第3話 8月9日によせて
今日は8月9日なのでね、戦争のお話をしますよ。
おれごんの祖母は1945年のこの日、いつも通りに小倉へ働きに出ていました。もしあの日あそこに原爆が落ちていたなら、わたしは生まれていないのです。
おれごんの祖父は戦争に行きました。無事に帰ってきたのでのちに父が産まれたのですが、無事でなければおれごんはこの世に生を受けることはありませんでした。
よかったのか、悪かったのか、おれごんは産まれるべきだった?
祖父と祖母はお見合い結婚です。そこでドラマ的なエピソードがありましてね。
祖父は終戦当時着るものが少なく、農作業の際にしばらくは軍服も着ていたそうです。それでお見合いの当日、何を思ったかその軍服のまま畏まった席にでた!
戦中ならともかく戦後ですよ? 軍服の評価は天と地が裏返ったあと。
他に着るものがまったく無いではない。しかも何年着たかもわからない、従軍だけでなく農作業にも使って着古しているし汚れているし。
農作業帰りの土がこびりついた、汗は白い粉となったきったない、階級章などとうに取り払った陸軍の軍服姿でお見合いをした。
祖父はのちに言いました、その席で格好を咎められるようであれば縁がなかったものと。
でも、もしこんな人間でもいいと言ってくれるのなら。そう感じてくれる相手とご家族であれば。
祖父ごんと祖母ごんや、アッパレ!
それからなんやかんやあって父ごんが産まれ、なんやかんやあっておれごんが産まれた。
連綿と続いておるのですよ。あの時の行動も、あの時の失敗もここに通じていた。あらゆるなんやかんやは実は未来に通じている。
じゃあ子どものいない家庭はどうなのかと。
結婚していない方は蚊帳の外なのかと。
いえいえ、途切れるなどと仰らないで。あの日、志半ばで倒れた幾万もの命に意味がなかったはずはないのです。
生きていて他人にまったく影響を及ぼさない人は居ません。間接的でも、兄弟や姉妹、イトコの家庭に。あるいは仕事を通じて、消費活動で、地域の営み、極論毎日の食事でも影響を与えないではない。
例えぽつんと一軒家であっても探し出されて、その暮らしをつぶさに放送されちゃう。当然影響は生じる。その影響は確実に未来へと繋がっている。
わずか数行の記録だって読まれて伝わる。たった一枚の写真すら如実に語る。
昨今は災害とか酷暑とか物価高とか、単に生きるだけでも大変ですよね。
でもたぶん戦中や戦後の方が大変だった。祖父母が生きた時代は苦難の連続だった。
だったら大丈夫ですね。あの人たちにできた事なら、当然わたしたちにもできるはず。
わたしたちだってあの時代の人に負けてらんない。
とにかく今日をやり過ごす。その積み重ねが歴史となるのなら、わたしたちで歴史を作ってやるまでです。その歴史ってやつの正体は、実はなんでもない毎日のことなんですよ。
ただ生きて死ぬ。これをやってやろうじゃありませんか!
そうさせてもらえなかった、あの日焼かれた魂のために。あの時代で途絶えた魂たちの代わりに。




