7話目
オッサンが居なくなってからというもの、ファミリに平和が訪れた。
ただ、助けた仲間が災厄となってしまっていたことはファミリに大きな爪痕を残していた。
仲間が無事だった喜びと変わってしまった悲しみ。そして助けたはずの仲間によって失われることになった家族たち。
誰も口には出さなかったが助けた事が正しかったのかどうかという迷いが、皆に生まれているのは明白だった。
「あ~……なんだ。私達にとって辛いことがあった。とても辛いことだ。」
姐さんが残った者達に向けて静かに語り始める。
「だが問題は解決する。これは私を信じて欲しい。
ジークのやつがケ……いや、エフン! なんだ。アナ……えーと、エフン。なんだ。まぁ、あれだ。犯されるのが好きという性癖になってしまったが、そもそもこうなってしまった原因はどこにある?
そんなことは分かりきってるよな。ヴォステベリ教。ここに全てが詰まっている。」
再度明確になる敵の姿。
俺たちの迷っていた心が怒りの方向へと足先を変え動き出す。
そう。元を正せばあいつらが悪いのだ。
「だがしかし……ヴォステベリ教はでかい。でかすぎる。
今の私たちが全滅覚悟で争おうとも掠り傷を付けるだけで終わってしまうだろう。どうだ? お前たちはそれで満足できるか?」
殺せ。死なばもろとも。そんな声がそこかしこで上がる。
俺たちの性分からして与える傷が掠り傷程度で満足できるはずもない。与えるのならば致命傷。喉元に、命に至る傷でなければならないのだ。
「あぁ、わかるとも。そうさ。満足などできようはずもない。
さて、となれば私たちが取るべき道は一つしかなくなる。強大な組織に対して大きく傷をつけることができる存在とは何か? それが何かなんてのは最初から決まっている。『別の巨大な組織』だけだ。」
姐さんの言葉に、しんと鎮まり空気が重くなる。
だが姐さんの声は、そんな空気の中で低く、暗く、そしてなにより強く響き始める。
「私たちは自分たちの幸せの為だけに動いていた……この帝都の凪いだ水面の心地よいこと。その揺らぎに身を任せ、いつの間にか和み、そして身の丈に合わない適度な幸せを求めてしまっていた。
それが間違いだった。」
衆目を一身に集める姐さんの口角が醜く歪む。
「私たちがあるべきは荒れ狂い全てを飲み込むような濁流の世界。何よりも赤黒く汚い血の色の世界。
殺し、貪り、その中で生き残った者だけが勝者となる世界。私たちがあるべき世界は、変わらずそこだったんだ。いや違うな。そこにこそあったのさ!」
姐さんの言葉を無言で聞いている男たちの体温が上がっていくのが分かる。
そうだ。この帝都はぬるま湯もいいところ。そして俺たちはそこでふやけてしまっていたんだ。
だからこんなことになっている。
「この帝都にも元々の私たちが、ちょっとは居心地がよさそうな世界があるじゃないか。裏社会と呼ばれる世界がな。だが、まだまだ温い。ここは一つ。私たちがもっと居心地がよくなるように、薪をくべて煮込んでやろうじゃないか!
だが、ジークがいない今、その風波の高さは尋常じゃないよ? 下劣と言われようが、下等と蔑まれようが、下衆と誹られようが。手段を選ばずに、なんでもしなきゃあならなくなるだろう。」
構うもんか。謗りは誉め言葉だ。勝てば英雄よ。そんな声がそこかしこから上がる。
そうだ。結局いつだってどこでだって勝者はもてはやされるし、敗者は死んで小便をかけられるだけのこと。俺たちの中で、そこに至るまでの過程を気にするやつなんているはずも無い。
「いいねぇ。いい声だよ!
