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死の退却

「トヨルド、アデル、アサイル軍を挟み撃ちにしろ」


 オレは奴らには、仰天の策を命じた。




 やられる前にやる。


 それだけだ。


 前世の轍は踏まない。




 トヨルドもアデルも困惑の表情を浮かべる。




 しかし、


 ――微笑して、先に動いたのはアデルだった。




 その笑みは、


 「ついに来たか」とでも言いたげだった。




 「アサイル殿は、裏切り者なり!」




 アサイル軍にざわめきが起こった。


 ――確かに軍機が翻っている。


 アサイル軍の隊列が大きく揺れた。


 槍を構えた兵たちが互いの顔を見合わせる。


 「何が起きている?」


 「伯爵閣下は裏切ったのか?」


 怒号と困惑が波紋のように広がっていく。


 指揮官の命令を待つ者。


 勝手に後退を始める者。


 武器を構えたまま立ち尽くす者。


 わずか数十秒。


 しかし戦場では、その数十秒こそ命取りとなる。


 オレはその混乱を見逃さなかった。


 「今だ。敵が迷っているうちに押し込め!」




 しばしの沈黙が両者に流れる。


 ――アサイル軍からも声が上がった。




 「アサルドとアサイルは竹馬の友」


 「敵は天下のうつけ、オデルなり!」




 ――来た。




 前世と同じ声。


 同じ軍旗。


 同じ罵声。


 同じ裏切り。




 味方であったはずが、お互いに罵り合い開戦した。




 アサルド伯爵の軍勢も一気に駆け付けた。




 ――前世では狭い道で挟み撃ちにされたので袋のネズミとなった。




 今回は、そこに至る前の平地で開戦した。


 これなら数に勝るわが軍の有利。


 

 前世では、この判断ができなかった。


 狭い谷へ誘い込まれ、退路を失い、味方は折り重なるように倒れていった。


 悲鳴。


 血。


 焼けた肉の臭い。


 すべてが昨日のことのように思い出される。


 あの戦場で死んだ者たちの名前を、オレはいまだ一人残らず覚えている。


 だからこそ同じ道は選ばない。


 今、この平地で戦えば包囲されても突破口を作れる。


 歴史は、確実に変わり始めていた。



 「一気に押し込め!」


 オレは気勢を上げた。


 形勢は絶対の有利。




 「トヨルド、アデル押し上がれ!」


 「トクスブルグと3軍で、アサイルを封じ込めろ」


 一気に囲い込む。




 それぞれの軍が魔石銃の隊列を組み、陣を押し上げた。


 「イグナイト、フォーカス……スルー!」


 号令に合わせて8列の射撃隊×3組が一斉射撃する。




 アサイル軍は退路を断たれる。


 「た、た、退却だーーー」


 3方を囲まれた恐怖で統率が乱れた。




 「ハプスブルグとカルーセルでアサルドを迎え撃て」


 「オレも加勢する。3方を取り囲む」


 アサルド軍もわが軍に包囲された。




 よし、行けるだろう。未来は変わる。




 情を捨てた。


 親戚のアサイルが裏切る前に、こちらから裏切った。


 それが功を奏した。




 妹のことは忘れる。


 戦乱の世だ。情に棹せば流される。


 脳裏に妹の顔がフラッシュバックする。


 思考が止まる。




 泣きながら嫁いでいった妹の顔がよぎる。


 「兄様なら大丈夫」


 あの日、そう笑っていた。


 ――切り捨てろ。


 ここは戦場だ。




 「オデル様、危ない」


 クロスボウの流れ矢が飛んできた。




 家臣の咄嗟の掛け声で、我に返って避けた。




 いかん!


 ――ここは戦場だ。断ち切らねば。


 迷いは命取りだ。




 どうだ、そろそろアサイル軍は壊滅か?


