葉音のイラスト
すると、部屋の隅の方に佇んでいた男性の給仕役の人が手慣れた様子でコース料理の前菜をテーブルに並べ始めた。ホテルのレストランの店員らしく清潔感のあるその男性は、お皿を並べ終えた後、丁寧に食材の説明をしてくれた。けれど、列席者の関心事は食材のことよりも、目の前に座っている初対面の家族の方にあった。
なので、列席者の殆どはその食材の産地等の説明を半ば聞き流し、頷くだけだった。ただ、詩の父親だけは、笑顔でその産地名を復唱して確認しながら『それは、美味しそうですね。』と給仕の人の言葉に相槌を打っていた。こういうところは、会社で渉外の仕事もしていた父親は卒がない。
給仕役の男性が部屋を離れた途端、列席者にとっては慣れない雰囲気ということもあり、その場は少し硬い雰囲気になった。そのときだった。ふいに葉音が身を乗り出して会話の口火を切った。
「みなさん、初対面だと思いますので、私の方で簡単な紹介用の冊子を作成してみました。一人ずつ配らせて頂きますので、お互いの参考までにどうかご覧になってください。」
実は、彼女は昨夜、遅くまで実家のパソコンで今日の食事会に向けて、簡単な冊子を作成していた。表紙には、「Pre-wedding Lunch Party」というタイトルと今日の日付とレストラン名が記載されていて、真ん中に葉音と彼氏の可愛いイラストが描かれていた。
葉音は小さい頃から、こういうイラストの作成が上手だった。彼女が書く手書きの年賀状はいつも可愛かったことを思い出す。葉音が描くイラストのデザインや色合いには、姉ながらいつもセンスを感じていた。
配布された冊子はステープラーで閉じられていて、その表紙を捲ると両家の家族一人ずつのページが続き、各ページにはその人の出身地や星座、趣味などが記載されていた。詩も完成版は初めてみたが、なかなかの出来栄えだ。彼氏と一緒に、事前にそれぞれの家族の情報を集めた努力が垣間見られる。先方の両親も自分たちのページにも可愛いイラストが記載されていることを見つけて、『へえ、こんな絵まで描いてくれたんですね。』と、冊子の完成度に感心していた。
その言葉を聞くと、まるで自分が褒められたみたいで、詩も嬉しくなった。心の中で『葉音、ナイス!』とガッツポーズをした。その後、その冊子が功を奏して、食事会の場は急に和んだ。奥の上座の方に向かい合わせに座る両親が、手元の前菜を少し口に運びながら、『あ、そちらのご出身なんですね。』と冊子に記載された相手の出身地を確認しながら、その土地の話題を相手の両親に振り始める。
すると、父親同士でお互いの生まれ故郷から過去の仕事に至るまでの会話が始まり、やがてグラスに片手でビールを注ぎ合ったりするようになった。それにつられて、母親同士も野菜作りや料理の話に華が咲き、時折、席からは笑い声が聞こえてくるようになった。
中央に座る葉音と葉音の彼氏は、その様子を眺めて安心した様子だった。彼らにとっては、これから親族になるお互いの両親達の会話が円滑に進むことがこの会合の最大の目的だったからだ。
一方、部屋の入口に近い方に座る詩の前には、彼氏の弟さんがニコニコしながら静かに座っている。お兄さんとは違って、大人しい感じだ。詩が、これは何か話さないと気まずいと思った頃だった。彼の方から、声をかけてきた。
「お仕事は何をされているんですか?」
「あ、商社に勤めています。」
急だったので、詩は思いついた言葉を口にした。何だかぎごちない。