それじゃあ決まりだ。あんた達! この帝都の裏社会の頂上を取りに行くよ!」
勝鬨にも聞こえるような決起の雄叫びが響き渡る。
帝都の小さな部屋。その一室から鳴った男たちの叫び声は、大きな波紋となり帝都という水面を揺らし始めたのだった――
――俺達は本格的に裏社会を牛耳る為に、本来の牙を剥き出しにして行動を始めた。
オッサンという大きな戦力がない為に、騙し、闇討ち、恫喝、脅迫、奇襲等々なんでもござれ。
姐さんが計略を巡らせ、時には搦め手を使いファミリ同士を敵対させて相打ちさせたり吸収して使い捨てたり、見所のある人間は、そのまま舎弟として吸収したりと、小さく小さく、だが、少しずつ確実に俺たちは階段を登り始める。
姐さんの描く設計図は俺たちにはわからない。
だが一つだけ言えるのは、俺たちは姐さんを信じているし、姐さんもまた俺たちを信じている。
俺たちは駒となり姐さんの思う通りに盤上を駆ければ良いだけ。単純な話だ。
もちろん戦いに身を投じる日々が続けば、その内に仲間が死ぬこともある。
だがそれは俺たちにとって本懐を遂げたに等しいこと。
死は万人に平等だ。逝くのが少し早かっただけの事でしかない。
悲しいことは悲しいが俺たちはその屍を超えて先に進む事が何よりの供養なのだ――
――クソっ!」
そして俺も、その屍になる時が近づいているのかもしれない。
下手を踏んだ。
右腕が焼けるように熱い。上腕をかなり深く切られてしまった。
幸いな事に太い血管までは達して無いが、だが押さえた程度では流れる血が止まらない。流れる血は跡を残す。
焼いて出血を止めようにも火のある場所でもない。
更に悪い事に屋内からの逃げ場になりそうな通路から、不意を突かれたせいで中途半端になった俺の仕事を見つけたのだろう。警戒色の強い声を上げる集団の声が聞こえてくる。
右手の力がいつものように入らず、左手を駆使して脱出できそうな道もない。
「これは……詰んだか。」
となれば利き腕じゃない左手で集団と戦うしかないが、声の雰囲気からして5人以上はいそうだ。この状態で果たして無事に切り抜けられるだろうか。
そんなもの答えは分かりきっている。
無理だ。
警戒していないのならば切りつけて混乱している内に脱兎のごとく逃げれば何とかなる可能性もあっただろう。
だが警戒している上にこの腕となれば簡単に殺されることになるはずだ。
「よし。じゃあ……とりあえずやることは一つだな。」
俺は唯一の逃げ場になりそうな通路、連中がやって来るであろう通路に発破を仕掛ける。
斥候という性格上、こそこそひっそりしている性分と思われがちだが……俺はオッサンと行動を共にしすぎたせいで派手好きなんだ。
「どうせ最後を飾るんなら、いっちょド派手に行こうじゃないか。なぁオッサン。」
俺は導火線にファイアスターターで火をつけ、できるだけ身を隠した――
――う……」
ぼんやりと歪む世界。
滲んでくる痛み。
腕だけじゃない痛みをどんどんと知覚し、その痛みの激しさがじわじわと増し始める。
指に力を籠めるが反応が鈍い。
あぁ、腕も足も、頭も腹も背中も、そこら中が痛い。
気を失っていたんだろうが、どれくらい気を失っていた?
ここは敵対しているファミリの建物の中だったはずで、居る場所は敵の真っただ中だったはずだ。
痛みを堪えながら情報を探るとガヤガヤと人の声が聞こえる。
その声は混乱に満ち満ちていた。
あぁ、そうか。俺は発破を使って爆破したんだった。
そうか。だから痛いのか。
流石姐さんの作った発破。
威力が並みじゃねえや。
あれなら、近くにいたやつらは二目と見れねぇだろうな。
でも……強すぎだよ姐さん。くっそいてぇ。
少しずつ動き始める指。
動く左手、動かない左足。
「……折れてね?」
動いた首を起こし自分の足を見ると、どうにもおかしな方向に向いていて、それを見た瞬間に、ひやりと肝が冷える。
そしてやってくる新たな痛み。
「あぁあぁっ!!」
声が漏れた。
漏れてしまった。
ガヤガヤと聞こえていたのは敵の声のはずだ。
「あーークッソォ! …………一思いに殺してくれっといいなぁ……まぁ、無理な話か。」
諦めの失笑を漏らす。
だが、どうであれ俺の死に様で、きっと仲間たちが苛烈に怒ってくれることだろう。それが何よりの救いになる。
俺は目を閉じ、覚悟を決めて聞こえてくる声に耳を澄ませる。
うあぁあ、ひぃぃ、
どうにも聞こえてくる声の様子がおかしい気がする。
まだ爆破して間もなかったのだろうか。
少し眉をしかめながら痛みから逃れるように耳を澄ます。
ガゴン、ガゴン
わぁ、ぎゃああ
どこぞで聞いたことのある破壊音のリズム。
耳によく馴染んだテンポだ。
「はっ……なんかオッサンみてぇな音だな。」
救いを求める心が幻聴を聞かせたのだろう。
そういえば旅に出たオッサンは、今何をしているんだろうか。
なんだかんだあったが、俺はオッサンに恩がある。
カーリンによって狂わされてしまったが……それでも尊敬も、憧れもしていた。
どうか願わくば、俺の分まで幸せになって欲しい。
それと、先に逝くのを許してくれ。
すまなかった。オッサン……
「おっ? なんかこの辺が怪しくね? 爆心地?
