第十六話 大人
「君のことは紡からよく聞いているよ。」
「というか、君の話しかしないんだけど。」
綾地の父親が家庭内での彼女の様子を語る。
「以前は一言も喋らなかった。」
「君は紡の眼鏡みたいなものかもしれない。」
「君との思い出を生活に持ち出して、日常を少し楽しめるようになったように見える。」
「私は紡に信頼されてない。」
「『パパに相談するくらいなら、自分で考えたほうが早い。』って言われちゃったよ。」
「そんな紡が、初めて私を頼ってくれた。」
「うれしかったよ。」
彼は、本当に嬉しそうに微笑んだ。
そしてここからが本題だと、顔を引き締める。
「そこでだ。」
「うちに婿入りしないか?」
「へぇ!?」
変な声を出してしまった。
「なかなかいい話だと思うのだが?」
「いや、娘さんの許可は?」
「君が取れ。」
「そんな、できませんよ。」
「頼む!責任を取ってくれ!」
「僕は指一本触れてません!」
「そうすれば、君を守ることができる。」
あぁ、そういうことか。
でも頭が混乱する。
結婚?まるで想像ができない。
「最低限、高校を卒業するまでしてくれたら結婚して構わない。それまでの間は耐えてくれ。
大学を出たいのなら、費用の全てを綾地家が負担する。それだけの用意がある。」
初めて、僕のことをちゃんと見て、力になろうとする大人に出会った。
ここで「はい。婿入りします。」なんて言ったら僕は一生変われない。
「それは、お答えできません。」
彼は「でも!」とだけ言ったが、
その先の言葉を飲み込んだ。
「僕をたすけてください。」
「よく言った!」
彼は僕の頭を撫でた。
涙が止まらない。
僕の人生にこんな人が現れるなんて。
「今日から君は私の息子だ。」
そう、まず彼の息子になるものとして聞かなければならないことがある。
「名前、何ていうんですか?」
「覚えてなかったのか…。」
綾地大五郎。彼の名前を心に刻んだ。




