4話目
昼間には上を脱ぎたくなる程に温かい帝都だが、まだ夜は冷える。
身体が冷えることがないよう懐の温石をそっと腿に移動させ、じっと時が来るのを待つ。
身体が冷えるのはとにかく避けたいことだ。普段できることができなくなるのは死活問題に直結する。
跳ぶべき時に跳べない、掴むべき時に掴めない、伸ばすべき時に伸びない。一度動き出せばそういう不具合は起き難いが、動き始めはそうなることも多いし、それに息を殺している時間が長ければ長いほど、その時間に比例するようにそうなる事が多い。
それを避けるには冷やさないのが一番良い。適度に身体を温めておけば、いつだって思うように身体は動いてくれる。
腿に当てていた温石を腰に回し固定して物陰から移動し、再度教会に遠眼鏡を伸ばす。
「はっ。流石にはえぇや。」
教会の入り口から治療院に続く道に、これまでなかった篝火が焚かれ治療院の賑やかさを増している。
今もまた一人、怪我人が怪我人に肩を貸しながらやってきた。
目的のヴォステベリ教の教会には学校と治療院が併設されている、俺達の襲撃に備えて警戒を強めていても誰かが怪我をして『助けてくれ』とやってくれば無視することができない。それが人を助けるヴォステベリ教だ。門前で助けを請う大勢の人間を無視したとなれば、教義に反することになるんだから仕方がない。さぁ、どんどん助けろ。
俺は仲間達に『気に食わないってヤツをこの治療院送りにしろ。それがオッサン救出の手助けになる』ってメッセージを届けてもらったわけだ。
もちろん届けてくれた女の報酬が俺のツケで残る。無事に帰ったら大銀の1枚をくれてやらなきゃならないってことだ。もしツケを無視しようものなら、この地域一帯の女が誰も協力してくれなくなるからな……いや協力しないだけならまだ良い方だから恐ろしい。
温石をへそ辺りに移しながら行動に移すべき頃合を計る。
教会全体が大分賑やかになり、治療院に部外者が多くなってきているから行こうと思えば行けるだろう。だが、まだ聊か警備の壁が厚い。オッサンを探すだけなら行けるだろうが、今オッサンがどんな状態になっているのかは分からない。見つけたオッサンが動ける状態なら行っても問題ないが、動けない状態だとすれば逃走中にオッサンが殺される可能性が否めない。
相手の人数も全容も掴めていない部分が多いし、どこまで行っても『賭け』の状態には変わりないが、まだ分が悪過ぎる。
さてどうするか……覚悟を決めて、伸るか反るか……
最後の情報確認にと遠眼鏡を伸ばす。
「ははっ!」
思わず笑い声が漏れた。
これが笑わずにいられようか。
治療院の入り口にぞろぞろと団体がやってきたのだ。それも深手を負ってるヤツがチラホラいる。
「アルドヴィファミリの連中が来やがった!」
いくつかの顔に見知った顔があり直ぐに分かった。俺達のシマの隣の隣の隣の地区を仕切る連中だ。
姐さんがシマを決めて以降、俺達はシマの内側に目を向けているし、勢力範囲を伸ばそうともしてない。なんせまるで団員……構成員を増やしてないんだからな。数に限りがあるからカバーできない所まで手を伸ばす気が無いだけだ。
だがそんな俺達を見て安心したのか、それともいくつか別のファミリの地区を間に挟んでいるからか妙に強気のヤツらがいたが、それがアルドヴィファミリだった。
『気に食わないってヤツをこの治療院送りにしろ。それがオッサン救出の手助けになる』って伝言ひとつで、ここまで離れた地区のやつが来てるってことは、この短時間で襲撃し『襲撃をやめて欲しけりゃこの治療院を使え』って脅したんだろうな。
ほんと俺の仲間はみんなアホだ。そして最高だ。
「堅気じゃないヤツラが集団で治療院にやってくりゃあ……そうなるよねえ。」
俺達が紛れ込んでいる可能性があると見たのか警備の人間が治療院に集まり始めている。怪我人の振りをして暴れる作戦とでも踏んだのだろう。だが他の怪我人の目もあるから、どう動くか検討してるって感じだ。多分姐さんあたりが考えてくれたに違いない。最高の助力だ。これなら行ける。
一気に動き始めた事態を見て心が決まった。
両手を屋根につけたまま軽く肩を回す。手首、足首を軽く回し異常がないことを確認して温石でそっと一度首筋を撫でてから最後に首を右、左に捻るとコキリと小さく音が鳴った。
首の関節が鳴り、目が覚めたような感覚と共に勢いよく一つだけ口から息を吐く。そして次からの息を極限まで潜めながら屋根の上を動き始める。
最初の一歩を踏み出しても屋根瓦がピクリとも音を立てない。調子は上々。
そのまま一気に足を進め端まで移動し隣の屋根へと飛び移る。着地で流石に多少の音がしたが勘の良いヤツが「鼠か猫か?」と思う程度の音だろう。
どんどん加速しながら屋根から屋根へと移動し続け、やがて教会の外壁とそこそこ近い屋根の上に辿りつく。
もっと屋根と外壁の距離が近い場所はあるが、そんなところは見つかりやすい進入経路の代表だ。当然狙い済ました監視の目もあるはず。
だが俺の今居る場所からは常人は飛び移れるとは思わないだろう。
「でも俺ってば、コレくらいならイケちゃうんだよなぁ。」
屋根から頭の中で模擬したイメージの通りに身体を動かし一気に跳ぶと、次の瞬間には塀の上に足をつけている俺がいた。
そして跳んだ勢いを殺すことなく塀の中に飛び込み直ぐに息を潜めスリングショットを構える。
だが犬の姿はない。
スリングショットを仕舞いながら、以前登った壁の癖を探し直ぐに右腕を伸ばして掴む。
掴むと同時地面を思い切り蹴って掴んだ壁を胸元に引き寄せ、その間に左腕を次の癖に伸ばし、さっきまで右手で掴んでいた引っ掛かりに今度は足をかけ、また上へと蹴る。
3回似たような動作を繰り返すだけで俺の手は3階の窓にかかった。
窓から顔を覗かせパっと人影が無いのを確認し、窓の引っかかりを足場に、さらに上へと上り続ける。
まだ窓を割って入るには早い。まずは上まで登ってオッサンがどこに居るか情報を探るのが先だ。
部屋を探るにはどうすればいいかはカーリンの先例があるから準備も万端。
目的は煙突だ。
もちろん煙突から入るわけじゃあない。そんなことをすれば死んでしまう。
早々に煙突に辿り着き、フック付きロープを手早く煙突に掛けてピンと張ると外れることは無いだろう強度が感じられる。たわむ事が無いよう気をつけながら屋根を歩き、そしてそのまま壁も歩く。
まずはそのままカーリンの痴態を見た特別室らしき部屋を逆さに覗き込んで確認する。
1つ目の部屋は真っ暗だったが、でかいベッドに人の気配があった。だが両脇に小柄な人間を抱えた寝方なんぞ誘拐された人間の寝方じゃあない。はずれだ。
2つ目の部屋は無人。
3つ目の部屋は女と子供しか居なかった。
4つ目の部屋は男しか居なかったがオッサンの姿は無い。
「ちっ。」
つい口から、そこかしこで嫌なものを見たという気持ちが音になって漏れるが、直ぐに気を取り直して別の部屋を確認する。
「……なっ!?」
そこにオッサンの姿があった。
見るも無残な姿で。




