第七十五話 ロマンチスト
「さあ!君の身体を求めにやって来たよ。」
「最近あなたと何回も関わってきて分かったことですけど、結構なロマンチストですよね?」
「その通りだ。分かってるね。」
男が突然、僕の部屋に押しかけてきてそういうことを要求してきた。なんて言ってもこちらから連絡して来てもらったというだけなのだが、なんだか押しが強いキザっぽい言い方と少し引いた自分を演出する自己防衛をしている感じに腹が立つ。ちなみに「制服ばかりだと飽きるだろう」という僕の提案で男にメイド服を買わせた。正確に言えば「君のセンスに任せるよ。」と言われたため、個人的な僕の趣味が入ったシスター風メイド服をオーダーメイドさせたと言った方が良いだろう。白と黒が基調のクラシックなヴィクトリアンメイドをベースとしたデザインで、僕の男を感じさせる脚は見事に隠されている。白のエプロンの裾に可愛らしい黒の飾りリボンがたくさん縫い付けられていているのもあって、クラシックなだけじゃない可愛らしい少女性を見事に演出できている。そして胸元の細長い赤のクロスボウタイが全体の印象を見事に引き締めている。何と言っても一番の僕の性癖ないしこだわりポイントは修道服風の白のベールだ。長髪のウィッグの上にカチューシャ型のそれを頭に着けると僕の腰のあたりまでひらひらがある。どうせ僕の部屋で着るだけだし、可愛いからいいだろう。
それを身に付けた僕はあからさまにテンションが上がっていた。後でこれに紡の眼鏡をつけた写真をアイツに送ってやろうかな…。
紡の反応を想像すると不思議と顔が緩んだ。
「随分とご機嫌だね。それに嬉しそうだ。」
「きっかけは嫌々やらされたことですけど、こういうのは嫌いじゃありません。」
「様になってるし、可愛いしね。化粧したらもう誰にも男ってバレないんじゃない?」
「そういうオプションが欲しいなら買ってくださいね?」
「君が欲しいだけなんじゃないの?」
「はいっ!」
「くそっ…。演技だと分かっても可愛いな。」
僕の返事には趣味と実益の両方があったが、声色は意識的に女の子っぽい儚げな声にチューニングしていた。声を大きくするとこの調整は崩れがちになるのだが、裏声と地声を交ぜることで破綻の少ない声を演出している。声帯を鍛えればもっと女の子の声に近づけられると思うのだがそこまでの努力をする気にはなれなかった。男の反応を見る限り、僕の演技は成功していると言っていいだろう。
最初は男に身売りする覚悟で始まった奇妙な関係だが、この男の謎のロマンチシズムによって僕の貞操は守られていた。これがいつまで続くのかは分からない。会う頻度はほぼ毎日で、嫌でもこの男と顔を合わせることになる。職業不詳だが金回りがいいので稼いではいるのだろう。ひょっとしたらこいつも以前の母みたいにどこかの人間に寄生して吸い上げてるだけなのかもしれない。そういう想像をするとなんだか愉快な気持ちになった。ちなみに一回でも結構な金額をもらっているため生活はかなり助かっている。それどころか余裕があると言ってもいいだろう。まあ安定とは程遠い関係性ではあるが現在の生活を賄えるだけマシってものだろう。
「それじゃ膝枕してお話しましょうか。」
僕は床の上に正座して膝を叩き、そこに頭を乗せるように促した。
「毎回言ってることだがいい加減ベッドに寝かせてくれ…。腰が痛いし疲れてるんだ。言っちゃあなんだが俺は君のパトロンなんだぞ?」
そんなことを言いながらも男は素直に僕の膝に頭を乗せて僕の顔を眺めていた。
「嫌ですよ。男の匂いがつくじゃないですか。」
「そう言えば前にベッドに寝そべったときはすごく怒ったけど、あの時は女の子の匂いがしたな。そういう相手がいるの?」
「あんまり話したくない話題ですけど、最近はフラストレーションが溜まっているので話しちゃいますね?」
「おっ、意外だな。スルーされると思ってた。」
男の気だるそうな死んだ目に生気が宿ったように見えた。恋バナとか好きなのだろうか?
「その女の子は水疱瘡になってるんですけど、抱きしめてモフモフしても許されますかね?いっぱい色んな事がしたいですね。例えば髪を手櫛で梳いて、水ぶくれがあるかもしれない頭皮を傷つけないように優しく触ってみたいです。それに−−」
「ん?ん?ちょっと待て。」
男は僕が何を言ってるか分からない様子で目を白黒させて、膝の上で頭を左右に振った。
僕は何かヘンな事を言っただろうか?
「君はどうしてそんなことを思うんだい?」
「最近眠れないんです。」
「これが、原因なのか?」
男は僕に申し訳なさそうな、罪悪感のある感じの視線を向けてきた。どんな人間だろうと毎日顔を突き合わせれば情が湧くというのが自然な心理というものなのだろう。
「大きな原因はこれではないと思います。」
「大体察したよ。それで?君の突拍子のない変態発言と眠れないというのはどう繋がるのかな?」
「その子を抱きしめたり、抱きしめられたり、手を繋いだりするとすごく安心してよく眠れるんです。温かくて、頭の中がふわふわして、胸がいっぱいになって、頭の中もいっぱいになるんです。眠れないのは母が家にいる時間が長いせいで放課後に一緒にいられる時間も少なくなってるのもある気がしますね。別に毎日会ってましたけれど。でも最近はあの子との触れ合いが不足していてイライラしてます。だからこうして自分の欲望を外に吐き出して発散してるんです。」
「……。」
男は僕に憐れみの視線を向けた。その視線は同族嫌悪と同情の二つの感情が混ざっているように見えた。まるで整理されてないまま吐き出された僕の言葉に気休めの助言を投げ掛けずに黙っていてくれたのは凄くありがたかった。
「惚気話でお腹いっぱいになりました?」
「胸焼けしそうだよ、眩しいね…。」
「お礼に頭をいっぱい撫でますね?」
「よろしく頼むよ。ていうかそれなら一つ頼みを聞いてくれないか?」
「なんです?」
「何でもないときに電話してもいいだろうか?それが出来たら会う頻度は少なくてもいい。君がこの要求を呑んでくれたら生活に困らない程度の金はちゃんと前払いで渡す。どうだろうか?」
「乙女かお前は!」
僕は思いっきり吹き出し、声を出して大いに笑った。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか?
「いいですよ。ただワガママを承知で一つ条件をください。今すぐじゃなくてもいいので−−」
男は僕の出した厚かましい条件を真剣に聞いてくれた。僕が思う彼の美点は、人の立場とか地位とか関係なく冷静に人の話を聞くことが出来るという所だろう。
「いいだろう。その条件を呑もう。」
「ありがとうございます。」
「君は欲深いね…。」
男は呆れた視線を僕に向けた。




