第七十七話 職員室
「一週間は学校を休んでいいですか?」
「いや来てるじゃねぇか。」
僕は自分が一週間休む旨を報告するために、朝早くに登校して職員室前で担任を待ち構えていた。
「電話すれば済む話だろ。それに制服に着替えてるじゃねぇか。どういうことだ?それと一応言っておくが、その格好のまま昼間にうろちょろすんなよ?最近はそういうのですぐ学校に連絡されるんだからな?」
「安心してください。学校にいますよ。」
「はあ?ますます意味がわからん。じゃあついでに授業を受けてこいよ。俺からお前を気に掛けるように先生方にちゃんと言うぞ?」
「最近全然眠れなくて、もう限界なんです。」
「何があった?」
担任が真剣かつ重たい口調でそう言った。その声色は僕を問い質して早く事情を吐かせたいという切迫感を顕しているように感じた。下手に隠し事とか誤魔化したりするのは逆効果になりそうに思えるほど担任の顔は険しかった。
「金銭的な事情ですよ…。最近は母親の仕事が不安定になってきてるんです。ここだけの話にしてほしいんですけど、僕はバイトをしていて、それが家庭の収入のかなりの部分を占めているんです。貯蓄はあるらしいんですけれど、どうしても不安になってしまって始めてしまいました。我が校はバイト禁止ですけど、そこは黙っていてくれると嬉しいです。」
別に僕は嘘をついてはいない。ただバイトの中身が身売りだってことを黙っているだけだ。
「公的支援はダメだったのか?」
「親が協力してくれないんです。プライベートな情報を知られたくないのか、或いは煩雑な手続きを面倒がっているのか、或いは変なプライドがあるのか、それは分かりませんけど。」
あと正直に言って、官僚制の煩雑な書類仕事や新しい環境の変化や行政の人間との会話とかに対して生理的な拒否反応があるというのもある。全てが母のせいというわけでもない。そこには僕の悪癖である惰性と無計画性の二つが大いに含まれているということを言わなければ公平ではないだろう。
「そうか…。でも理由書と課税証明書があれば未成年一人でも奨学金は受けられたような気がするな…。いや分からん。俺は素人だからこの事をソーシャルワーカーに相談してもいいか?無論、親には伝わらないように全力を尽くす。」
「ありがとうございます。」
「それで?それだけじゃないだろう?それだけならこんなことはしていないはずだ。それだけならお前は家にいるはずだ。わざと黙っている事があるだろう?」
担任はそんな事を言いながら僕の『黙っていること』を大体察しているのだろう。彼の言い方は『自分は大体の事が分かっているのに、僕からの確定の言葉を引き出そうとする自分の行為は、官僚制のおままごとを遂行しようとするだけの茶番をやっているだけである』という自己幻想に対する自分自身への嫌悪感と、僕をなんとかして守ろうとする責任感が含まれているように見えた。眉間にシワを寄せて、目に光がなく、膝の上で両手の指をきつく絡ませている。そんな担任の真剣さを見てると、僕の惰性と無計画性という性質によって現状に甘んじているだけということを明かしていないことが申し訳なくなった。
「言いたくありません。それにこうなったのは僕のせいでもあります。」
「と言うと?」
「僕はこういう書類仕事とか行政の人との流れ作業みたいな会話とか生理的に無理なんです。そういう悪癖に流される計画性の無さが僕をこうさせているというだけです。」
「色々言いたいことがあるが、どうせ納得されないだろうから一言だけ言うぞ。」
担任が言葉を選ぶときは悩み、逡巡したりする様子や自己嫌悪みたいなものも顔に出る。長いようで短く感じるような結構な沈黙があった。
「言いたくなるまで俺は待つ。言わなくても助ける。以上だ。保健の先生に連絡してやるからとっとと寝ろ。」
担任は破れかぶれな感じでそう言うやいなや、パソコンの方を向いてキーボードを叩いた。
「あっ、なんか重たくて持ち運びが簡単なダンベルみたいなものありますかね?」
「あるにはあると思うが何に使うんだ?」
「寝るための道具です。」
「ああもういい、何も言わなくていい。運動部の部室とかにあるんじゃないか?顧問に連絡して融通利かせてやるから自分で取りに行けよ?」
担任は疲れた様子で机に突っ伏して、呆れた様子で会話を切り上げた。




