再会
オレはマイローを制圧して、メット入りを視野に入れた。
「オデル様にお会いしたいと申している者がおります」
トヨルドはそう言うと顔をクシャクシャにする。
「アシリア皇太子よりの使者です。バタフライ様の親戚でもあります」
背筋を伸ばしトヨルドを見つめる。
「お主の知っておる者か?」
トヨルドの様子を窺おう。
「マイローアタックの折、世話になりました。」
やはりそうか。
すでに近くに居たか。
前世も、そうだったのだろう。
「マイローの地勢や、オッペン城内外に精通しておりました」
「気品と知性に溢れる男であります」
トヨルドは大きく目を見開いた。
「お前が人を褒めるのも珍しいな」
オレは嫌味を言って、トヨルドの反応を窺う。
「私は人を見る目があるから、オデル様に仕えているのです」
こいつと話していると喰われそうだ。
◇
マイローのトラス修道院でアデルと再会した。
……今世では初対面だが。
感慨と怨嗟と、少しの畏怖が入り混じる。
「アデルと申します。アシリア皇太子よりの書状を持って参りました」
凛とした佇まいで礼をした。
――あの、灰燼の炎の中以来、アデルと対峙した。
面つらを拝むと憎しみが込み上げる。
炎が立ち上がり、焼ける臭いさえ甦る。
あの時の恨み……。
今ここで殺すか?
胸の奥から湧き上がる衝動を、歯を食いしばって抑え込む。
思わず顔が歪むが表情に出さぬよう。
ここはガマンだ。
「拝読いたそう」
書状を受け取った。
あらためて面を拝むと、若くてイケメンだ。
15年ぐらい前だからな。
「オデル様こそ、天下を獲る御仁と見込んでお願い致す」
「メットにお入り頂き、アシリア様を皇帝として擁立願いたい」
オレの耳に響いたのは、昔と変わらないアデルの声。
――この声に何度救われたことか。それも事実だ。
アデルは真っすぐな瞳でオレを見た。
……イヤ、僅かに瞳が揺れている。
「……うむ」
喰らいつきたい要請だが、もったいをつける。
「うーーーむ。……アシリア皇太子の願いとあらば致し方ないのう」
顎をさすり、アデルを見る。
目が合うと、あいつはこちらの眼底まで見詰めていた。
「よろしくお願い致します」
頭を下げることにより、視線を外した。
……見詰め合う事に耐えられなかったのか?
「オデル様には皇帝の権威が、アシリア様にはオデル様の力が得られます」
アデルは面を上げて、この会談の核心に迫った。
「ウィンウィンじゃの」
オレは期せずして笑みを作った。
◇
数日後、同じ場所で豪華な宴席を設けアシリア皇太子を招く。
「これは見事でございますな!」
アシリアは目を丸くしている。
「タイタン号という、舟盛でござる」
内陸のマイローでは珍しい魚介類だ。
「こちらは、シナ国から渡来した菓子です」
金銀を施した器や、陶磁器でもてなした。
「……うむむ、何と甘いことよ」
アシリアは砂糖をふんだんに使ったものを初めて口にした。
「オデル殿はいつもこのようなものを食べておられるのか?」
アシリアは少年のように感動している。
……簡単な人だ。
「では、ここで誓いの盃を」
垂涎の料理に目もくれず、アデルが取りまとめる。
「乾杯!」
オレ達は盃を交わし、飲み明かした。
――アデルとの下話の段階で、話はついていた。
今日はオレとアシリアの面通し。
年下で人のいいアシリアとオレは、酒を交わしスグ打ち解けた。
「ところでルイ、オレにも欲しいものがある」
アシリア皇太子を下の名前で呼ぶ。
「なんでも言ってくれ、アニキ」
アシリアはだいぶ酔っている。
「アデルをオレの家臣にくれ。」
今がチャンスと切り出す。
「もちろんだよ、アニキ」
この人に駆け引きはないのか?
オレはあっさりとアデルを手に入れた。
その有能さを前世から知っている。
……そして、インスティクト大聖堂で復讐するために。
今度は負けない。
――裏切ることを知っているから。
その時まで、……前世以上に可愛がってやる。
楽しみにして居れ。
「そういうことだから、よろしく頼むな」
アデルを見詰めるオレの瞳に、怨嗟の炎が灯る。
「今一番勢いのあるお方。こちらこそ光栄です」
というと、頭を下げた。
手が震えた。
外れた視線から一瞬、殺気が感じられる。
……目を合わせないのが気になる。
オレの視線がきつ過ぎるのか。
……感情は押し殺さねば。
再びアデルを家臣とすることで、オレの中にも緊張感が芽生えた。
◇
「いざ、出陣!」
ハプスブルグが先陣を切り、メットに軍をすすめた。
カルーセル、ウインザー、トヨルドにアデルの手勢が続く。
アデルの手勢には、アシリア皇太子を伴う。
我々こそ正規軍という面構えだ。
制圧して手勢に加えたマイローの軍も入れると、6万の大軍となった。
「うむ、周りに敵がおらんの」
ハプスブルグが濃い眉を上下に揺らす。
「6万の軍に雑魚どもは手を出せないな」
オレは満足して行軍する。
最後の要所スクエア城に迫った。
「包囲しろ!」
ハプスブルグの号令で城を取り囲んだ。
「オデル様、号令を!」
ハプスブルグは戦闘の合図を請うた。
戦いの幕開けに、一発イグニスをかましたろうか。
オレは詠唱をすべく、胸の前で手を組む。
「お待ちください、オデル様」
アデルが叫んだ。
「敵はもう、詰んでおりまする」
今度はトヨルドが叫んだ。
なんだなんだこいつら。
オレの詠唱の邪魔しやがって。
耳を澄ますと、スクエア城内は喧々諤々の騒ぎ。
……内部分裂をしているようだ。
「オデル様、このまま開城させましょう」
アデルが進言した。
「工作は完璧です。無用な戦は必要ありません」
今度はトヨルドが進言した。
……オレはしばし逡巡した後、アデルとトヨルドを睨みつけた。
「黙れ」
「おまえら……浅い」
「その上に、炎を撒く」
一喝してやった。
「灰より生まれ、すべてを焼き尽くすもの、我が意に従え――イグニス‼」
紅蓮の炎が、スクエア城を包んだ。
アデルとトヨルドは、蒼白の顔で自失していた。
オレは他のナイトが恐れをなす圧倒的魔力を持つ。
他のものが恐れる魔力が絶対的権力の礎だ。
この炎は、オレの独裁政権のための布石なのだ。
指先が焼ける。一瞬、視界が歪む。
魔力の大量消費は代償が重い。
オデル軍は、燃え盛るスクエア城を尻目に、そのまま進軍した。
アシリア皇太子を伴い、メットの後宮に入る。
――無事アシリアは皇帝の位を戴冠した。
「アニキにも、副将軍を授けようか?」
満面の笑みのお気楽皇帝は、褒美をくれようとする。
「ルイ、気持ちだけでいいよ。オレの柄じゃない」
と固辞し愛想笑いを貼り付けた。
悪いが、アンタの部下にはならない。
オレはいずれ、皇帝も教皇をも上回る圧倒的権威になるのだから。
その夜――
トヨルドは眠れず、考えていた。
「……オデル様は、危険だ。だが——それでも賭ける価値がある」
アデルはひとり、闇の中で呟いた。
「……あの方は天下人か、破滅の化身か」
その瞳に、恐怖が宿っていた。




