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8/30

アタックマイロー

「ところでマイローにアデルというナイトがおったじゃろう。」


 オデル伯爵は唐突にトヨルドに聞いた。




 「よくそのような者までご存じで」


 「義父様にお仕えしていたのですが、息子のラーゴンが当主となった時に転籍したとか」


 トヨルドは情報通だ。世間をよく知っている。




 「今はアサルド伯爵に仕えているということです」


 「確かに、オデル様が目をつけるのも頷ける、切れ者との評です」


 アサルド配下か。前世と同じだ。




 オレはメトロポリタンを目指している。


 前世の通りなら、その過程でアデルと出会う。


 ……いよいよか。楽しみだ。


 来たか。

 

 遂に来たか。


 オレを殺した男!


 鉄の扇子で地面を叩いた。


 胸の奥で、あの日の炎が蘇る。


 大聖堂を包んだ紅蓮の業火。


 焼け落ちる天井。


 血の匂い。


 そして最後に見た、アデルの顔。


 あの瞳には憎悪があったのか。


 それとも悲しみだったのか。

 

 今度こそ確かめる。


 奴は本当に最初から裏切り者だったのか。


 それとも、何か理由があったのか。


 復讐の炎は消えていない。


 だが今回は、怒りだけで剣を振るうつもりはない。

 



 「時に、ドネルリバーの砦は制圧したか」


 「すでに、オッペン城を取り囲むまでとなっております」


 その返事は自信に満ちて部屋に響く。不敵に笑む。




 トヨルドは、小柄な躰を隠すような重厚な甲冑に身を包んでいる。  


 男爵位を授かり、今回の作戦の現場工作を指揮する立場だ。




 「首尾順調か……」


 なぜか、汗が滴る。


 トヨルドのしたたかさに薄ら冷たいものを感じる。




「ハプスブルグとカルーセルに出陣の御仕度を伝えろ」




 「承知しました」


 新参者なのに、古参の者にも臆面はない。




 ◇




 オデル軍はドネルリバーを西に向かった。


 ハプスブルグを先頭に、カルーセル、トヨルドの軍勢が続く。


 オレは後方に控える。




 「トヨルド、いかにして寝返らせる?」


 オレは華奢な躰のトヨルドを見やる。


 小さい。


 この男は見た目で損をしている。


 しかし頭脳だけなら天下一品だ。


 

 ただ、その有能さゆえに敵も多かった。


 小柄な体格を嘲笑われ、戦場を知らぬ机上の軍師と陰口を叩かれることも少なくない。


 そのイメージを、自ら塗り替える。

 


 「これにございます」


 トヨルドは華奢な躰に大きな甲冑を身に着けている。


 こいつは、小さい躰を恥じているのか。


 大きく見せたいのかと思っていた。




 トヨルドがわずかに屈むと。


 背中から2つの太い銃身が突き出した。




 「ドォォォォォォォン!」


 轟音が炸裂してコバルトの魔石が放たれた。


 魔石銃をキャノン砲に改造したか?




