第七十四話 アイヴィーン
僕は紡の眼鏡がいったいどうなるのかを探るべくビデオ通話で紡と話していた。
僕は自室の机に右肘をつけ、その腕を左右に揺らして座っている。左手にはスマホがあり、画面に紡の顔が見える。
「紡は眼鏡やめるの?」
「いや?新しいのに変える。名前はアイヴィーンにしたよ。次からはこの子のことはそう呼んでね?」
「良いセンスしてんじゃん。趣味が良いね。」
「ん。まあそんな感じ。」
「見たいな。どんな感じの眼鏡?」
「やはり眼鏡っ子性愛者の縹はそこら辺が気になるんだよね?分かる分かる。」
「いいから見せてくれ。」
僕の心境を分かりやすく例えるならスマホを新しく買い替えた時の男の子のようなものだろう。男の子は新品のスマホを開封するときに一番エキサイティングするのだ。
「変態さんの目で見られたら恥ずかしいんだよ。」
「今更そんな事で恥ずかしがらないということは流石の僕でも分かるぞ。」
軽口を叩いて満足した紡は「じゃあ見せるよー。」と言って画角外に用意していたらしい眼鏡を取り出した。
一言で言えば銀縁の丸眼鏡だ。シンプルな見た目は工業的な雰囲気を漂わせながらも高級感がある。おそらくフレームはチタン製だろう。かなり細いフレームだがレンズは他の丸眼鏡に比べてもかなり大きい。蝶番と鼻パット部分のネジがかなり小さい。なぜか分からないが、その小さなネジが僕を興奮させた。知的かつ工業的で冷たい雰囲気のあるそれを目の端に捉えただけで胸が高鳴る。ちなみに一連のこの思考は、紡が眼鏡かけようとしたときに、目の端でそれを捉えた時の一瞬で紡がれたものである。まだ彼女は眼鏡をかけてすらいない。
「どうかな?」
彼女は僕に感想を求めてきた。
どうしよう?どう言えばいいのだろう?
言葉を尽くして色々言いたいくらいに、僕の頭は興奮状態になっていた。
「可愛い。似合ってるよ。」
「嬉しい。」
紡は顔を綻ばせた。色々言おうと思っていたのだが、僕の口から出たのはあまりに素朴で正直な言葉だった。『こんなどうとでも言える言葉で良いのだろうか?』と思ってしまったが紡は満足してくれたらしい。
なんだかすごく温かい気持ちになった。
さらに言葉にしようというのは野暮なことだろう。僕は「本当に可愛いと思う。」とだけ言って収まらない気持ちを表現した。
「縹は『可愛い』って滅多に言わないよね?」
やばい、墓穴掘ったかも。
紡にそれを要求されたらなんだか歯止めが効かなくなりそうだ。
「これから先も私のこと褒めてほしいな。今日だけじゃなくて、ずっと。」
「そういえば紡が愛用してた眼鏡、『グノーシス』が郵送されたけどあれは−−」
「褒めて、ほしいな?」
なんだか彼女の声から何か切実なものを感じて、話を逸らしたり、茶化したりすることを躊躇われた。紡はそういうのが好きなのだろうか?それとも結構疲れてるのだろうか?
「紡はいっぱい頑張ってると思うよ。紡はそんなことないって言うだろうけど、そんなことない。僕は紡のどんな些細な嘘や変化も見逃さないようによく見てるから分かるよ。」
「ちょ、それヤバいんだよ。惚れ直しそう…。」
紡の顔はふにゃふにゃになって声も蕩けていた。
可愛い…。その顔も声もめっちゃ好きかも…。
「私が贈った『グノーシス』を好きにしてもいいよ?あんまりえっちぃことはしてあげないでね?優しくしなきゃダメだよ?」
「……。」
僕の事をなんだと思っているんだ。
確かに出来なくはないかもしれないが、僕はそこまでではない。
「度が入ってるんだけど、レンズだけ変えて伊達眼鏡にできるかな?眼鏡は好きなんだけど、視力がいいから中々手が出せなかったんだよね。」
「出来ると思うよ。私が治ったら一緒に行こ。」
紡の眼鏡はカッコいいなと思っていたのだ。これを機に眼鏡を使ってみるのも良いかもしれない。
「じゃあそういうことで。」
最近気が付いたことだが、僕は紡と約束を交わすのが好きだ。




