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聖女になります! 1

乙女ゲーム「助けてッ!聖女サマ」とは、大手乙女ゲームブランドから発売されたファンタジー恋愛シミュレーションゲームである。攻略対象は4人。革命軍の弟分で明るい青年テオドール、革命軍の副隊長でスパダリ枠のジール、革命軍のミステリアスお兄さん枠シュウ、そしてラスボス枠で300年の時を生きるジークフリート。ユーザーは「聖女クリスタ」としてこの世界に召喚され、「聖女の光」という肉体の傷や病を全て治す、チートヒール能力を持っている、という設定である。そんな能力を持っているので、革命軍に保護されたあともラスボス、ジークフリートはクリスタを手に入れようと奇襲をしかけ、「わたし、どうなっちゃうの〜!?」みたいな作品だ。王道、言ってしまえばシンプルな乙女ゲーム、しかし工藤千歳はそれはそれはハマった。各キャラのルートに入るとそれぞれが重く甘い愛を見せてくれる。戦場とのギャップで華のないJKライフを送っていた千歳はクラクラだったのである。


 そう、そんなオタクライフを彩った乙女ゲームのキャラクターが千歳を抱き抱え『聖女』か問うた。どこからどう見ても、攻略対象スパダリ枠のジールさんである。


「とにかく、落ち着いたようなら安全な所へ行こう。繰り返すが、俺たちは決して君を害さない。約束する。歩けるか?」


 声もジールさんだ。しかも優しい。耳も心も幸せ。

 千歳は一周まわってぼんやりしながら「へぇ」とか「はぁ」とか頷いた。地面に下ろされると、地に足が着いて、やっぱり自分は生きているのだと感じた。さすがに今の状況に心当たりがない訳では無い。伊達にオタクとして生きていないのだ、見当はつく。これが死後の夢であるとすればあまりに感覚も描写もリアルだ。というかもう「アレ」としか考えられないレベルで、工藤千歳は確信に近いものをもっていたが、それはあまりに突飛で、あまりに現実離れしている。まだ明晰夢なら良かったとすら思った。


 近くのテントに案内される。傷の治った革命軍の戦士たちが数人、じろじろと千歳を見ていた。ジールは椅子を千歳に進め肩には毛布を巻いてくれた。やはりスパダリ枠なだけある、かっこいい。千歳はまだぼんやりと現実逃避をしていた。


「まず、君は我々が保護させてもらう。理由は、ここが戦場だからだ。一般人が混ざっていては怪我どころではすまないかもしれないからな。」

 

 向かいに椅子を起き座りながら、ジールはタバコに火をつけた。煙がふわふわあがっていく。それはそれは格好が良かった。先程抱き抱えられた時にも一瞬鼻腔をくすぐったタバコの匂い。タバコの先がチリチリと燃えるのを見て、千歳は「本当に、ジールさんが生きてる」と思った。

 

「そして、ここからが本題だ。君は伝説の『聖女』なのか?」

 

 周囲の視線がぎゅっと強くなる。千歳はどこかモジモジした気持ちになりながら、それは目の前にスパダリおじさんがいるからでもあるのだが、小さな声で答えた。


 

「た、たぶん?」

「なんだそれは、分からないのか?」

「いや、なんというか、状況的にもさっきの光的にも、私が聖女ってことで合ってると、思います。ただ、私が聖女だって、私も今さっき知ったという感じで...」

「...。」

 


 ジールは顎を触りながら沈黙する。物凄く絵になっていた。名探偵みたいだったしスチルみたいだったので千歳は目に焼きつけることにした。悲しいかなオタクなので。

 テントから少し離れた戦場ではまだ戦いが続いているのか、時折轟音が響く。誰かの叫び声が響いていたが、千歳はそれらに意識を向けることはなかった。何故なら今自分の身に起こっていることの整理に忙しかったのだ。


 

「聖女様!!!」

 

 突然テントに赤毛の青年が転がりこんできた。ハアハア息を切らして、顔は血なのか泥なのかところどころ黒く汚れている。千歳は今度こそ大きな声をあげそうになった。どこからどう見てもテオドールだ!!声も顔もテオドールだ!!かわいい!!

