第五十七話 女心と秋の空
「恋人ごっこ…。」
かなり背徳的な言葉を口に出してみて、どういう意味か頭の中で反芻して考えてみる。
そんなことをして分かるはずもないのだが。
「それが一番スマートな答えなんだよ。」
「ほほう。ならばそれがお互いにとってどんなプラグマティックな意味を持つのか説明してもらおうか?」
僕の言葉を受けて紡は起き上がり、眼鏡をクイクイしてこれからふざけるという前振りをしていた。
「説明しよう!恋人ごっことは−−」
「あ、定義はいいからどういうつもりなのかを教えてほしい。」
「聞いてほしいんだよ。」
「分かった。」
今日はそういう気分なのだろう。
『女心と秋の空』という言葉は、男性の側の思慮の足りなさを女性の性質に責任転嫁するために生み出されたものだと今日まで思っていたが、存外そんなこともないのかもしれないと思った。
いや、そのロジックだと僕の頭が悪いか、紡の性質かの二択になるであろう。
「はいはい、僕の頭が悪いですよ。」
「何の話?」
「こっちの話だから、続けて?」
僕は紡の手を握って話を促す。
誤魔化すにはこれが一番だ。
「私は気の置けない大切な人を傍に置きたい、縹は私が大好きだけど好きって言えない。だからごっこなんだよ。お互いになりきって恋人みたいなことすれば癒されるんだよ。」
「うん、僕の分析が雑だけど言いたいことは分かった。」
そしてその提案には心惹かれるものがある。確かに恋人という肩書と役割はとても便利かもしれない。意味もなく会いたくなったとしても、恋人だったら許される的なニュアンスがあるのもいいかもしれない。
「よし、今日から恋人もどきになろう!」
「その言い方はやめてほしいんだよ…。」
紡はちょっと嫌そうに目を細めて僕を見た。
「私の目標は好きって言わせることなんだよ?」
「つまり?」
「恋人ごっこに乗じて、合法的にいろんな攻撃ができるんだよ。」
「なるほど。」
あまり過激なことをされると困るかもしれない。きっと紡のことを拒絶してしまうから。
性愛的な接触に対する嫌悪感が僕の頭から抜けない。
本当に一緒にいられるのだろうか?
「だいじょーぶなんだよ?」
紡がゆっくりとした動きで僕を押し倒して、再び並んで寝る体勢にした。
「私は山よりも高く、海よりも深い、そんな愛情で縹を傍に置いてあげるんだからね?」
「じゃあ決まりだな。恋人ごっこしよう。」
紡はその言葉を受けて『ここに飛び込んでこい』と言わんとばかりに腕を広げた。
ベッドの上だから飛び込むことはできないが。
彼女の要求を受けて、僕は優しく包みこんで頭を撫でた。
13時を過ぎるまでそのままでいた。
僕も彼女もきっと疲れていたのだろう。
「充電できたー。」
紡の肌はなんだかツヤツヤしているように見える。僕を使って元気になってくれたようで嬉しかった。
「そんじゃあ飯食って、そろそろ家に帰れば?ちょっと一人になって落ち着きたい。」
「送って。」
「……。」
ひょっとしたら以前からそう思っていて、我慢していたのかもしれない。
そういうのがこれだけであることを願うばかりである。




