021 怒ったら怖い人って、だいたいギャップとかでそう感じるんだと思う。
『~~~~~!!!!』
がやがやと賑わう店内。
「三番ナポリタン一人前、七番餃子二人前ととんこつラーメンが二人前ねー!」
「了解しましたー!」
行き交うお客さんと、私達従業員。
「...あ、上がった...よ?」
「了解」
運び出される無数の種類の料理たち。
「ほい、ほい、ほいっと」
「ちょ、梓ぁ!!もうちょいキチンと置け!食器が割れる!」
「えー?なんすかてんちょー?そんなところからじゃ聞こえませんよー?」
慌ただしくもそれぞれがそれぞれの仕事の役割を果たし、合計人数(店長抜いて)五人しかいないのにも関わらず、お店の中は回っている。止まることなく、一個の間違えもないまま、繰り広げられるその様子は、端から見れば、狂気しか感じないだろう。
ちなみにレジ担当は店長であり、いま一時的に預かってもらっている碧葉ちゃんを膝の上にのせながら、座って打っている。
普通は怒るところなのだが、碧葉ちゃんの癒されオーラが強すぎるせいで、誰も何も言わないまま、まったくと言っていいほど問題なく進んでいく。むしろ、碧葉ちゃんを見よう触ろうと、会計しないのにくるお客さんたちもいる。
しかし、だからといって完全に問題がないわけでもない。
「ねぇねぇそこの可愛い店員さん、俺たちと一緒に飲まねぇ?仕事なんて放っておいてさ。ね?絶対そっちのほうが楽しいよ?ほらほら」
「えーと。すいません、仕事が忙しいので」
「じゃあさじゃあさ。仕事が終わってからでもいいからさ」
「すいません。そういうのもお断りさせて頂いてます」
「えーノリ悪くない?ほら、ちょっと。ちょっとだけだから。メールアドレス交換するだけでいいからさ」
こんな風にしつこく聞いてきたりする人もいる。
まぁ、ほら。菜目草さんは厨房にいるから無理だし、雨倉さんはどちらかと言うと、同性のお客さんから話しかけられることの方が多いから、こういう場合はだいたい私で、だいたい体目当て。正直な話、こういうのはもううんざり。
今回で何度目?二桁...いや下手したら、もう三桁だよ?
口コミで囁かれていたりするのかなぁ?ていうか、話しかけてきたりする人たちみんな絶対に、私の胸目当てだから、気持ち悪くて仕方ない。
私は断れないというより、断るのが苦手なタイプだから、こうやって無心になって、淡々と答えないと、なぁなぁでメールアドレスやらなにやらステップが進みそうで怖い。
「すいません、本当に無理なので」
「えー?いいじゃん、さ!ほら、こっち来なよ!奢るから!何飲む?ビール?あ、ひょっとしていきなりは無理だったりする?ジュースでも全然問題ないからさ!」
こうやって無理矢理連れていこうとする人も中にはいる。でも、そういう人達が現れると、私以上にキレる方がレジの方から一人。背後に鬼神のようなものを従え、碧葉ちゃんをおんぶしながらこちらに歩いてきた。
「お客様ぁ?まことに申し訳ありません。いまは仕事中なので、止めていただけませんか?」
「は?あんただれ?つーか、おばさんに興味はないからあっちいってよ。しっしっ」
「...」
手で払いのけるようにして店長をどこかへ追いやろうとする男性のお客様。そして、いまこの時を持って、お客様改め犠牲者となった人。
「...ー」
「あぁ?なに?聞こえないんですけど?」
周りは明らかにこの状況に気付いてるんだろうけど、気にせず食事などを楽しんでいる。
理由としては、単純に巻き込まれたくなくて、意識しとかないようにするため。もう一つは、このお店の常連客なら、このあとの展開が読めているから。
私ももちろん知っている。
「なにもないならもういい?この店員さんと楽しいことするつもりだかーー」
「ーーウチの店員に手を出すなっていってんのが分からんのかぁこのボケがぁ!!!!」
「ぐふぇ!?」
「わー...」
店長から繰り出されたパンチが男の人へと、吸い込まれるようにして当たる。
ものすごい勢いで殴られたため、避けることも出来ずに無防備なその顔を店長に貫かんとばかりの気迫で殴られる。一瞬にして顔が歪んでいき、そのまま宙へ。
一メートルほど後ろまで飛ばされ、床に顔面から着地。ごろごろとまた一メートルほど転がっていき、ちょうど出口間近で停止。あれ狙ってやってるんだとしたら、もう店長ボクサーやっちゃえばいいのに。この店の経営よりも、そっちの方が稼げるのでは?
言わないけど。絶対に言わないけど。
「うぼっ...!!がぶっ..!!い、いべぇ!!びば!びばべべぶ!!」
なんて?
