第四十九話 ハンバーグ
姫宮さんに3時間で現代文のイロハを叩き込むことに成功した。
これは姫宮さんの要領の良さの現れだろう。
時刻は19時8分。
解散して僕は自宅の玄関の前にいた。
家の前に黒の中型車がいるのが気になったが、僕の家に帰るのに、僕が気を使うのは変だと思って玄関を開ける。
黒の革靴と母の靴がある。
妙に静かなのが気になって、僕はリビングにつながる片開き扉をそっと開けて中を覗く。
我ながら神経質だが、今日に限って言えばそのような僕の短所が幸いしたと言えるだろう。
中を覗くとハンバーグの生地をかき混ぜるのと空気抜きの二つが入り混じった音がした。
僕はあの二人は地雷原である花畑を走り回っていて、それに気づいてない能天気さは、幸福であると錯覚しているだけであり、自己自身に関係するところの関係である自己に対する無関心が、彼らがどん底に落ちていない理由であるという、そのような僕自身のナルシズムとルサンチマンの結託によって、僕の自己自身を保っていた。
僕はそのような自己自身も切り離す。
道化を演じて扉を開いた。
「母さん?」
男はバツの悪い顔をして立ち上がりながらも、外に出ようとするついでに僕を睨みつけた。
僕が「分かっています。お世話になってます。」とだけ母に聞こえない程度の小声で言うと、男は目を丸くした後に「すまない」という言葉とともに会釈し、僕もそれを真似た。
男はそそくさと家から出ていった。
道化である僕は何も知らないふりをする。
「縹、あの、なんというか…。」
母が言葉を選んでいる。
僕にとっては今更だというのに、まだ親子の体裁を保とうとするその図太さに感心しながらも、この場をなんとか丸く収めようと言葉を選んだ。
「母さんもスミに置けないなぁ。」
「親をからかわないでちょうだい!」
彼女は少しだけ安心したような声色になった。
「ただいま。」
最近は麻痺していたが、これが僕の家なんだと改めて認識した。




