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6話目

「少し実家に帰らせていただきます。」

「いや! お前実家ないやろがい!」


「ちょっと自分を磨くための旅に出たくて。」

「お前はぐーたら過ごすのが至高って嫌になる程ほざいとっただろが!」


「嫁の親に挨拶に行ってきます。」

「お前の言ってる嫁は馬じゃねぇか!」



 姐さんの厳しいツッコミの声が響く。

 俺は姐さんの隣で、またファミリをしばし去ることを決意した家族を思い天を仰ぐ。


「はぁ……」


 俺と姐さんだけになった静かな部屋に姐さんの深い溜息だけが響き、何も言えない俺は口を閉じ続けることできなかった。


 あの日、俺はオッサンの救出に成功した。

 成功したが、果たして助けたことが本当に良かったのか今となっては悩む。


 ――水道から出てすぐ仲間に救援を発してオッサンを運び、オッサンの意識が戻り次第カチコミをかけるべき相手が誰かを聴取することになったのだが、意識を取り戻したオッサンはどこかおかしかった。

 聴取も答えることは答えるが、どこか上の空で、あれだけの仕打ちを受けたというのにカリーナに対して恨み言一つ漏らすことがなかった。いや、それどころかどこか晴れ晴れとした雰囲気すらあったのだ。いつものオッサンであれば回復と同時に真っ先に飛び出し皆を率いて滅茶苦茶やったはず。


 このオッサンの態度の変化に姐さんはクスリの類が影響していない調べた。だが、なにも分かることはなかった。

 結局オッサンの腑抜けた態度に、ヴォステベリ教全部を相手にする程にいきり立っていた皆もどこか萎え、滾った毒気が見事に抜けてしまい、とりあえずオッサンを誘拐した派閥のヤツだけを叩こうというところまで気持ちが治まったのだが、その派閥に繋がりそうな詳細をオッサンに確認しようとした時から歯車が狂い始めた。


「……サウナに行きてぇな。」


 オッサンの何気ない一言。


 気分転換にさっぱりしたいのだろうと思い、仲間の何人かが湖にあるサウナまでオッサンと一緒に行った。なんだかんだ面倒見のよかったオッサンだから世話になったヤツらが、ここぞとばかりに恩返しに動いたのだ。

 俺も多大な恩を受けた立場だが皆の牙が萎えてしまった現状、救出した際にカーリンと話した俺が独自の情報を掴んでいることになり、ヴォステベリ教のどの派閥がオッサンを腑抜けにするきっかけを作ったのがどの派閥なのかを別視点から調べることに忙しかった。

 カーリンがオッサンの命を取られるのを止めたと言っていた、その黒幕は誰か。カーリンはどの派閥に属しているのか。他のファミリについてもどの組織が新麻薬に絡み、ヴォステベリ教とつるんでいたのか。様々なことを調べる必要があり時間が足りな過ぎたからオッサンとサウナに行けなかったが、今思えば本当に幸運だったのだろう。


 なんと……帰ってきた仲間たちはオッサン以外が暗い顔になっていた。

 そして逆にオッサンは晴れ晴れしたように、つやつやと輝いた顔。


 その圧倒的落差に何があったのかを仲間に問うが、みな顔を見合わせるだけで口を噤み、そしていつの間にかそいつらは消えるようにいなくなってしまったのだ。

 急遽、姐さんからの要請で消えた仲間から話を聞く役目を言い渡され行方を追い探したのだが、消えた彼らは自ら足取りをしっかり消したようで捕まえることはできなかった。

 そして俺が探しに出ていた隙に、オッサンがまた誰かしらを捕まえてはサウナに向かったようで、また一人ファミリを去ってしまう。


 ここにきてオッサンが何かしらをしているのは明白だった。だが俺が話を聞こうとするとサウナに連れていかれそうになるのだから性質が悪い。もしついていったら、もうなにか終わる気がする。


 もちろんすぐに姐さんも動いていた。

 俺が去った仲間を追っている間もオッサンをシメて何をしたか吐かせようとしていた。だが相手はオッサンだ。オッサンの言うところの姐さんのワケのわからん薬を飲まされようが見事にとぼけて詳細を聞き取ることはできなかった。そして、その時の態度から再犯を確信した姐さんは俺に斥候としてオッサンの調査を命じることになり、そして調査を命じられた俺は恐ろしい物を見ることになってしまった。




