第二十六話 処理
一時間目の化学の授業にて。
僕は授業にまったく集中していなかった。
いや、普段から授業など聞いていないのだが。
すごくソワソワする。
いや、もう誤魔化すのはやめだ。
腰から下の血の巡りが良くなって集中できない。
家で処理をしない僕は、他人から見れば紳士の風上にも置けないケダモノだろう。
言い訳をさせてほしい。
最近は紡との接触が増えているのに、処理をするための素材が不足している。
僕の家に素材が置けないのだ。
そうだ。全部アイツのせいだ。
思春期の男の子の心をたぶらかすなんて、許されざる大罪だぞ。
僕は自分のことを全力で棚に上げる。
ずっと思っていたことだが、一緒に遊ぶときのガードが低すぎる。
純朴な男の子である僕には目の毒だ。
そんな僕の頭に稲妻のような天啓が迸る。
「ないなら、作ればいいじゃないか。」
これがコペルニクス的転回か。
普段から趣味でキャラクターの模写をやっているが、オリジナルを作ったことはない。
イマヌエル・カントもきっとこういう気持ちだったのかもしれない。
ちなみに英語では、日本語の「カント」に近い /kʌnt/ は非常に強い性的な卑語であり、Kant は /kænt/ と発音するのが一般的である。
だから海外でカントの話をするときはちゃんと「イマヌエル・カント」を「イマニュアル・キャント」/ɪˈmæn.ju.əl kænt/ と言うのが無難であろう。このライフハックはかなり役に立つのではないだろうか?
「まぁ、海外に行ったことはないんですが。」
僕は素材の制作にとりかかる。
10分後。
「だめだ。これで処理したら、人として大事なものを失ってしまう。」
スカートをたくし上げてる女の子を下から見る構図を描いたのだが、絵から紡の面影が抜けない。
眼鏡だし、黒髪だけど髪型も同じだし、顔もうっすら似ている。
僕の中の「美少女」のイメージは完璧に綾地紡で固定されている。
まぁ、いいだろう。認めてあげるよ。
凡人ならば、心の中は後ろめたさと欲望の間のせめぎ合いばかりになるような、思春期男子特有の、中身のない葛藤をするのだろうな。
だが僕は一味違う。
「僕の『かわいい』を抽象化する。」
「そして属性を詰め込んで新しく作るんだ。」
そうだ。眼鏡は「知性と萌え」、髪型は「内向性」、顔は自分の好きな部分を抽出しろ。
僕は前髪に隠れている広い額が好きだ。
他にも……
10分後。
「ありがとう神様。やっと楽になれる。」
力作だった。
鉛筆で書いてるから白黒絵だが、そこは想像力で補完すればいいだろう。
「鬼畜くん、さっきからブツブツうるさいよ。」
僕の隣は姫宮さんだ。
化学の授業は理科室で、先生が気分転換だなんだと言って、教室の席とは違う配置にしている。
生徒用実験台が並んでいて、横並びに2人座る。
僕は一番後ろの、出入り口の近くの席だ。
「絵を描いてるじゃん?見せてよ。」
姫宮さんは恐ろしく速い動きで僕の素材を強奪しようとするが、僕はなんとか手を振り払って守る。
「あっ、綾地さんが…」
「え」
その瞬間に素材が奪われた。
僕としたことが、完全に踊らされた。
すると姫宮さんは反応に困った様子で
「あー、うん。大体分かった。」
「これ、綾地さんに見せるね?」
「お願いします。何でも言うことを聞きますから。それだけは勘弁してください。」
「ほう、ならいいでしょう。」
「ちなみに『何でも』っていうのは10万円が上限だからな?それ以上はするなよ?」
「私を何だと思ってるの?」
彼女は呆れながらこう言った。
「じゃあ、綾地さんをデートに誘いなさい。」
「はぁ?」
彼女の真意が掴みきれなかった。