「聖女様なんだよね!ありがとう!!聖女様のお陰で怪我が治ったんだ!!おれ、テオドール!よろしく!!」


 すごく元気である。全部の語尾に「!」がついているしブンブン振られたしっぽの幻影が見える。テオドールは千歳の手を両手で握るとぶんぶん振りながら握手してきた。

 

「テオ、まだ話してる途中だ。手を離してやれ、困ってるだろ。それに、まだ聖女だと決まったわけじゃない。」

「あ、ごめんなさい。でも、君が空から降ってきた時の光を浴びたら、みんなの傷も治ったんだ!!君はきっと聖女様だよ!!」

「アァ...眩しい...」


 ペカペカの笑顔を真っ直ぐに向けるテオドールに、千歳は目が潰れそうになった。どういう状況か徐々に理解してきた、と言うよりは理解せざるを得ない状況に置かれていた。攻略対象が2人も登場している。そして既に千歳は聖女の光によって、テオドールを救っているらしい。これは「助けてッ!聖女サマ」の展開通りだ。ユーザーが召喚されると同時に能力が発動し、テオドールの命を救う。認めるしかないのかもしれない、この摩訶不思議な現実を。千歳は自分の手のひらを見つめ、握ったり開いたりして、顔を上げた。

 

 

「あの、私、多分聖女です!ここではない世界で1度死んだと思ったら空で光ってました。正直今はまだ実感がないけど、みんなを救う立派な聖女になれるように頑張ります!!」

 


 大好きな乙女ゲームの世界にヒロインとして転移して、しかも人を救える能力を持っている。それが事実なのだから、千歳は真っ直ぐに前を向いて宣言した。治安のいい日本で生きていたから血を見るのが怖い、だからこそみんなを救うのだと、それが自分の使命だと思った。テオドールが嬉しそうに拍手している。拍手はテント内のほかの戦士達にも広がり、そして、

 

「聖女様、バンザイ!!」

「聖女様がいるからもう大丈夫だ!!」

 

 という歓喜の叫びに変わっていった。ジールはしょうがないなァという表情で、彼らを見つめる。


「私の名前はクリスタ、聖女です!」


 千歳は宣言した。今日からこの「助けてッ!聖女サマ」の世界で、クリスタとして生きていくと決めた瞬間だった。



 歓喜に沸く革命軍のテントから遠く、ジークフリートは小高い位置の豪奢なテントの中で顔を歪ませていた。待ちわびた聖女は、今は革命軍に取られた。ああなってしまえば恐らく、心変わりがさせるのに苦労するだろう。だが、所詮は平和な異世界から来た争いを知らない小娘だ、革命軍を皆殺しにしてしまえば心も折れる。いずれ我がものにすればいい。そう思いを巡らせながら、口の右端を釣り上がらせて笑った。その時の聖女の絶望した顔は美しいだろうと思った。

 

「全軍、撤退せよ。」

「し、しかし!聖女がヤツらの手に!」

「良い。いずれ我々のためにその力を使ってもらう。焦ることは無い。」

「は!!」


 ジークフリートは部下に指示を出すと、椅子から立ち上がり眼下の戦場を眺めた。胸に手を当て、鼓動を認識する。己の魂を認識する。


「救えるものなら救ってみろ、聖女よ」




クリスタはテントの中から、波の様に敵軍が引いていくのを見ていた。恐らく、その先にいるのはジークフリートだ。空から光とともに召喚されたあの時、「聖女を捕らえろ」と叫び、真っ直ぐこちらを見つめていたのは、ジークフリートだった。攻略対象は全員攻略しているので、ジークフリートの背景も知っている。この世界を支配するものとして君臨しながら、300年生きてなお孤独が埋まらない不死のキャラクター。いつかこの先の未来で、ジークフリートとも邂逅するのだろう。聖女として、彼を救おうと静かに誓った。


 

「聖女様!お茶をどうぞ!」

「テオドール、ありがとう。私のことはぜひ名前で呼んで欲しいな、歳もそんなに変わらないだろうし」

「わかった、改めてよろしくね!クリスタ!」

「うん、よろしく!私頑張るね!」

 

 貰ったお茶は知らないフレーバーティーのような風味だった。体が温まり、ほっと息を吐いた。


 クリスタの前を、2人の戦士が担架に布で包んだ遺体を乗せて、運んでいた。血に濡れた布に思わず目を逸らそうとした瞬間、逆にクリスタは釘付けになった。遺体を運んでいる兵士の顔に。攻略対象であり千歳の推しであるシュウだ!!薄い青色の髪と特徴的なしっぽのような襟足、表情は顔が汚れていて見えないが、体躯の良いミステリアスお兄さんシュウが目の前にいる!!絶対に後で挨拶したい!!さっきから、攻略対象に出会う度に胸の高鳴りが酷く、痛いくらいだ。シュウの背を見送りながら、これから、色んな意味で大変なことになるぞと、クリスタはへなへなと背中を丸めた。

 

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