第八十一話 値踏み
「友達の友達と一緒に帰るのは気まずいな。」
「綾地さんは彼女じゃないの?」
「おっと、そうだったね。」
僕は姫宮さんに助けてもらってなんとなくの流れで一緒に帰ることになったが話すことがない。頻繁に訪れる短い沈黙と、それを打ち破るためにする薄っぺらい発話の、この二つを行き来する反復運動によって僕たち二人の雰囲気は居た堪れないものになっていた。
「鬼畜くん、なんか面白いこと話してよ。」
「その地獄のようなフリをされては面白いものも面白くなくなるよ。」
『面白いことやって。』みたいなことを言うのは何らかのハラスメントとして名前を付けても良いのではないだろうか?会話が面白い云々はフリとボケの共同作業によって成り立つものだ。だと言うのにフリをしている側はまったくそれを自覚せず、滑ったらボケの側が悪いと責任を擦り付けるのだ。このフリの側の無責任さに傷つけられる現象は日本中で繰り広げられている悲劇であり、社会の縮図でもあるのではないだろうか?
「鬼畜くんといるの息苦しいよ。」
「あーっと?ゴメン。」
「これは冗談だったんだけどな。」
「……。」
誰か僕たちを助けてほしい。時間が経つにつれてどんどん会話の波長が合わなくなってきている気がする。というかそれは当たり前の話なのかもしれない。姫宮さんとは紡を介した間接的な仲に過ぎない。そして彼女がどういうノリが好きなのかとか、好きなものとか、彼女のコンプレックスとか、彼女の誇っている部分とか、そういう人となりをまるで知らないのだから。
「姫宮さんの話が聞きたいな。」
「はい?」
「この気まずさの原因は紡がここにいないからだと僕は思うのですよ。」
「それで?」
「だからと言ってここでさよならをするのも気まずいでしょ?だから友達になろうよ。」
「私はもう友達だと思ってたんだけど…。」
「なんか面白いこと話してよ。」
「鬼畜くんの意趣返しですか。いいでしょう。」
姫宮さんの口角がわずかに上がったのが見えて緊張が解ける。彼女は色々な話をしてくれたが、日陰の身の僕と違いクラスの面倒を見る世話好きな人間なだけあって、趣味はまるで合いそうになかった。恋愛リアリティショー、バスケットボール、スポーツ観戦、好きな動画配信者、みたいな話をされたが、そのどれをとっても僕の守備範囲の外にあるものだった。ただ趣味が合わないからと言ってこういう会話をされるのは不思議と苦痛ではなかった。それは姫宮さん自身の語りの巧さが大きいと思う。ただ自分の話をするのではなく、恋愛リアリティショーの面白さをプロレスに例えてくれたり、スポーツ観戦の面白さを『選手の凄さを物語化して、ドラマチックなフィクションを考えるのが面白い』と言語化したりして、僕でも分かるような手触りの良い言葉を作り出してくれる。僕に寄り添ってくれる語りをしてくれるため何でもない会話でも非常に心地良い。姫宮さんとはノリとかボケとかを主軸にするのではなく、こういう何でもない話をするのが一番面白いのかもしれない。
「最近、電子書籍を買ったんだけど、あれってページをペラペラ捲れないから気になった部分を読み直しづらいよね?」
「わかりみが深いなー。漫画とかだったら気にならないんだけどね。鬼畜くんって何読むの?」
姫宮さんは僕が唐突に言いたくなったことを言っても、それをちゃんと拾ってくれた。そして信頼して投げ掛けた言葉がちゃんと伝わったときの感動はすごく大きい。僕は以前まで紡以外の人間と他愛もない会話をする意味がよく分からなかったが、その面白がり方を理解できたような気がする。気まずかった雰囲気が柔らかくて心地良いものに変化した。
「綾地さんにこの事を話してやろ。」
「別に良いんじゃない?」
「あの子はすごく嫉妬深いよ?」
「……。」
分かってるならやらないでくれ…。
「鬼畜くんってちゃんと人間を見てるよね。」
「いきなりなに?」
「なんだか私が値踏みされてるみたい。」
「それどういう−−」
「んじゃ、私はバスだから。またね。」
姫宮さんにすごく大事なことを忠告された気がする。僕と姫宮さんの個人的な関係だけではなくもっと普遍的な、僕の悪癖に対する苦言のような気がする。だとしたら僕は——
今日はやめておこう。
疲れた頭で考えたら碌な結論にならない話題だ。こういうことは紡の隣で考えたい。この気持ちが冷めない内に、早くその日が来てほしいと願った。




