第五十話 チキンライス
母さんとしばらく話したらようやく平常の精神に戻ったようで、彼女は「お腹が空いたわ」とだけ言った。
「じゃあ母さんの好きなチキンライスでいい?それとも赤飯が良かった?」
「しばらくはあなたに弄られそうね…。」
母はそう言いながらも満更でもなさそうだった。
隠しているつもりだったものを認められたとでも思ったのだろう。
「縹のチキンライスは好きだわ。家で食べるのも久しぶりね?」
「無理はしないでくれよ?」
ちなみに僕はチキンライスが嫌いだ。なんというかオムライスの完全下位互換という感じがして苦手だ。それに食べるうちに飽きてしまって、何度も何度も咀嚼しないと飲み込むことができなくなる。良い所を一つだけ挙げるとするなら、作るのが簡単で、手早く母との食事を終わらせることができるということくらいだろう。
フライパンに少量の油を注ぎ、ケチャップを先に炒めて、刻んだ玉ねぎを入れて、しばらくしたら適当に切ったウインナーを入れる。玉ねぎが透き通ってきたらご飯を炒めて、いい感じになったらバターを入れて、ご飯と馴染ませる。
塩コショウで味を整えたら完成だ。
作るのに15分もかからない。
「できたよ。」
僕は手早く配膳した。
「縹は食べないの?」
「済ませてきたよ。」
とは言っても、勉強を教えながらポテチをつまんでただけだが。
他人と食べるご飯ほどマズイものはない。
「なんだか、女の気配がするわね。」
「母さんがそれ言う?」
「否定しなかったわ!教えてよ。」
僕を揶揄うつもりみたいだ。
母は食べるのが早い人で、もう皿は空になっていた。
僕は逃げるように台所に向かい、皿を洗う。
母に紡のことまで踏み込まれたら、耐えられる自信がない。
「僕はそんなに色気づいてないよ。」
「まあ、詮索はしないわ。」
母はしたり顔でニヤニヤしていた。
満足してもらってなによりだ。
これで僕の役割は終わったとばかりに自分の部屋に向かおうとしたら、母に呼び止められた。
「久々にしない?」
元気なことだ。もう疲れてるとばかり思っていた。母の部屋に連れられ、僕は抱きしめられた。
身体が逃げたがっているのを理性で抑えながらも、どう乗り越えようか思案する。
高校生になってからするのは初めてだ。
もう分別とか何かしらの内省があって、大人しくなったとばかり思っていたが、そういうわけではなかったらしい。
母の手を紡の手と重ねる。
『これは紡の手だ。怖くない。』
僕は内面に閉じ籠もって、全力でなりきる。
切なくて出る涙も、母の庇護欲をそそる良い餌になるだろう。
「誰のことを考えてるの?」
母がそんな僕の内面に冷や水を浴びせるような言葉を投げかけた。
一瞬だけ身体がこわばったが、僕はこういうことには慣れている。
「これ以上揶揄うならやめるよ?」
「まったく、どこでそんなやり口を覚えたの?」
母を紡と思えば地獄も天国だ。
「あなたは私に支配されていると思っているのだろうけど、あなたが私を支配しているのよ。」
母の自嘲するようなその言葉が、僕の仮面を剥ぎ取った。
頭が理解を拒んで、身体の震えが隠せない。
「本当にかわいいわ。」
母は僕の身体の反応から僕の内心を見抜いたわけではないのだろう。
『そんなことで怒らないわ』とでも言いたげに頭を撫でた。




