第六十四話 お勤め
僕の家の前に黒の中型車があった。
「また変なのは御免なのだが…。」
若干、辟易しながら玄関を開けると玄関の前で男と母が座り込んで待ち構えていた。
「うおっ!」
びっくりする。なんなんだ?一体。
すると男が僕に話しかけてきた。
「この人と君と私で一夜を共にしないかい?」
なんだこれ?こんな開幕からエンジン全開な展開はそういう漫画でしか見たことがないが、さすがにそういうことではないよな?
「母がいいなら良いですよ。ここに泊まるってことですね?」
「ああ、そっちじゃないほうの意味と受け取ってほしかったな。俺は。」
なんだこの漫画の世界の住人は?
めちゃくちゃはっ倒したいのだが。
「従いなさい。」
「……。」
うーむ。こういうことで母を慰めたことはあるのだが、こういう提案をされたのは我が人生で初めてのことだな。意味がわからん。
「順を追って説明してくれませんか?」
「つまりだな。君は私のストライクゾーンってことだ。」
「ん?そっちの人だったってことですか?」
「どっちもって人だよ俺は。」
「へー。それで僕が従う義理が何処にあってその提案をしているのですか?どうせあると思うんですが。」
「君の足ながおじさんになってあげるよ。」
「ほほう。」
なるほど、そういう世界の住人ね。
そしてその提案をしてくる所から見るに、母に飽きてしまって僕に鞍替えしようという魂胆なのか?つまり金銭面で母は何の役にも立たないってわけか…。もう母の経営者ごっこもメッキが剥げてきたらしい。薄々分かっていたことだが。
「母さんの収入ってそれだけなわけじゃないでしょう?そういう夜のお店で働いていたってことですか?」
「まあ、そういうことよ。」
うむ…。まあ必死に働いてくれた親には感謝せねばなるまい。それはそれとして。
なんなんだ!この状況は!さすがに僕の守備範囲ではない!
「俺がいなくなったら君の家庭の収入じゃ高校通いとか生活とか、苦しいと思うよ?」
それが僕が従う義理ってわけか。
母が僕の貞操を差し出そうとしているところは複雑極まりない所ではあるが。
通報、生活保護、学校生活、補助金、親子関係、紡との関係、将来の夢、などのバラバラだがつながりのあるものの思考が並列的に頭の中を駆け巡る。
僕の結論は『環境の変化は大嫌いだ』という心の叫びに従うことだった。
ふむ。良い人生経験と思うことにしよう。
2人の間を抜けて自分の部屋からあるものを取り出す。
「どっちもイケるなら女装しましょうか?僕の見た目は中性的で声も高めだから、可愛いというのが周囲の評判です。」
「さらっと君の部屋からえらいものを取り出してきたけど趣味なのかい?」
「いいえ?言わなきゃダメですか?」
僕は母をチラリと見る。
男は「俺が言えた義理ではないが苦労しているんだな…。」と同情の眼差しを向けた。
「現金報酬にしましょう。もちろん1回ごとにです。」
「それはもちろん。」
「その様子だと今日の相手は僕一人でいいですよね?」
「君がそう言うならそうしよう。」
「母さんは休んでてください。それではお勤めに行って参ります。」
そんな嫌味を言って、僕は着替えるために自分の部屋に入った。