 「トヨルドたちの戦況はどうだ?」




 意外とトヨルド達の進撃に時間がかかっている。


 ――3対1で造作もないはずだが。


 伝令兵に様子を見てこさせた。




 「……。」


 「あっ、あ、亜人の大群です!」


 トヨルド軍の伝令兵が息せき切って戻ってきた。




 「亜人ドワーフの軍5万余が、トヨルド軍を襲撃しています」


 伝令兵の顔は恐怖で歪んでいる。




 「5万?」


 途方もない数にオウム返しした。

 

 聞き間違いではないかと思った。


 この辺境に、それだけの兵力を隠せるはずがない。


 いや。


 兵ではない。


 ドワーフなら坑道を使える。


 地下を移動すれば、これほどの大軍でも誰にも気付かれず集結できる。


 その瞬間、背筋を冷たい汗が流れた。


 これは偶然ではない。


 誰かが、トヨルドだけを狙って仕組んだ罠だ。

 


「はい。どうやらトヨルド様を狙って襲撃しているようです」


 

「是非もない」




 筋が読めてきた。


 浮遊城を60日で建築すると言っていた。


 土台ムリな話だ。




 トヨルドはドワーフを酷使して、恨みを買っているのか?




 「わが軍もトヨルドの援軍に回る」


 アサルドは、ハプスブルグとカルーセルに任せて、トヨルドの援軍だ。




 勢い付けて駆け付ける。


 ――そこは、凄烈な光景が広がっていた。




 圧倒的な数のドワーフが突進してくる。


 長い髭に読み取れない表情が恐ろしい。




 斧を振り回して、死を恐れずに猪突猛進してくる。


 倒しても倒しても、地面から湧いてくるようだった。




 「撃てーーー。魔石銃の隊列を組みなおせ!」


 トヨルド、アデル、トクスブルグの軍は向かってくるドワーフに魔石銃を浴びせる。




 ――しかし、焼け石に水。


 死を恐れずに、圧倒的な数で波状的に突進してくる。


 撃てども、撃てども、ドワーフは湧いてくる。




 トヨルドは屈んで、キャノン砲を打ち込む。




 アデルは、マスターしたての水魔法を詠唱する。


 「止めどない水龍よ、フルーメン!」


 津波がドワーフを襲う。


 しかし、重心が低いドワーフ族は簡単に流されない。




 トクスブルグは、イマルド公爵直伝の雷魔法を放つ。


 「瞬きの間に討て雷いかづちよ、トニトルス!」


 幾つもの雷が、ドワーフを直撃する。




 弾き飛ばされるドワーフもあるが、圧倒的な数。


 次から次に湧いてくる。




 ――気が付くと囲まれているのは、こちらじゃないか!


 これはヤバいのではないか?


 形勢不利は間違いない。




 「トヨルド様より伝令です」


 伝令兵が息せき切って飛び込んできた。




 「我が軍圧倒的不利。オデル様、山道よりお逃げください」


 まさか? さっきまで断然有利であったのに。




 「アデル様より伝令です」


 今度はアデルの伝令兵が息せき切ってきた。




 「アデルとトヨルド、命を捨ててオデル様をお守りします」


 「圧倒的不利。山道よりお逃げください」


 決死の覚悟がオレの胸に響いた。


 ……なぜだ?


 なぜ、そこまでしてオレを守る?




 「オデルさまーーー! 無事ですか?」


 ハプスブルグとカルーセルが戻ってきた。




 「ドワーフの奇襲は半端ありません」


 二人の顔も必死で張りつめている。




 ――これは


 結局、前世と同じではないか!


 追い詰められてしまったではないか!


 不甲斐ない。




 「退却だ! 山道から行く!」


 ハプスブルグとカルーセルを伴い10数名で、山道に駆け出した。




 命がけで、……100㎞に及ぶ道を2日間で走破した。


 何とか、……生き延びる。






 さらに2日後……


 泥にまみれて、衣服もボロボロのアデルとトヨルドが戻ってきた。




 「おっ、お、お前たち。命あったか」


 ズタボロになった奴らを見てオレも胸が動く。




 「初めて本気で命を賭けました」


 二人は泥まみれの顔で、初めて笑い合っていた。




 ――仲の良くなかった二人が、生死を共にして笑い合っている。


 「オデル殿をお守り出来て良かった……」


 と言って精魂尽きた二人に、オレの胸から目頭に熱いものが上がってくる。




 まただ。


 また、命を捨てて守られた。




 なぜだ?


 なぜ、裏切るはずの奴が、こうまでしてオレを守る?




 ――本当に裏切ったのは、アデルだったか?




 胸の奥で、前世への確信が……音を立てて崩れ始めていた。

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