 オッペン城の石垣が大きく崩れた。


 「これが合図でございます」


 城壁の上に立つ兵士が、わずかに旗を揺らした。


 一度。


 二度。


 三度。


 トヨルドも小さく頷く。


 互いに決めていた暗号なのだろう。


 一歩間違えれば全員が処刑される。


 命懸けで送り続けた合図。


 戦とは剣だけで決まるものではない。


 情報を制した者が戦場を制する。


 トヨルドは、その恐ろしさを誰より理解していた。



 なんと、砦を守る敵兵がオデル軍の進軍に敬礼する。



 「このように、内通されておりまする」


 オレは大きく頷いた。




 「さすがだな、トヨルド」


 オレは感服してトヨルドを誉めてやった。




 ――しかし、トヨルドの瞳からはまだ険しい緊張が見て取れる。




 「どうした、トヨルド」


 投げかけてみた。




 「裏切りの裏切りは定石。最後まで油断はなりません」


 ――前世でオレは裏切りを甘く見ていたかもしれん。


 それがアデルの裏切りを招いたか……。




 トヨルドの緊張感を見て、わが身の不覚を感じた。


 オレよりしたたかか……。


 うすら寒いものを感じる。


 前世のオレは、自分の力を信じすぎていた。


 剣があれば勝てる。


 魔法があれば押し切れる。


 そう思っていた。


 だが天下を獲る者に必要なのは、それだけではない。


 人の心を読み、裏切りを読み、裏切りの裏切りまで読むこと。


 そこまで考えて初めて覇王になれる。


 ――トヨルドは、それを若くして理解していた。



 オッペン城の前に辿り着くと、城門は開け放たれていた。



 「突撃だ!」


 切り込み隊長のハプスブルグが手勢を鼓舞した。




 「お待ちなされ!」


 トヨルドのよく通る声が響いた。




 「裏切りは最後の最後まで決めかねるもの」


 「こちらの圧倒的優位を見せつけるまで腹は決まらぬのです。」


 トヨルドの小さい顔は緊張の糸で張りつめていた。




 「……うるせえな、おまえ。生意気なんだよ」


 ハプスブルグは太い眉を不快に寄せる。


 カルーセルも整った顔で静かに頷く。




 「進め!」


 ハプスブルグの手勢が城門を通過した。




 ゴロゴロゴロゴロゴローーーー。


 城門に向けて、身の丈より大きな岩が2つ、3つ、4つ……と転げ落ちる。



 ハプスブルグの手勢は堪らず退却をした。



 「ハプスブルグ殿。裏切りの裏切りを甘く見てはなりませぬ」


 トヨルドは緊張の中で不敵に微笑む。



 「裏切りの連鎖を回避するため、我らは合図を決めておりまする」


 トヨルドの話にハプスブルグは不快そうだ。




 「先ほどのキャノン砲が進軍の合図」


 「内通者はそれに呼応して開門し、場外に逃げた」


 「中に残るはラーゴンの親族のみ」


 トヨルドはますますノッテきた。



 「そして、次の合図はオデル様の得意技にございます」


 「オデル様お願いします」


 トヨルドはオデルに拝礼した。



 「裏切りは……最後に勝った者が正義だ」


 オレは笑った。



 「ならば見せてやろう――“絶対に裏切れない戦場”をな」


 周囲の兵たちが息をのむ。


 オレの炎は敵味方の区別なく恐れられていた。


 一度燃え広がれば誰にも止められない。


 だからこそ最後の切り札。


 退路を断たれた兵ほど恐ろしいものはない。


 炎は城を焼くためではない。


 ――心を焼くために放つのだ。


 

 「我が意に従え――イグニス‼」


 オレはイグニスを軽い詠唱で放った。



 炎は、城だけではない。


 退路すら焼き払った。



 オッペン城が炎に包まれる。


 もうラーゴンは袋の鼠だ。トロ火でじっくり料理する。



 すると、


 あの3名のナイト……バイナー、アンドロー、ハウゼンが手勢を連れて現れた。




 「オデル様お目にかかれて光栄至極にございます」


 代表してバイナーが挨拶する。両名も続く。




 「われらに目をかけていただき感謝しております」


 ハウゼンが恭しく頭を垂れる。




 「オデル様の臣下となったご挨拶をさせていただきまする」


 アンドローがそう言うと、3人は魔石銃を取り出す。




 腰を落とし、魔石銃をオッペン城に向けて照準を合した。


 「イグナイト、フォーカス……スルー!」  


 三つのコバルトブルーの魔石が、空気を震わせて放たれた。



 魔石は見事にオッペン城の天守を捉えた。



 城に縦横無尽の亀裂が入る。小石が転がる。


 ――次第に大きな石が落ちてくる。



 「グォォォォォォォ――――――――ン」


 オッペン城が崩壊した。


 そのまま紅蓮の炎に包まれる。



 「見事じゃぞ」


 あらためて3名の顔を見て礼を言った。



 ふと、


 ――バイナーの手勢に見知った顔があるような気がした。



 焦点を合わせて目を凝らす。



 「おい、バイナー殿。お主の後ろのその者は?」


 「この者ですか?」


 バイナーはオデルのご指名にビックリして目を細める。



「カスガーと申しまする」


 その名を聞いた瞬間、背筋が凍った。


 前世では、最後までアデルの右腕として動いた男。

 

 表に立つことは少ない。


 だが水面下で諸侯を動かし、密偵を操り、裏切りを成功へ導いた策士だった。


 戦場で剣を振るう強者より、こういう男の方が恐ろしい。



 この間のアサシン?、後のカスガー卿。


 ……こいつが将来、カギを握る。 


 ……今なら。


 今なら歴史を変えられる。


 アデルの側へ行く前に引き抜くか。


 それとも泳がせて未来を探るか。


 オレは表情一つ変えず、その男を見つめ続けた。


 

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