てーかなんだ? おいおい、崩れてて向こう行きにくいじゃねーかよ面倒くせぇ。」
気が付けばガヤガヤとした声は消え、ガタガタと物を動かすような音。
そして場に合わないような高い声が聞こえた気がした。
「あ~、めんどくせぇな。こんな面倒なのは、ぶっ壊していいよな! オラァ!」
ドゴン、ドゴンと崩れた壁をぶん殴るような音。
そして差し込んでくる光。
どこかで見たような記憶がある光景だ。
「おう、ガキ。まだ生きてたか。
って、お前ボロボロじゃねぇか。結構やべぇな。」
聞き馴染みのあるイントネーション。
そして親しんだ雰囲気。
懐かしい響きと行動。
「………………オッサン……なのか?」
だが声が高過ぎる。
頭では憧れのオッサンだと感じているのに何かが違う。
「おうよ! ジークフリート改め、ジー子ちゃんよ!」
ぼやける視界の中、俺に微笑んでいたのはオッサンの面影のかけらも無い、どこかカーリンを思わせるような若い女だった。
だが俺を抱き起こし抱えた女の醸し出す安心感はオッサンのそれだった。
俺は安心感の中、意識を失った――
--*--*--
「ほっほっほ。カーリンや。よくやってくれましたね。」
「身に余るお言葉です。ボーイェン大司教様。」
修道服のカーリンが床に膝を着いて頭を垂れる。
その姿にニコニコと満面の笑みを浮かべる初老の男。身に纏っている服からもカーリンよりも随分と位が高いだろうことが分かる。
「そなたの情報のおかげでオットー大司教は当分……いや、私が枢機卿になるまでは浮き上がってくることもできないでしょうねぇ……ほっほっほ。」
「オットー大司教は随分とお金に執着されておられましたので、そこを調べさせていただきました。」
頭を上げることなく言葉を続けるカーリン。
ボーイェン大司教という名の初老の男は未だ薄ら笑いを止めることができていない。
「ほっほっほ……よもや、あの人身売買商会に親類縁者が多数居るとは……金で大司教の地位を買うなど世も末よ。」
「まったくでございます。」
「ほっほっほ、さて、カーリンには褒美をやらねばなぁ。まぁまずは私に奉仕することを許そう。」
「ありがたき幸せ。」
カーリンは顔を上げボーイェン大司教に静かに近づき、大司教の厚い衣を捲くり顔を沈める。
静かな時が流れた。
「……試練の時を有難うございました。」
「いや、なに。かまわんとも。」
うすら笑いも完全に止まり、スッキリとした顔になったボーイェン大司教が、ほうと息を吐く。
「一つよろしいですか?」
「許そう。なにかね?」
「オットー大司教の嫌がること。それは、お金を失うこと。大司教の地位も更にお金を巻き上げるための仕組みづくりの為の冠に過ぎませんでした。ですので今、最も嫌がることはお金を作り出すための仕組みに必要な立場を失い、そしてお金作りの為に繋がっていた縁を切ることこそが、最もオットー大司教が嫌がることと考えました。これで間違いはなかったでしょうか?」
「うむうむ。間違いないの。」
「ですが、まだオットー大司教は貯めこんだお金があります。これも失うべきでは?」
「ほっほっほ、そこは任せておきなさい。」
「いかようになさるのかお伺いしても?」
「そろそろ親類縁者の商会には収支調査に税務調査があることでしょう。あなたのもたらした情報と合致する帳簿が出てくれば、全ておしまいですよ。怪しい金を全て喜捨する以外に助かる道は無いでしょう。」
「なるほど。それではオットー大司教については、もう終わりですね。」
「えぇえぇ。よく働いてくれました。カーリン。」
スっと静かに立ち上がるカーリン。
座っているボーイェン大司教を優しく見下ろす。
「どうかしたのかね?」
「それでは次はボーイェン大司教様。あなた様に試練の時を贈らせていただきますね。」
「……………は?」
「ボーイェン大司教様。あなた様の最も嫌がることは『権力を失うこと』。立場への拘り、自己顕示欲の強さ。それはもう分かり易うございました。」
