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5話目

 天と地を逆さに窓を覗き込んだ俺の目に飛び込んできたのは


「そうれそれそれっ!」

「おあひゅひはーっ!」


 猿ぐつわをされ裸でM字開脚で固定するように縛られたまま宙に吊られ、ぐらぐらと揺れるオッサンの姿だった。


 オッサンがあまりに変わり果てた姿で晒されていることで、俺の頭の線が2、3本切れたのが分かった。だが怒りで目の前が染まったことで返って頭のどこかが冷静になってゆく。いつだって冷静さを失ったヤツは死ぬ。俺がこれまでに学び努力した成果が発揮されているのだ。


 そして顔を出した冷静さにより沸騰した怒りも境界を通り越してゆく。おかげでオッサン以外の情報も頭に入り始めた。つまり今まで視界には入っていたのに見てなかったということだ。


 まず大事なことだがオッサン意外にも人が居る。

 オッサンのM字開脚吊りを横で調整している裸の男が二人、そして「それそれそれぇっ!」と威勢よく掛け声を上げながらオッサンの後ろでオッサンを腰の力で揺らすことに励んでいる誰かしら。


 悲しい事に俺にはその誰かしらに心当たりがあった。

 というよりもこの歌声のように聞こえる澄んだ美しい声の持ち主を一人しか知らない。


「カーリン……なんてむごいことを……」


 変わってしまったかつての天使にやりきれない思いを抱えながらも、とにかく情報を集める。


 オッサンの意識はあるだろうが、このまま解放されたとしても、おおよそ朦朧として状態から直ぐに回復はできず満足に動くことはできないだろう。


 オッサンが動けて自分でロープを伝って降りてもらえたら救出も楽だったんだが、それが難しいとなると、どうしたものか。筋肉の塊であるオッサンを担いで運ぶのは俺にはキツイ。事前に考えておいた策のどれが可能か判断する為に部屋の中を見回すとオッサンを吊ってビクともしていない金具が目に入った。


 あの金具を支点として利用すれば何とかなるかもしれない。

 ロープの片方にオッサンを縛り、支点を挟んで逆側のロープに俺がつかまる。その形で真ん中をあの金具に引っ掛けて使えば体重差でオッサンの方が落ちることになるだろうが、俺が壁に足をつけて踏ん張ればなんとか調整しながら降りることができるだろう。途中でオッサンをつかんでうまく壁を蹴れれば塀も越えられる可能性がある。

 最悪失敗しても地面には辿り着けるし、地面に降りれれば治療院の方までオッサンを担いで運び、そのまま一般人にまぎれて脱出する方法もできるかもしれない。


 よし。とりあえずの脱出の筋は見えた。


 俺は腹を決めると同時に窓の横に移動し、逆さまだった世界を通常に戻す。

 スリングショットで先制したいところだが、あいにくロープで身体を支えながらだと腕が足りない。であれば方法は一つ。


 窓の横の壁を、少し横に力を加えながら大きく蹴ると身体が完全に壁から離れ、身体が宙を舞う。

 空中浮遊の時間は短く、やがて振り子の先端と化した俺のブーツがオッサンの居る部屋の窓を派手な音と共に蹴破った。


「まぁっ!?」


 突然の破壊音にカーリンの驚いた声が聞こえる。

 ガラスが飛び散る中、豪快に部屋に突入した俺は予想以上に固かったガラスで死んだ勢いと、そして崩れたバランスの両方を取り戻す為に着地と同時に前回り受身を取り、1回転した足が床についた瞬間に前に蹴りだし裸の男に向かう。もちろんベルトの後ろにくくり付けた愛用のダガーを逆手で抜いてだ。


「ちっ!」


 普通であれば完全に『取った』タイミングだった。だが男は両手で張った鎖で俺のダガーを止めていた。


 あの油断していたであろう一瞬の隙をついたというのに、この対応。

 この男、相当できる。


「あぁクソ。ただの変態じゃねぇのかよ。できる変態とか、ついてねぇ。」


 漏れる言葉は本心も本心だ。

 ただの慌てる変態2人であれば秒殺できるものと思っていた。


 だがどうだ。悲鳴らしくもないが驚きの声を上げたのはカーリンだけ。男達に至っては、もう既に手の空いていた男が獲物を手にし、俺が反撃をよけて距離をとった隙に鎖で防いだ男に投げ渡してまでいる。コイツら2人揃って相当な手練れだ。


