芽依ちゃんのメール
その週末の午後遅くに、詩は実家に来た時と同じようにプチを入れたキャリーバッグを携えて特急電車を使い、遠く離れた自宅のある街へと戻った。特急電車から地下鉄に乗り継いで、ようやく自宅のアパートに到着した時には日も暮れていた。玄関を開けて部屋の照明を点けて、暖かい電球色のLEDに照らされたリビングルームへと入る。着いた途端に最初にすることは、キャリーバッグからプチを抱き上げて、白いモフモフのお腹に顔をうずめることだった。
こうして呼吸していると、プチのぬくもりと匂いが心地よくて、無性に癒される。愛猫家の間では猫を吸っているように見えるので、『猫吸い』というらしい。こうやってプチを通して深く息をしていると、疲れもどこかに吹き飛んでいく。
移動中は人目もあるし、実家に滞在している間は忙しかったので、プチとあまりじゃれ合えなかった。なので、今回はプチとスキンシップを取ることが殆ど出来なかったため、詩はまるで麻薬患者の禁断症状のようにプチを欲していた。いつになくプチを抱きしめる詩の愛情表現に、プチは『もうやめてよ。』と言わんばかりに詩の腕の中で藻掻いてフローリングの床に逃げていった。
詩はこういうプチのツンデレな態度も大好きだった。床に降りた途端、振り返ることもなく、スタスタと歩いていく。その仕草がまた何とも可愛い。自分が寂しいときには、モフモフの白いお腹を見せて『触って、触って。』と懐いてくるのに、こちらから近づくと『いい加減にしてよ。』という態度を取る。何ともマイペースなネコちゃんだ。
私を探して遠く離れた場所から近くの公園まで歩いてきたときの子猫の面影はもうどこにもない。長く一緒にいるので、きっと安心しているのだろう。絶対的に愛されているというその自信が、詩にとっては羨ましくもある。
そのプチについて忘れてはならないのが、プチはいっちゃんを導く可愛い使者だということだ。プチは私のいるこの場所を彼に伝えている。そう、プチの誕生日とおぼしき日に、詩は2年連続で猫の夢を見た。しかも、2年目に至っては、プチと白黒の模様が反転した猫の夢を見た。あれは、天界にいたときのプチの姿だ。そうプチは天界からの可愛い使者に違いない。
それは私だけの考えではなく、信頼できる芽依ちゃんもプチが使者であることを後押ししてくれた。そう、芽依ちゃんは私にこう言ってくれた。
『プチと離れたらダメだよ。詩ちゃんの居場所がわからなくなるから。』
帰宅後の照明に照らされたリビングルームで、詩が過去の芽依ちゃんとの会話を思い出していたそのときだった。ポケットに入っていたスマホに着信があった。取り出して画面の表示を見ると、芽依ちゃんからのメールだった。帰宅途中の電車から『今度いつ会えるかな。』とメールしたので、きっとその返事に違いない。
「遅くなってごめん、そろそろ帰宅した頃かな。電話しても良い?」
詩はそのメッセージを見るや否や、芽依ちゃんに電話をかけた。こちらの用事なのだから、私から電話しないといけない。
「もしもし、芽依ちゃん。メールありがとう!」
「あ、詩ちゃん。もう帰ったの?」
「さっき、帰ったとこだよ。今、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。私もやっと用事が終わったとこ。」
簡単な挨拶を交わした後、詩は本論に入った。
参考: Pomegranate I
第五章約束 名前はプチ、可愛いプチ
第六章終章 プチは使者なのか
プチは目印




