第五十三話 籠城戦
窓を軽く叩く音がする。
カーテンを開くと紡が手を振っていた。
「チェンジは無しだよ?」
「笑えないジョークだな…。」
迎え入れるといつもの軽口を叩くいつもの態度で安心する。
「夏目縹を元気づけに、この綾地紡が参上してあげたんだよ。ありがとうという感謝と、甲斐性なしの自分に対する自責と、女の子に甘えるのは恥ずかしいなっていう男の子の初心な気持ちの、三つの実存的問題に折り合いをつけるのを思い悩むのも分かるけど、私が来たからには大丈夫!なぜならこの私こそが、この三つの命題に対する存在論的三項対立でありながらも、止揚された高次の実在的規定でもあるのだから!」
彼女は胸に手を当て、顔はニヤケ面だった。
徹底的に揶揄うつもりだろう。
「つまり、どういうことだ?紡は僕の悩みの種であり、同時にそんな僕をいつでも受け入れる準備ができてるよってことか?やかましいわ。」
「縹がそれについて文句を言う権利はないんだよ。」
「そうだね…。」
だが小難しい言葉を並べた末の意味がそれでは、そう言いたくもなるだろう。
「せっかく来てもらったわけだが、ご飯にする?お風呂にする?それとも?」
「どうしてほしい?」
僕たちは言葉を用いて行われる籠城戦を繰り広げていた。
こんなもんプロレスだし、楽しいからやってるだけなんだけど。
予定調和の会話のリズムが落ち着く。
「抱いてくれないか?」
だがそれを自分からぶち壊す。
なんだか、そういう気分だったから。
「いいの?」
「ああ、いや、そういうのを要求してるんじゃなくて、抱きしめてくれないか?」
「本当に?」
「うん。」
紡はしばらくの間、僕をじっと見つめる。
僕の本心を探ろうとしているように見えた。
「本当なんだね?」
何がとは言わないが、言いたいことは分かる。
『ここまでやらせといて隠し事すんな』ってことだろう。
「いつか、話すよ。思い出したくないから。」
「ならいいよ。」
少し不満げな顔だが、僕の要求を呑んでくれた。
紡は僕を抱きしめる。
すると僕は意外な感触に心を奪われた。
あれ?
コイツ、意外とあるじゃん。
いやもちろんすごくあるとかではないのだが。
着痩せするタイプなのだろう。
何がとは言わないがすごく気持ちいい。
僕も紡を抱きしめた。
「ちょっと下心を感じたけど、まあいいんだよ。」
「なぜばれたし。」
心地良いを通り越して腹が立ってくる。
なんだかすごく複雑な気分だ。
「私はここで寝るよ?」
「いいけど…。」
「もちろん、見つからないようにするんだよ。」
「申し訳ない。」
布団の中で抱き合う形になる。
紡はふわふわしてて気持ちいい。
明日にはこの時間が終わると思うと切ないけど。
「寝たくない。」
「じゃあ寝るまでここにいるんだよ。」
「寝ろってことね。分かりましたともさ。」
紡が僕の頭を撫でる。
「この借りはいつか返すから…。」
なんとか意識を保とうとしたが、僕の抵抗は意味をなさなかった。