「だが裸はまずいよなぁ。急所が丸出しだぞ。」


 すぐにスリングショットを取り出し、いきり立っている一物に狙いを定め放つ。

 この至近距離で小さな弾を躱せるやつなどそうはいない。

 

「まぁまぁまぁ、いけませんわアンデルス様。そんな物騒なものを振り回して。」


 放ったはずの弾が少しずれ男の腿を撃つ。撃たれた男が鈍い声を上げたが、急所に当たったわけではない。少し動きが鈍くなる程度しか効果はないだろう。

 俺が避ける方向への狙いを少し外す理由になったのは、あまりに場違いな暢気な声で俺の名前を呼んだ声が気になったからだ。

 この状況にあって未だ揺れる乳房の原因になっている動きを止めずにいるくせに、どうやってそんな声が出せるのか。


「まさか俺が分かるとか……しかも名前も覚えているとはね……」

「えぇ。私、人を覚えるのは得意ですから、よく覚えていますとも。もうかなり昔になりますが、貴方は、いつも情欲と劣情に染まった眼差しを向けてくれていらっしゃいましたから、その目元がとても印象に残っていたのです。お元気でしたか?」

「いやぁ当時は若かったもんでね。すまんな。生憎元気ではあるが気分は最悪だね。

 それと人と話す時くらい、その目障りな動きをやめてもらえないか……な!」


 スリングショットを引きカーリンに向けて放つ。

 だがキィンと高い音が響くだけ。

 男が剣で弾をはじいて防いだのだ。


 自分を狙っていない弾ですら弾いて見せるとは、この手練れ、俺の仲間みたいなことしやがるな。腹立たしい。


「あぁ、素晴らしいことです。」


 カーリンが騒動などに目もくれずに恍惚に染まった声を上げながら腰を一層激しく振り始める。


「アンデルス様が嫌がっていらっしゃる。あぁ、私には『嫌がることを進んでやる』という教えがやはり真理なのだと改めて感じずには居られませんわ!」


 激しく動くカーリンにオッサンの反応も激しくなっている。


 さぁ、いよいよまずい。

 派手に窓を破ったからにはそろそろ教会の警備が援軍に動き始めてもおかしくない。そして俺は救出に手間取っている。というか手詰まりを感じつつある。


「あぁ最悪だな。つーかそれ解釈違ってんじゃないか?」

「あらあら興味がございますか? アンデルス様。」


 カーリンの動きが止まった。


「人の嫌がることを進んでやるってのは、人が避けたいと思うようなことを思いやりの気持ちからやってやるってことだろう? 今のあんたがやってるのは人が嫌だと感じることを、わざわざほじくって突いて面白がって楽しんでるだけだ。思いやりと加虐は違うだろうが。」


 カーリンの動きを止めるように適当に相槌を打つ。

 不思議なことにカーリンと話していると対峙している手練れ達も動こうとしない。


「なんとも寂しいお考えなのですねアンデルス様……僭越ながら私が学んだことを教えて差し上げても。」


 腰につけている取りだしたばかりの湯気が上がる太い張形の先端を俺に向けるカーリン。

 俺のしかむ表情や回答を聞くまでもなく手を組みながら夢見る少女のような表情で口を開く。


「私も当初はアンデルス様のように考えておりました……ですが、この帝都で、教えに従事し続けて私は気づいたのです。

 私よりも尊い方々が、いつも私が嫌がることをなされるのは……尊敬される立場の方々が皆、一様に私が嫌がることを差し向けてくるのは、きっとなにか理由があるのだと! そう私は考えました。

 そして至ったのです。私が『嫌がる』こと。これは何を嫌がるのかを確認させているのだと。嫌がるということはどういうことか。

 そう。嫌がるということは『恐れ』があるのです。これは私の奥底に眠る忌むべき感情を探る機会なのだと知ることができました。汚辱や恥辱に塗れていると感じた日々は、それに気づかせてくださる為の試練だったのです。」


