かります」
霧子さんは深く頷き、湯呑みを両手で包み込んだ。
「椅子に座って、膝の上に荷物を置いた時に、やっとここまでたどり着けた、ってホッと息をつけるんですよね」 「そう、まさにそれです」
俺たちは顔を見合わせて笑った。 今夜もまた、娘たちに台所から追い出され、ちゃぶ台の前に座らされたばかりだった。卓上には温かいお茶があり、今すぐに立ち上がって片付けなければならない用事は何ひとつない。霧子さんが本をめくるのを、俺は少しだけ座布団を引き寄せて、その隣で静かに待った。
本のページの間から、一枚の紙切れがハラリと畳の上に落ちた。 市立図書館の貸出期限票だった。霧子さんが拾い上げ、日付を確かめて元のページに挟み直す。
ふと、台所の流し台の横に置いてあった、洗って乾かしてある青いフタの保存容器が目に入った。 先週借りたタッパーだ。今夜の帰り際に、彼女のバッグへ入れて返そうかと思ったが——俺は立ち上がりかけた腰を落ち着け、そのままにしておいた。 これは、うちの台所の道具だ。空っぽのタッパーをそのまま返してしまう必要なんて、どこにもない。
「海斗さん、どうしました?」 「いえ……また空っぽの容器をそのままお返しして、荷物を増やしてしまうところでした」 「ふふ、それでしたら、また中に何か美味しいものを詰めて持ってきてくだされば、返しに来る理由ができますね」
霧子さんはそう言ったあと、自分の言葉の響きにハッとしたように目を瞬かせ、慌てて湯呑みに口をつけた。 俺もまた、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じて、湯呑みのお茶をすすった。何かを貸し借りしなければ会えないような間柄ではないはずなのに、次に顔を合わせるためのささやかな口実を欲しがっていたのは、俺も彼女も、まったく同じだったのだ。
夜の八時半を回り、奥の部屋から娘たちが出てきた。 玄関の三和土で霧子さんがパンプスを履き、ふうと静かに息を吐き出す。今朝、駅前で見かけた時よりも、その表情はずっと柔らかくほぐれていた。
「海斗さん、日菜子ちゃん。今夜はごちそうさまでした。本当に美味しくて、楽しかったです」 「こちらこそ、先週の看病の恩返しにもなりませんでしたけれど、喜んでいただけてよかったです」 「恩返しなんて、もう十分にいただきましたよ」 「じゃあ、今夜のコロッケの分ということで」 「はい、今夜の分として、ありがたく」
俺たちは玄関の灯りの下で、自然と顔を見合わせて微笑み合った。
「ところで……来週の土曜日の地元の夏祭り、みんなで何時頃から出かけましょうか?」
俺が問いかけると、居間の入り口に立っていた日菜子と明美ちゃんが、同時にパッと顔を輝かせた。
「夕方の五時! まだ空が明るいうちに、神社の屋台の写真をいっぱい撮りたい!」 「暗くなって提灯に明かりが灯ってからの風景も、絶対に撮りたいな」
霧子さんが、興奮気味に喋る娘たちの間から、首を傾げて俺を見つめた。
「ふふ、これはずいぶん長い夜になりそうですね」 「ええ。屋台で歩き回る前に、どこかで落ち着いて、座って何か美味しいものでも食べましょう」
先ほど娘に言われた台詞をそのまま返すと、霧子さんは今度こそ、俺の目を真っ直ぐに見つめたまま、声を立てて華やかに笑ってくれた。
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