024 誰だこの人
「ふぅ....。疲れたぁ....」
ゴミやら食べ残しやらが散らかっていた、凄まじいほど酷い惨状だった部屋の一室。それを小一時間ほどかけて片付け、その間、私と菜目草さんは一言も声を発さずに黙々とやり続けた。
単純に時間が遅かったから早く終わらせたい。みたいな気持ちもあったけど、菜目草さんの顔を見るだけで、さっきの出来事が脳内にフラッシュバックしてきて、掃除にまったく集中できない。
菜目草さんも菜目草さんで、チラチラと一瞬目が合う度。顔を桜色に染めて、わたわたと口を動かし、誰がどう見ても恥ずかしがっていると分かる表情を私に見せてくる。
最後には何事もなかったかのようにふるまって、顔を背ける。
ぶっちゃけた話、見ているこっちの方が恥ずかしくなってくる。
流れに乗っちゃった私も私だけど、実際やってきたのは菜目草さんの方。やられたほうよりやったほうが照れたら、私の方がいけないことをしている気分になってくる。
そんなことを考えていると、またさっきの出来事を思い出しそうになる。落ち着くために部屋を見渡すと、着実に部屋が清潔さ溢れるそれへと変貌を遂げているのが分かる。
私自身。そこまで掃除が得意ではなく、この店で働く前まではむしろ部屋を汚くすることに長けていたと言ってもいいぐらい。一方で菜目草さんは整理整頓が得意で、少なくとも五日に一回は部屋を掃除しているらしいのだが、掃除自体はそこまで好きではないみたい。
なにやら昔、掃除をしていなかったせいで大切なものをなくしかけた?とかなにやら。それ以降はきちんと整理整頓し、掃除をまめにしているらしい。
なんとなく美人な人は部屋が綺麗で、可愛い人は部屋が汚そうなイメージがあったけど、この場合どっちなんだろう?菜目草さんは確かに綺麗だけど、かわいらしい一面も兼ね備えているし...って、話が違う方向に逸れてる。
このままだとなにも起こせず、変な空気のまま菜目草さんと別れることになってしまう。
問題は起きた日に片付けないと、あとあと最初の比にならないぐらい大きくなっちゃうかもしれないし。
....うぅ~。やっぱりいいアイディアなんて、そうそう下りてくるわけ.....。
「つ、栗花楽....ちゃん.......」
「....へ!?あ、はい!!な、なんでしゅか菜目草さん?!」
い、痛いし恥ずかしいぃ....。まさか菜目草さんの方から話しかけられると思わなくて、びっくりして思いっきり舌を、だいたいお肉を食べるのと同じ力で噛んじゃったから、とてつもなく痛い...。
「.....」
「な、なめくささん?」
「....」
「あ、あのー?なめくささーん?」
どういうことだろう。私に話しかけてくれたと思ったら、今度は震えながら下を向いてしまった。
状況がいまいち掴めない私からすると、なにがなんだが訳もわからず、ハテナマークだけを浮かべている。
やがて、菜目草さんは震えた体を両手で抱き、身をよじらせてくる。顔をうまい具合に隠され、どんな表情をしているのか。見ることが叶わない。
ど、どうしよう。慌てた方がいいかな?それとも話しかけた方がいいかな?はたまたこのまま震えが止まるまで、黙って待った方がいいのか。
わからない。ぜんっぜんわからない。
いま菜目草さんが何を思っているのか。なんで震えているのか。なぜ急に黙ってしまったのか。
持病を患っていたとか、そんな思い理由じゃ.....ないよね?
「.............................ふふ..」
....ん?
あれ、ちょっと待って。
........笑って..る?
「.....」
あいかわらず震えてる菜目草さん....。
あれ?
もしかしてこれ。
ただ私が噛んだのを、笑っていて。
それを悟られないよう、こらえていて。
.....ぅえ?
「....あの、菜目草さーー」
「ーーあっはははははは!!いやいやいやいやいや!!はじめて聞いたよなんでしゅかって!!あははははははははは!!」
大笑い。
いままで一緒に働いてきて、一度も聞いたことがない音量で、菜目草さんは笑う。
口を大きく開けて、腹の底から私が噛んだことを笑っている。
馬鹿にしているとかそういうのじゃない。本当にただ、面白くて笑ってるだけ。
その光景が私には不気味に映る。
というか怖い。
思わず、「誰だこの人」って呟いちゃっし。
なんかこう...目の前にいるのは菜目草さんだけど、菜目草さんじゃなくて。
心霊番組とかで見た取り憑かれた人を見ているようで。
菜目草さんはこの一瞬で、さしずめ人が変わったかのように、その姿を豹変させる。
思わずさっき呟いたことを、もう一度復唱する。
「....誰だこの人」
「あははははーーん?あー、そっかそっか。これはなめくささん?とやらの体なんだから、分かるわけないっかー。説明不足説明不足。いやー失敗したー」
...本当に誰なんだろう。
碧葉ちゃんの一件のおかげか、目の前にいるのが菜目草さんなのに、菜目草さんじゃなくてもあまり驚かない。耐性というべきか、慣れというべきか。
そしてなにやらどうやら菜目草さんではないことは確定らしい。
私の予想(?)は奇跡的にも的中していて、だとしても取り憑かれているにしては、陽気な気がする。
そしてこの口調...。どこか最近で聞いたことがあるような...ないような...?
「えー、ごほん。んん..。
私はマティネス。まぁ、一応人でいうところの神様の...妹?になるかなぁ。親戚でもいいんだけど。
いまは訳あって、このなめくささんとやらの体を貸してもらってるけど、安心していいよ。安全は保証するから。
いろいろ疑問とかあるだろうけど、数分間の間。ちょっと私の話に付き合ってくれる?」
「.......あー、えっと。お茶でもいります?」
人は自分の考えることよりも、遥かに上の事態に陥るとどうやら思考停止をするらしいということを。
実際に自らが体験しながら、身をもって知った。
そのまま見終わって帰られる方。少し待ってください。
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