緊迫
「おぼっちゃまが勘違いしないように、これを渡してきてくれ」
オレはアデルを呼びつけて書状を渡した。
「内容を検めてよろしいですか?」
アデルは丁寧な笑みを投げかけた。
「付け足すことがあるか確認しろ」
アデルは頭がいいからな。
16の要求がある。
前世では、アシリア皇帝が勝手に命令を出したりして内乱になったからな。
同じ轍は踏まない。
16あるが簡単に言うと、こういうことだ。
1. オレの許可なく皇帝にナイトが会ってはいけない。
2. オレの許可なく皇帝がナイトに命令を出してはならない。
3. 功のあったナイトへの褒美はオレが差配する。
「さすがにございます」
アデルは感服して手を突いた。
凛としたまま、オレに平伏している。
オレは、それが本心からなのかを見極めたい。
視線や口元の動きを探りたいが下を向いていて分からない。
わざと読まれないようにいるのか?
いやいや、勘ぐり過ぎだろう。
疑心暗鬼になり過ぎるのも疲れる。
「褒めるということは、完全にオレの家臣となったか?」
オレはアデルの目に宿るもの見定める。
「アシリア皇帝はいずれ身をやつすかと……っ……」
一瞬「はっ」として言葉を止めた。
何を呑み込みたかったのか?
アデルは口元を手で覆った。
「もちろん、飴も用意している」
オレは知らんふりをして、不敵に笑った。
「ルイに城を与える」
かなりの贈り物だ。
しかし、
――これにはアデルは驚かなかった。
普通ではない贈り物だと思うが。
「この間のように、ルイが襲われては危ない」
先ごろアシリア皇帝は仮住まいを襲われた。
今のボロ屋では守りにならない。
「鉄壁の浮遊城を作るのだ」
――これにもアデルは眉すら動かさない。
「皇帝を守るには浮遊城は最適でございますな」
反発する魔力で浮遊する城は守りが固い。
攻め込みづらいし、移動もできる。
常に命を狙われる存在だ。
――オレの傀儡として守らねばならん。
「うまく丸め込めるか?」
「お任せください」
自信に満ちた笑顔で答えてきた。
「1つに、天下の静謐のため」
つまり、皇帝を矢面に出さない為。
「2つに、悪臣を払うため」
つまり、面倒臭い奴らから皇帝を守る為。
「オデル様はアシリア様のサポーターであると」
アデルはオレの顔を見詰めた。
「良いストーリーだな」
オレもアデルを見つめ返す。
「操り人形であることに気付かぬよう転がすのだ」
オレの本音にアデルの表情を窺う。
「私はオデル様の命に従うだけです」
相変わらずクールな奴だ。
トヨルドのような面白みに欠ける。
「トヨルドを呼べ」
築城はトヨルドに任せる。
「浮遊城を90日で造れ」
と言って図面を渡した。
「お急ぎですよね?」
トヨルドは目の動かない笑みを作る。
「アシリアに何かあったら面倒だからな」
と言ってトヨルドを見据える。
――お前は前回もそうしたのだよ。
「60日で造りましょう」
何? 声も大きく自信に満ちている。
「策があるのか?」
鼓動が早くなる。どういうことだ?
「亜人を使います」
トヨルドはドヤ顔で答えた。
「お前は、亜人を使えるのか?」
前世でそんなこと言ってなかった。
「亜人とのネットワークを持っています。」
初耳だ。
「いつそんなものを作った?」
聞かずにはいられない。
「オデル様と違って、卑しい私にはもともと縁があるのです」
トヨルドの顔が慇懃に歪む。
「お前は亜人たちに命令ができるのか?」
半獣半人の民をコントロールできるとは思わない。
「亜人奴隷の市場があるのです。そこで100くらい購入します」
こともなげに答えた。
「亜人は金で買える。金は裏切りませんからね」
その笑みは、どこか歪んでいた。
まったくトヨルドは底知れぬところがある。
アデルと共に注視しなければ。
亜人のドワーフは情で動く、見誤らなければ良いが。
◇
オレはアシリアを皇帝として宣言させた。
全国のロード達に通達を出す。
メットにいる我々へ挨拶に来るように。
貢ぎ物を持って、馳せ参ずるように。
これはオレの力を計る踏み絵だ。
何人のロードがオレに従うか。
現時点の試金石になる。
「まだ顔を出さないロードは?」
イラつきながらアデルに尋ねた。
「タケル、ウエルシア、モウルド、アサルド。」
「うぬぬ、舐めやがって」
鉄の扇子で地面を叩く。
椅子を蹴飛ばす。
蹴った椅子が、思わずアデルに激突する。
アデルは痛みで顔をしかめうつむく。
――たまたま、その椅子は銀製品だった。
椅子が重たかったから、アデルはさぞ痛かっただろう
……ということではない。
うつむいたアデルの顔が銀に映りこんだ。
――目に炎が揺らめく怨嗟の形相。
一瞬だけであった。
顔を上げると、アデルは何事もなかったように答えた。
「しかし、いずれも実力者。簡単にいきません」
「分かっている。ひとつひとつ潰して行く」
背筋に冷たいものが流れたが何食わぬ顔で答えた。
――アデルの手前ハデに怒る。
分かっていることだ。
「まずはアサルド伯爵から」
「旧世代にはご退陣いただく」
立ち上がってアデルを見下ろす。
「アサルドはかつての主君だろ。大丈夫か?」
アデルの表情の変化を窺う。
「私はアサルド様に見切りをつけてアシリア様に付きました」
「そして今は、オデル様に付いております」
――そう考えると裏切り尽くめだな。
「わたしは、アサルド軍を熟知しております」
アデルは表情を変えずオレを見据えた。
「アサルド攻略はお任せください。」
「分かった、ところでアサイル伯爵に援軍を頼めるか?」
アデルの頬が、わずかに瞬く。
「承知いたしました」
その声は静かだったが、指先だけがわずかに震えていた。
「アサイル伯爵にはオレの妹が嫁いでいる。親戚だ」
「あと、トスクブルグ男爵にも援軍を頼め」
オレは万全を尽くしたはずだった……。
◇
「出陣じゃ!」
先陣はいつものハプスブルクとカルーセルに任せる。
中盤にアサイルとトスクブルクの援軍チーム。
殿しんがりにトヨルド、アデルの新参コンビという布陣だ。
この鉄壁の布陣ならアサルドに負けるはずはない。
しかし、
――前世でまさか、親戚のアサイルに裏切られたのだ。
突然裏切ったアサイル軍が、オレの首を狙った。
わが軍は挟み撃ちされ、崩壊した。
あの時、10人のお供だけ従えて、命からがら逃げたのだ。
アデルとトヨルドの殿が命がけでオレを守ってくれた。
――分かっていても、あの地獄をもう一度体験したくはない。
何か良い策はないか?
――この布陣、この距離、この空気。
すべてが、あの日と同じだった。
オレは何の懸念もない顔をして、しらばっくれる。
――アサイルの軍旗が、ゆっくりと反転した。
「……やはり、始まりましたか」
アデルは、微かに笑っていた。




