第六十五話 分裂
「めっちゃ可愛い!」
「そうでしょう?」
僕は自分の部屋で女子高生の制服に着替えて男を招き入れた。
男っぽい声をカモフラージュするために小さめのウィスパーボイスで話して、意識的に高い声を出している。
最初からそれをするのは不自然だから、前の会話からグラデーションをつけて変化させていた。
我ながら器用だ。
「本当に女の子みたいだね。」
「じゃあどうします?ここから脱いだら意味ないですよね?」
「分かってるね。君は。」
「じゃあ身の上話を聞きましょうか。いきなりおっぱじめるのも嫌でしょう?」
「重ねて言うが、分かってるね。」
「はい。話してください。」
「ちょっと照れくさいな。」
男は困ったように自分の頭を触った。
「ずばり聞きます。どうしてあなたはこうなってしまったのでしょう。」
「随分とアバウトな質問だね…。」
「話してくださいよ。気まずいんですから。」
「まあ、はっきり言えば、あれだな。初恋が実らなくて引きずっているというか、あれより良いものが分からないんだ。けど身体の触れ合いは大好きだからさ。こうなっちゃったんだよ。」
「へー。その初恋の人とは?」
「してないよ。」
「じゃあ一生そのままでしょう。論理的に考えてみれば。」
「どうしてだい?」
「算数の問題ですよ。理想化された対象と現実の比較は、欲望のインフレーションを加速させはするが、論理的にあなたを満足させることはありえないという、ただそれだけの話です。理想だからこそ現実を超えられないんです。」
「なるほどねえ。心当たりしかないよ。ちょっと絶望的な気持ちになったかも。」
「まあ、こんなのただの一意見ですよ。あらゆるものについてもっともらしく語ることができるってのが僕の長所なんです。小難しい言葉は祈祷師のまじないみたいなものですよ。気休めであり、他人を不安にさせてつけ込むためのやり口です。騙されちゃいました?」
女の子が男の子をからかうようなあどけなさと悪戯心が混ざったような口調で言ってみた。
それで男の顔は緩んだが、少し暗い顔になった。どうやら彼の話の全てが本当だとは限らないし、僕の語り口が脚色と真実が織り交ぜられた話なのかもしれないが、僕の言葉が彼の心の中の柔らかい部分に突き刺さったらしい。
「それこそ気休めだな。俺は君の言うことに理を感じて納得してしまった。」
「だったら、僕が母性愛にあふれる女の子を演じてあげますよ。」
「それで?」
「あなたが僕を初恋のあの子と重ねればいい。僕は可愛いって評判ですが、満足できなくてもそこは勝手に補間して欲しいですね。どうです?」
「あの子は女の子だぞ?」
「関係ないでしょう?あなたにとっては。」
「なんでそこまでするんだ?」
「長い付き合いになりそうなので、サービスしてるだけですよ。」
僕は男を膝の上に寝かせた。
「あっ。手を繋ぐのは気持ち悪いから頭撫でますね?男の硬い手なんて触りたくありません。」
「そこはサービスしないのかよ!でも、それは分かる。」
「頑張ってきたんですね。それは分かります。」
唐突に言った言葉が男の心を揺さぶったらしい。彼は僕の膝の上で男泣きした。
「しないんすか?」
「君とは、しなくてもいいと思った。」
「金ケチらないでくださいよー。」
僕は非常に陽気に振る舞っていた。だがその裏側は打算と自己分裂にまみれている。正直に言って男に同情も感情移入もしていないし、ましてや好意もない。共感性が高いように振る舞う設定をした自分と、心の奥底は絶対に触らせたくない自分の二つをうまく操っているだけのことだった。この二つの精神運動が万力のようになって僕の自己自身をすりつぶし、自己自身はジュースのようなものに変化した。もはや本物の自分など幻想であって、本物の自分など社会的な自分と対比させることなど意味はなく、グラデーションの一部に過ぎないという、僕の自己自身が作り出した安全無害な一般論が、僕の自己自身を支えていた。そのような現状補完がいつまで通用するのかは僕には分からなかった。