「はぁ、ご立派なことで。」


 恍惚とした表情でカーリンは語る。悪いがさっぱり分からない。

 そして手練れ達は動かないだけで一切の気を抜いてはいない。

 打開策も思いつかずカーリンを無視することもできず、俺にできるのは適当に返答する事だけ。


「このジークフリート様は、そんな尊き方のお一人が連れてこられました。そして何やら命を取られるようなお話をされていたのです。ですが未熟な私はまだ『死』は忌避と考える節があり、そこまでの悟りは開けておりません。

 ですので、その方に献身的にお願いし私なりにジークフリート様の説教を試みる時間をいただきました。私のように深く知っていただく為に。」

「それが説教? だと?」


「えぇ。ジークフリート様は教義に反する団体の幹部とのことでしたので教義の素晴らしさ。恐れを超えることの素晴らしさをお伝えし、私たちに協力いただけるように教育しようと思っているのです。」

「ジジイどもの相手をしすぎて、とうとう頭がおかしくなったか。可哀想に……」

「私から見れば可哀想なのはアンデルス様なんですよ。」


 慈愛に満ちた眼差しを向けてくるカーリン。

 なんとおぞましい笑顔だろうか。


「はんっ! それじゃあ俺が今一番、嫌がる事が『オッサンを連れてここから脱出できることだ』とでも言えば、お前はその為に尽くすとでも言うのか?」

「…………」


 カーリンは口を噤み俺をじっと見た。

 次の瞬間、パァっと顔が明るくなる。


「えぇ! えぇっ! もちろんですともアンデルス様! さぁさぁ貴方たち! ジークフリート様を解放して差し上げて。あぁ、それとアンデルス様。こちらが緊急脱出口です。」


 男たちがオッサンを下ろしはじめカーリンが置物をずらすと、ぽっかりと暗闇が口を開けた。


「……は?」


 俺は口を開けることしかできない。

 ただの嫌みだった。


「こちらの脱出口は滑るように作られておりますので、一気に移動できますよ!」


 嬉しそうにカーリンが言葉を続ける。

 この女が俺の言葉が嫌みであることが分からないはずがない。


 どう考えても罠が待っているはずだ。


 そのはずだ。



 だよね?




 急に動き出した場に、正解が分からず混乱し始める。

 間の悪いことに廊下から警備が集まってきているような音が聞こえ始め、いよいよもって頭がどこかへ行きそうだ。


「さぁさぁ! あなたたち! 警備の方が来てしまいます! さぁまずはジークフリート様を脱出させてあげるのです!」


 あの手練れがオッサンを脱出口に、丁寧に足から放り込んだ。


「あっ、ちょっ!?」

「あーーー…………」


 オッサンの、なんとか漏れたらしき声がどんどんと小さくなってゆく。声の変わりようから相当な速さで移動しているっぽいことが分かる。


「さぁ、アンデルス様もどうぞ。」


 カーリンがニッコリと微笑みながら両手で穴を指し示している。

 オッサンを放り込んだ二人は完全に守りを固めているから、もう攻撃もしようもない。


 ここにいても詰んでいる。

 だが、罠に飛び込むのも詰む。

 どっちも詰んでいるなら、とりあえずオッサンを追うのが正しいだろう!


「ちっ! クソがっ!」


 俺は穴に頭から飛び込んだ。


「うぉっ! うぉぉおっ!?」


 壁に油が塗られているのかつるつると滑る壁、そして真下に伸びる穴。ただの落下だ。


 明るい部屋から真っ暗な穴に飛び込んだせいで視界が悪い。そして壁が滑らか過ぎて踏ん張ろうにも踏ん張れない。ナイフを取り出しブレーキをかけるか悩むが、朦朧としていたオッサンはもう既に大分先に行っている。もし俺がナイフを落とせばオッサンの急所に刺さる可能性だってあるから使えない。


 どこに罠が仕掛けられているかわからないが仕掛けられていない可能性だってある。行きついた先で処刑人や水が待っている可能性だってあるし距離が離れる方がまずいかもしれない。


