台湾行きの相談
「いつもありがとう。ところで、湖嶋さん、ちょっと来てくれる?」
「あ、はい、わかりました。」
朝から美紀先輩に呼び止められるなんて。何かやらかしたのだろうか。菜美ちゃんも怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。不安な気持ちが詩の脳裏をよぎった。
身長の高い美紀先輩にちょこちょことついていき、近くにある会議室に入った。何だかドキドキする。まさか転勤の辞令だろうか。いや、それなら人事異動なので課長の松野さんから話があるはずだ。詩は、不安な気持ちを抱きながら、会議室のテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
すると、美紀先輩がこう切り出した。
「あのね、台湾の取引先の話なの。」
「え、台湾ですか?」
台湾といえば、私の担当の地域だ。
「私、何かミスしたのでしょうか…」
詩がこういうと、美紀先輩は首を大きく振ってこう言った。
「違うわよ。そういうことではなくて、一度、行ってきてほしいの。」
てっきり事務手続きで何かやらかしたと思っていたのだが、その予想は外れて安堵した。ただ、それも束の間、私が台湾に行くとはどういうことだろうと思った。
「ウーさんがね、一度会社に来て欲しいと言っているの。」
「春頃、来られたウーさんですか?」
「そう、取引先のウーさんよ。」
詩は想い出した。ウーさんとここでランタンの話をした。彼女は日本語の出来る親しみやすい人だったことを覚えている。でも、どうして私なんだろう。商談なら美紀先輩の方が向いている気がする。
詩の気持ちを見透かしたかのように、美紀先輩がこう話してきた。
「私が行っても良いのだけど、いろいろと忙しくてね。今回は湖嶋さんにお願いしたいのよ。松野さんも了解しているわ。」
憧れの美紀先輩から説得されては断れない。しかも、休職中にお世話になった松野さんのお墨付きだ。ただ、私で大丈夫だろうか。そう思った時、その言葉が口から出ていた。
「でも、私なんかで大丈夫でしょうか。」
「何を言っているの、大丈夫じゃなかったら頼まないわよ。湖嶋さんの将来のためにもなるから。ね、独りで海外出張を経験してきて。」
私の将来のためか… その言葉を聞いて、詩は思った。きっと、美紀先輩は私の育成のために、松野さんと相談の上、私を推してくれたんだ。そうであれば、ますます断れない。それにウーさんがいてくれるなら言葉の問題もなさそうだし、商談も何とかなりそうな気がする。
それにもしかしたら、天に昇っていくランタンを見られるかもしれない。そこまで思い至って、詩は正面に座ってこちらを見つめている美紀先輩に答えた。
「わかりました。私、台湾に行ってみます!」
「ありがとう、了解してくれて!多分、出張の時期は秋になると思うけど、また相談させてね。」
こうして、この日、詩の台湾行きが決まった。何かが動くときはこういうものかもしれない。
参考: Pomegranate I
第六章終章 外国の業務、ウーさん