「何を言っているのです? カーリン。」
戸惑うボーイェン大司教。
「人の嫌がることを進んでやる……いえ。喜んで行うべし。あなた様の説いてくださったヴォステベリ教の真理でございます。何度も私に教え込んでくださいました。感謝しております。嫌がることの裏には欲望が隠れている。様々な自分勝手が隠れています。その自分勝手な欲望は悪である。まったく持ってその通りでございます。
ただ残念なことに私はあなた様にも大きな欲望を感じてしまっておりましたので、僭越ながら試練の時を準備させていただきました。」
カーリンのいつも通りの言葉遣い、いつも通りの雰囲気ながらも、どこか得体の知れない空気を感じ取り、ボーイェン大司教の目が泳ぐ。
「首都大司教様と枢機卿様に、あなた様のこれまでひた隠しにされておられた全てをご報告させていただきました。」
「首都大司教? 枢機卿? はっ? えっ?」
「証拠も添えてお伝えしたところ大変お怒りの模様で、明日、沙汰が伝えられることかと存じます。おそらく辺境の奉仕者まで位を落とされることでしょう。」
ニッコリと微笑むカーリン。
「良かったですね! こんな小娘にすら顎で使われる……いえ、それどころか私の従者にすら頭を下げなきゃいけないし顎で使われる立場です!」
大司教は言葉が分からないんか、ただ空虚な顔をすることしかできない。
「ちなみに大司教様の立場には私が入ることになるようです。これからも『人の嫌がることを進んでやる』の真理を胸に、一層励んでまいりますね。それではごきげんよう。」
カーリンはゆっくりと一礼して、その場を離れてゆく。
この日、ヴォステベリ教の派閥が二つ静かに消えたのだった――
--*--*--
胸の苦しさを感じ目を覚ます。
目を開いて飛び込んできたのは、ファミリの治療室の天井だった。
身体中が痛いが、首を起こして見まわしてみると、ベッドの上のような気がする。
「……生きて……る? のか?」
夢うつつに変な幻を見たような気がして現実感が無い。
だが、感じる怪我の痛みから俺が発破で爆破したことは現実だったのだと知ることができる。
だが、いったいどうやって帰ってきた? オッサンに助けられたような……いや、あれはオッサンだったのか? いや、女だったような? ん? 幻? いや、だとしたら、なぜココに?
ぐるぐると回り始めた頭と目に耐え切れず首を倒し一息つく。
あれ?
なにか触られているような違和感がある。なんだ。
圧倒的な違和感を感じ、なんとか掛け布団をめくる。
すると俺の目に飛び込んできたのは、添え木がされた足と、そして足の間に手を伸ばしているカーリンに似た女の姿だった。
その女とばっちりと目が合う。
「ようガキンチョ! 大丈夫そうだな! よし! サウナいこうぜっ!」
「…………おっさん? なのか?」
「おうよ! だからジー子ちゃんだっつったろーが!」
理解が追いつかず、頭がグルグルと回る。
どうやらオッサンが、女になってしまったらしい。
いや、女て。
え?
俺の憧れのオッサンが、女。
なんだこのカオス。
「サウナー♪ サウナー♪」
混乱の極みの俺を、ひょいひょいと抱えるオッサン。
いや、女? なんでこんなパワフル? いや、え?
でもお姫様だっこされてあたる胸の感触が完全に女だ。これ。いや、誰だこれ。
「サウナー♪ サウナー♪ ……うぇっへへへっ。」
じゅるり と舌なめずりをする女。
その目は獲物を狙う獣の目だった。
「ちょっ! はーなーせー!」
身の危険を感じ暴れる。
だが、がっちりと掴まれた手は固い。
――俺は、死なずにすんだ。
だが、なにやら、これからとんでもない日常が始まるようだ。
プロローグかな? って感じになりましたが、とりあえず書けて満足です!
変なタイトルにも関わらず読んでくれて有難うございました!