 考えていても仕方ない。

 もう飛び込んでしまっているのだから。


「えぇいままよっ! うぉぁああああっ! うわぁああっ!」


 最低限のガードを固め、ただ落ちる。脱出口は色々な部屋と繋がっているのか、時々妙に空いている場所がある気がしたが、やがて壁に角度がつき始め、緩やかに体に当たり、重力からあたるのが壁から床と感じられるようになってきた。十分に油が塗られているのかよく滑る。いつしか完全に重力に対して横になったと感じるようになったが、落下の勢いは活きており、そのまま滑る勢いに変換され相当なスピードになっている。


「うわあぁああっ!?」


 次に感じたのは冷たさ。水だった。だが臭くない水。湖のように清涼とも言えないが下水ではない水だ。そして体が漬かりきるほどの量もない。そんな水に突っ込んだことで、すぐに勢いが殺されていく。水によって完全に勢いがなくなると同時に水の底に手をつき顔を上げる。

 水底まで肘にも満たない深さだ。だが、気を失っているオッサンに水はまずい。意識がない時に顔が水に沈めば致命的だ。


「くそっ!」


 すぐにオッサンを探す。


 俺よりも体重が重いせいだろう。少し先に仰向けでいた。ほぼ沈んでいるが腹だけ微妙に浮いている。

 じゃばじゃばと重くまとわりつく水を鳴らしながら駆け寄りすぐに腕を引っ張って顔を水から引き上げる。


 オッサンの状態を確認できる場所がないか見回すと、外の光が差し込んでいて、今居る場所が水路であることが分かった。水路の脇には小さな歩道があり、そこにオッサンを寝かせる。


「おいっ! オッサン! しっかりしろっ!」

「……うぅっ。」


 顔をはたきながら声をかけると反応があった。

 良かった。生きてる。


 オッサンの無事を確認し、今おかれた状況を確認する為に、手早く外の光を探ってみる。すると、そこから聞こえてくる音に、ここが水道であることに気が付いた。


 もしかすると本当に脱出できるかもしれない――





 ――逃がしてよろしかったので?」

「えぇ。もちろんです。」


 脱出口を塞ぎ、やってきた警備の者たちに簡単な説明をして下がらせた後の部屋。一段落ついた気分からか裸の男がカーリンに声をかけた。


「ふふっ。御安心なさい。既に目的は達せられたのです。」

「なんと。」


 カーリンの不敵な笑みに裸の男の一部がピクンと反応する。


「某にはどう達成したのか、ちとわかりかねますな。」

「うふふ。そうですね。あなたたちにはどうしてこのような対応をしたのか知らせておく必要がありますね。欲しがり屋さんですこと。」


 裸の男達の一部がピクンと反応する。


「例えばジークフリートさんやアンデルスさんが、ここで命を散らした……となれば彼らの仲間はどうすると思います?」

「元が戦いに生きる傭兵ですからね……散ろうが戦いにくるでしょうね。」

「某に振るわれた剣。斥候であの練度はなかなか侮れないものがありましたな。」


「そうです。戦いに生きるからこそ戦って散る。死ぬと分かっていても戦いに来るでしょう。ですがこれでは彼らにとって本望となってしまいます。これではいけません。嫌がるどころか進んでそうあろうと望むことを叶えることになるのですから。

 それに私には彼らが本当に嫌がることがわかるのです。」


「彼らの嫌がること……ですか。」

「えぇ。彼らは仲間が家族のような存在と考えています。そして家族こそが居場所なのだと考えています。

 そんな人たちが嫌がることと言えば『家族に家族を壊される』こと。でしょう?」


 裸の男達の一部がカーリンの言葉にいきり立つ。


「ここで私のやるべきことは終わりました。さぁ。まだまだ私を待つ方々がいらっしゃいますから休む暇はありませんよっ!」

「「 ぶひぃ! 」」


 カーリンは颯爽と豚を2匹つれて歩き出すのだった。






※カーリンさんがどんな格好でオッサンに対して一体どんな動きで何をしていたか察したとしても、それはきっと拷問です。拷問描写だから問題ない。



……はず。


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