第五十九話 お仕置き
「お待たせ。」
制服に着替えた紡が玄関まで小走りでやって来た。時刻は7時45分である。勝手に女の子は色々と準備がかかるものだと思って、遅刻を覚悟していたが、早足で行けばその心配は無さそうだ。
「じゃあ行きますか。」
僕は外に出ようとしたが紡は一歩も動かなかった。さすがにその理由が分からないほど鈍くはない。
「紡と手を繋ぎたいけど、いい?」
「そこまで言うなら繋いであげなくもないよ?」
「……。」
なるほどね。ああ、はいはい。
自分から要求しといてそんなこと言うんだ…。
ちょっとムカついたけど僕はそこに可愛げを見出すことにした。
紡さんマジ天使。ベリーキュート。照れ隠しがとても可愛い。
「じゃあやらない。」
心が身体に追いつかなかった。
マジで調子乗ってるわコイツ腹立つ。
すると紡が無言で距離を詰めてきた。
僕の肩に顔を埋めたと思ったら、「恋人ごっこなんだよ?」と言って、背伸びをして首元に唇を寄せて吸い付いてきた。
頭を打ち貫くような感覚が僕を支配する。
60秒くらいで紡は離れた。
いや、もっとあったかもしれない。
なんだか短いようで長い不思議な体験だった。
ちょっといいかも…。
なんだか新しい扉が開いた気がするが、僕は全力で気付かないふりをした。
「お仕置きなんだよ?」
紡は自分の首元を指差して、自然な動きで僕と手を繋いだ。
「うわ…。」
吸い付かれた部分が赤くなっていた。
全然痛くなかったのに、こんなことになるとは。
「えっろ!」
「◯していいかな?」
「僕はこれくらいなら平気だよ?」
ここらへんの線引きはこれから恋人ごっこをする上で明確にしないといけないだろう。
「むしろ嬉しかった。」
「ふふん。もちろん縹がそういう癖なのは調査済みなんだよ。」
「なんですと。」
勘付かれていたことは分かっていたが、改めて言葉にされると居た堪れない気持ちになった。
7時59分に教室に到着する。
登校中にかなりの視線を集めたことに満足したのか、紡は学校に入ったら手を繋ぐのをやめてくれた。
8時から朝学習がある。
とは言え誰もが適当にこなしているから、課題が終わったら談笑の時間になる。
姫宮さんが珍しく僕に話しかけてきた。
「鬼畜くん?首元のそれは何かな?」
「ああ、赤くなってるの目立つかな?」
「キスマークじゃん。ふーん。」
「え?そうなの?」
今までこんなことされたことがないから分からなかった。
「集合だよ!皆!」
姫宮さんがそう言うと『綾地紡の恋路を応援する会』のメンバー達が僕を囲んだ。
僕はようやっと紡の意図を理解した。
こうなったら道連れにしてやる。
「じゃあ紡も連れてきたらどう?」
「「「キャー!」」」
彼女たちの叫び声が教室を揺らした。
「鬼畜くん、それってそういうことなんだね!」
「本人に聞けば早いんじゃないかな?」
「綾地さんを尋問するぞ!」
応援する会のメンバー達は目をギラつかせて紡を揉みくちゃにした。