 サウナは裸だ。



 俺たちは仲間の裸は見慣れている。

 戦いで一息つけば川で体を洗ったついでに服も洗ったりするし、その時は全員素っ裸になるしかない。

 酒が入れば脱ぐやつもいる。そこにいる女のノリが良ければ大体のヤツは脱ぐ。

 サウナは風呂程手間もかからずに入れてスッキリできるし仲間同士の交流を深める手段としてもよく使われていた。



 そんな憩いのサウナで恐ろしい事が行われていたのだ。



 オッサンはサウナには普通に入っていた。

 いや……最初から少しおかしい部分があった。


 熱でだらんと垂れるはずの一物が天を指していたのだ。

 指し続けていたのだ。


 同室にいる者は最初は笑った。

 「なぜおったつ」と笑った。 

 オッサンも笑った。


 だが、いつまでも天を指す一物は、席を共にする仲間に不安の影を落とすことになる。


 そう。

 『掘られるのではないか』

 その不安が頭を過ぎるからだ。


 傭兵団に男色がいることはある。だが俺たちの仲間内では誰もいなかった。美少年なら……まぁ、というヤツはいたが異端認定されていた。

 戦い、生きて帰って、女を抱く。それを生きがいにしている者ばかりで男色家はむしろ嫌われている方だったのだ。オッサンもその筆頭だったはずだった。


 ……だった。


 オッサンは牙をむいたのだ。

 いや、一物を隠し、ケツを向けたのだ。 


 オッサンは強い。


 暴風のように暴れる男だ。

 その筋力は俺たちの傭兵団の中で一番強い。


 つまり……俺はカーリンのしていた光景を再確認させられることになったのだ。


 俺は犠牲となってしまった仲間を偲びながら姐さんに全てを報告した。

 悔しそうに姐さんは机を殴りつけた。そして少し考え、生き残っている仲間達に情報をこっそりと伝えることを決めたのだ。

 オッサンとサウナに行けば「掘らされてしまうぞ」と。


 その結果がこれだ――



「腹の調子がどうにも……ちょっとしばらく休暇を取って様子を……」

「あぁ、わかったわかった。」


「おふくろの体調が……」

「おまえ何人目のおふくろだよ。」


 姐さんの諦めを含んだ声。



 オッサンに襲われるのが怖い。

 もちろんそれもあるだろうが、あのオッサンをここまで変えてしまった教会も怖いと感じてしまったのだ。


 戦い散る。それが運命ならば、それに従う男たちだ。

 だが、それは男として生きたいという願望でもある。

 オッサンのように生き様を、拠り所の意義を歪められてしまった影響は、俺達には大き過ぎた。

 皆、気持ちを整理する時間が必要になったのだ。


 最初に消えた人間以外は完全に離れるというのではなく、落ち着くまで離れるという雰囲気なのが、まだ救いがある。


 でも人手は減っていき、そのしわ寄せは誰が負うかといえば、それは姐さんだった。


「あぁ、もう限界だ! あのジークのバカのせいで一家離散の危機じゃないか! このままじゃファミリとして機能不全を起こしちまう!」

「そりゃそうッスけど……でもどうしたらいいんすか姐さん。なんかもうどうしたらいいかわかんねぇッスよ。」

「…………」


 顎に手を当てて考える姐さん。


 ギリっと奥歯をならす姐さん


 机に突っ伏す姐さん。



 短時間でその様子を多彩に変えながら考える姐さんの姿が、なんとんも痛ましい。

 でも俺には何も知恵はないから姐さんに頼る以外にはない。


「へ……へへっ、いっそジークをふんじばって洗脳でもするかな……」


 ゾワっと粟立ちそうな口調。

 冗談っぽく言っているが半分本気だ。きっと頭の中でどんな薬を飲ませて……とか段取りを考えているに違いない。


「いや、誰が捕まえられるんスかアレを。」

「……アル?」

「ムリッスわ。」

「だよねぇ……」


 脱力し深いため息を吐き出す姐さん。


「……いっそどっかから専用の竿役として男色家連れてくるかなぁ。」

「俺にはツテがねぇです。」

「あたしゃもねぇよう。」


 ボリボリと頭を掻く姐さん。


「あ~! もういっそのこと男娼館にでもおしこめとこうか!」

「いやまぁ自分から行ってくれりゃあ、まだなんとかなりそうッスけど……でもオッサン、なんか好んでウチの団員から手つけてません?」

「みんな鍛え上げた身体してるもんなぁ。」

「まぁ、そうなってないと死んでますし。」


「ん?ちょっと待てよ? ……自分から行く? って言った?」


 姐さんが突然、真面目な顔で言葉を反芻し、突っ伏していた身体を起こしたので、俺はとりあえず言ったか言ってないかを思い返すことなく頷く。

 またて考え始める姐さん。


「……みんなが嫌がらなくて……ジークも幸せ……いけるのか? いやいやいや………いや? イケるのか? あれ? いけるんじゃね?」


 姐さんの独り言が確信に近づくような雰囲気を発し始めた。

 俺はただ黙って姐さんの考えがまとまるのを待つことしかできない。

 姐さんの頭の中はぶっ飛んでて常人には計り知れないからだ。


「えぇい考えても仕方ない! もう詰みかけてるんだ! 女は度胸だ! なぁアル!」

「へいっ!」


 同意を求められたので、とりあえずでかい声で同意しておく。すると俺の同意に一つ大きく頷いた姐さんは、すぐに外に出て行った。

 そしてこの日、オッサンは「ちょっと出てくるわ!」と楽し気な顔で一言残し、旅に出た。


 束の間の平穏がファミリに訪れたのだった――


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