第二十五話 化粧
僕の家の前に、黒の中型車が止まっていた。
車が街灯に照らされて運転席が見える。
僕の顔見知りではなく、青い長袖シャツを着た男だということだけは分かる。
男が会釈をしてきたので、こちらも頭を下げる。
どうやら母の関係者らしい。
リビングには母がいた。
彼女のベースメイクはいつもより若干濃いめだった。
本当にじっと見ないと分からない程度であるが、首と顔の色の違いが不自然だ。
リップは普段の、色の薄いピンク系の口紅ではなく、落ち着きのあるローズ系に変わっている。
「ただいま、母さん。」
「おかえり、遅かったわね。」
「友達と盛り上がってしまったよ。」
「勉強もしなさいよ?」
「成績はいいけど、まだまだこんなもんじゃないはずよ?一番を取ってもらわなくちゃ。」
「母さんは一番なんて取ったことあるの?」
適度に反抗してみる。
さっさと終わらせたい。
「証明できないけど、貴方と同じ高校で一番だったわ。」
これだと弱いな。
褒めたほうが早いか。
「母さん、やるじゃん。」
「何のこと?」
「化粧がかわいくなってる。まだまだやれんじゃないすか?」
からかうようにそう言った。
彼女は一瞬だけ非対称の笑顔を見せて、少しだけ機嫌が良くなった。
「そうやって、女の子を口説いてないでしょうねぇ?あなたが魔性の男にならないか、ちょっと心配だわ。」
なぜか、少しだけ胸がズキリとした。
今は褒めることに集中しろ。
そう自分に言い聞かせた。
「いや、おべんちゃらを言ってるんじゃなくて誰が見てもそうだと思う。若造りじゃない、ちゃんとキレイな人になってるじゃん。」
「以前は若造りに必死だったと言いたいの?」
「しまった!」
母はケラケラ笑った。
どうやら、また仕事らしい。
「夜も仕事?大変だね?」
「まったくよ。一人にしてごめんね?」
「はいはい。いってらっしゃい。」
僕は、母の背中を軽く叩いて外に出した。
「疲れた。」
シャワーを浴びた後、ベッドに寝転ぶ。
僕の部屋に娯楽は何もない。
私物は大五郎さんに許可を取って、空き部屋に避難させているが、綾地家に泊まるというのはさすがに憚られる。
「スマホで気を紛らわせよう。」
僕は「さ◯らんぼキッス〜爆発だも〜ん〜」をループ再生して寝落ちした。




