うさちゃんのお菓子
眠い目をこすりながら外出するために必要最低限のメイクと紫外線対策をして、月曜日の朝、詩は満員の地下鉄に乗り込んで会社に向かった。車内は、夏の外気が熱いのか、乗客が多すぎるのか、エアコンの効きが悪くて蒸し暑い。
何もやる気がおこらず、ぼんやりと正面にある車窓の外を眺めていると、そこには暗いトンネルの単調な壁面だけの景色が流れていく。時折トンネル内に設置された蛍光色の白い照明が車内に射し込むが、退屈な時間が過ぎていく。週末、葉音の彼氏の家族との顔合わせなどで充実していた気分は一転、現実に引き戻された。
満員電車に揺られて思うことは、社会人として生きていくのは、結構、大変だということだ。学生の頃はあまり考えなかったが、社会人になると日常生活を維持するためにやることがたくさんあることに気づく。平日の朝、早く起きてお仕事に行くこともその一つだ。出来ることなら、好きなだけ寝ていたいけれど、社会人になるとそうはいかない。
憂鬱になる気分を取り直して、詩は地下鉄を降り最寄り駅から少し歩いて会社のあるビルに向かった。今日は朝から日差しも強く到着した時には、首元には汗が滲んだ。やはり、この夏の時期はタオル地のハンカチが欠かせない。オフィス街ではヒートアイランド現象が生じて、ビルからのエアコンの排気が街中をいっそう暑くするという。今日も日中は体温を超えるくらいの気温になる予想だと、朝のテレビニュースに登場した気象予報士は言っていた。
ロビーで汗を拭って、同じように通勤するサラリーマン達と一緒にビルの共用エレベータ乗り込んだ。会社のあるフロアでエレベータを降りいつもの手順でセキュリティロックを外して、会社の入口から職場に向かう。朝早くてまだ誰もいないオフィスに到着後、まず詩はバッグから帰省先の駅で購入したお土産を取り出して、入口付近にある共用テーブルの上に置いた。
去年の夏は地味な図柄のカニ煎餅にしたので、今年はうさぎの形が可愛いフィナンシェを選んだ。ひとつずつが個包装になっているお菓子を職場の人に取り分けて貰おうと思い、お菓子の箱は開けておいた。
詩がお土産の箱を包んでいた包装紙を片付けていると、不思議ちゃんが出勤してきた。
「おはようございます!あ、お土産ですね。」
暑い夏でも不思議ちゃんは元気いっぱいだ。
「うん、実家のお土産なの。たくさんあるから、好きなだけ取ってね。」
「ありがとうございます!あ、可愛い。このお菓子、うさちゃんになっているんですね。」
不思議ちゃんが箱からお菓子を一つ取り上げて、キラキラした笑顔を見せている。いつも思うが、仕草が子供みたいで可愛い。
続いて菜美ちゃんが現れると、詩より先に不思議ちゃんがお菓子の説明をしてくれた。
「これ、湖嶋さんのお土産なんですよ。ほら、うさちゃんの形が可愛いんです。」
「あ、ほんとだ!可愛いね。詩ちゃん、ありがとう。」
三人で談笑していると、どこにいたのか、突然、美紀先輩が後ろから顔を出してきた。
「可愛いわね、私も貰っていいのかな?」
「もちろんですよ。美紀先輩。」
いきなり憧れの先輩の登場に、詩は少したじろいた。
参考: Pomegranate I
第三章探究 美紀先輩
第四章真理 待ち合わせはパリ