「お、おい!!おばえ..!!おべばぎゃくだぞ!!ごんなごとじでいいのが!!」
「...客?」
「ひっーー...そ、そそそうだ!!おべはぎゃくだ!!そんな態度しででいいどでぼ、おぼっでいるのが!!」
店長の睨みに一瞬だけその男性は怯む。が、すぐに強気な態度に戻って、店長を責めてくる。
いや、責めるっていうか、本来ならこっちが正論で、責められるべきは店長にある。でも、今回に至っては店長の方が正しい。殴るのはやり過ぎだとは思うけど。
「...なぁ、お前。名前も分からないお前。お前は客というものを知ってて、そんなことを言ってるのか?」
「お、おべを、ばかにすぶのぼだいがいにしぼ!!」
醜く歪んだその顔で店長にそういい放つ男性。
その男性の迫力に押されて、少しだけ怖がる..碧葉ちゃん。
店長は一切動じない。碧葉ちゃんだけが、少し、少しだけ、怖がる。たったそれだけ。...でも。
「......」
碧葉ちゃんを、困らすようなことを、するのは、ちょっと、許せない、かなぁ。
「バカに?ハッ!!お前なんてバカにする価値もーーつゆり?」
「すいません店長。ちょっと待ってもらってもらってもいいですか」
「べ、別にいいが...一体何をする気だ?」
怪訝そうに聞いてくる店長。
ま、それもそうだよね。いつもだったら、本来の私はここで黙って見ているだけだから。
でも、今回だけは..。
「なにって...悪いことをした子には、お仕置きしないと、ダメ...ですよね?」
「お、お仕置き?い、一体全体どうした?いつものつゆりらし、く...」
お母さんが、悪いことをした子供に叱って、躾けるように。
いまこの人は、とっても『悪いこと』をした。それなら、もちろん、叱って、躾けないといけない。でも、叱っても聞かないで、駄々をこねるのであれば....。
お仕置き、して躾けるしか...ないよね?
「ば、ばんだ!!いっばいだにを...あ、あぁざっぎのびぼが!!だ、だすげでぐれ..」
「助ける?なにをですか?」
「お、おべをだよ!!ば、ばのむがら、ばずげ」
もしかして、まだ視界がはっきりしてないのかな?
だからいまこうして目の前にいるのが、さっき自分でナンパした人だと気付かずに助けを求めているのかな?
「ふふっ....すっごく面白いことを言いますね」
「はっ...?おぼじぼい...?」
背中が底冷えしたように、すーっと冷たくて、それでいて胸の真ん中が、とてつもなく熱い。私の体はどうしてしまったのだろう。風邪でも引いたのかな?
...まぁ、そんなことはない。流石の私でもこの感じは分かる。理解できる。
私、怒ってるんだ。
ほんの少し、ほんの少しだけだけど、確かに怒っているんだ。目の前のこの人に。
見た目は小学生っぽいけど、根本的な中身は赤ちゃんとほとんど変わらない。こちらの世界に来てから、泣くことは一切なく、笑顔で私を包んでくれた。
不思議なぐらい親しみやすくて、すぐに仲良くなれた碧葉ちゃん。
そんな碧葉を、怖がらした。
いつもは出てこない、裏の私が、チラリと覗いて、少しだけ、体を出してくる。暗い、暗い。真っ暗な私が。
そんな感覚が、した。
「だってそうじゃないですか?自分のやったことは棚にあげ、人にばっかり。お前が、お前が、お前が、お前が...人のせい、誰かのせい、みんなのせい」
「な、おば..」
何か喋ろうとしてるけど、知らない。
私ならまだしも、この店に迷惑をかけて、他のお客さんにも迷惑をかけて、店長に悪口を言って、さらには碧葉ちゃんを怖がらせた。そんな人の話なんて、聞くにも値しない。
「それなのに助けて?ふふっ...なぜでしょう。今は笑いを取る時間じゃないですよ?」
ゆっくり、目を合わせながら、しゃがみこむ。
「ふざけてる場合じゃないのに...。店長の叱りには耳を傾けず、それどころか悪口ばっかで、店長のせい。....話は変わりますけど、親が子供を育てるとき。いまみたいな状況になったら、どうすると思います?」
「ぼ、ぼうする、って....」
「何度言っても聞かず、謝りの言葉すら言わす、それどころか 駄々をこねた子供は、あなたなら、どうしますか?」
「お、俺は...」
ようやく痛みに慣れたのか、まともに喋れてきている様子。
これでやっと、まともな話し合い...ができる。
「簡単、ですよね?」
「.....」
カタカタと、壊れた機械のように動き出す男性。私を見ながら、じりじりと後ろ...出口へと後退していく。
よほど逃げ出したいのか、荷物なんて目にもくれず、ただ私に恐怖がつまった目で見つめてくる。
「お仕置き...ですよね?」
「ーーひいぃぃぃぃぃ!!!!」
「わっ」
「すいませんすいませんすいません!!!!!!もう二度と来ません!!お金も払います!!土下座もします!!だから許してください!!」
そう言って、私が何かを言うよりも早くに、その男性は私の目の前で土下座をし始めた。
その間も体は、真冬で気温の低さに凍えたような、さっきのカタカタとは比較にならないほど、細かく揺れていた。
そんなに私...怖いかなぁ?
...でもまぁ。とりあえず、本当に反省してるっぽいから、後のことは店長に任せちゃおう。そしてついでに、碧葉ちゃんも貰っておこう。そうしよう。
「ですって店長」
「いや、ですってって...」
「後は任せていいですか?」
「別に構わないが...。...はぁ....やっぱり。お前は怒らしたら危険だな」
「むっ...それはなんか、酷くないですか、店長」
ふーひょーひがいってやつですよー。
「酷いもなにも...まぁいいか。こいつは任せておいていい。持ち場に戻っておけ」
「オッケーです」
「それじゃ...おとなしく、ついてこい」
「は、はい......」
ずるずると引き摺られるようにして店へと出ていく男性。店長はそのまま外へといき、おそらく交番かどこかに連れていくのだろう。
男性の友人と思しき人達は、一部始終をポカンと見つめた後に、急いで荷物を持って、会計を済ませにいく。店長はいないので、臨時で私が。
こうして、何事もなかったかのように、時間にして約十分の...喧嘩?いや、クレーマー対応?みたいなのが終わった。
平和が一番。あと、碧葉ちゃんの笑顔も一番。




