策略
小国のオレがイマルド公爵を打ち破ったことは、イアポニア国中に伝播した。
『小をよく大を制する』
兵の数こそが武力だという常識をオレは変えていった。
情報戦の重要さも増していった。
――アサシンが1名戻ってこないという誤算もあったが……。
イマルドの領地が弱体化したことで、オレは西に目を向けた。
――ゴー・ウェスト、ゴー・メット、道は開ける。
西の隣国マイローを虎視眈々と狙っていた。
――ある日
「兄が病死したとは、まことか?」
妻のバタフライは、落ち着いた声で聞いてきた。
「辛かったな」
妻の心を慰める。
バタフライは、弱い表情を見せた。
しかし次第に、一点を見つめた目の奥に炎が宿るのが見て取れた。
――思い切って言ってみる。
「うむ。マイローを攻めるチャンスが巡ってきた」
マイローは妻の生まれ故郷。一応様子を窺う。
「兄のラーゴンは妾の子。愛する父を殺した裏切者」
瞳の中に静かな怨嗟の炎が灯る。
「お前をオレにくれた義父への弔いでもある。後を継ぐ兄の息子は、まだ鼻たれ小僧だろ?」
「14~5と聞いています」
「義父はうつけを言われたオレを愛してくれた。お前をくれた。弔いをせねば」
「あなた、私からもお願いしたく思います」
――ただマイローも、イマルドの国に違わぬ大国だ。
トップが鼻たれ小僧になったからと言って、正面突破は分が悪い。
――オレは策を弄した。
「トヨルドを呼べ」
最近オレの家臣になった、面白い奴がいる。
そしてこいつが、後にどれほど恐ろしい男になるかも――オレは知っている。
前世ではもう少し、後に出会った。
「お前、マーチャント風情だよな」
吹っ掛けてみた。
「物売りっぽいということですか? 忍び込みますか?」
よく理解している。
「マイローの有力ナイトを3人ばかし、寝返らせろ」
こいつなら出来そうだ。
「それが完了したら、総攻撃ですね?」
トヨルドは小さい顔をクシャクシャにして愛嬌を振りまく。
「うむ。契約に乗ってきたら、オレからの密書を渡せ」
「領地と地位を守ることを保証する。プラス、インセンティブと書いてある」
「行けると思います。お任せください」
トヨルドのクシャクシャの笑顔も目は笑っていない。
「これからしばらくは世が荒れる。裏切りも横行する世になる」
――言って自分の事か!と、舌打ちした。
またアデルのことを思い出してしまう。
「もちろん、うまくいったらオマエにもオプションを付けるぞ」
オレは、能力を見せてくれるものを重用する。
「爵位を与えてやる」
「誠でございますか! どこの馬の骨とも知れぬ私風情に!」
トヨルドの顔は、これ以上ないほど皺くちゃになる。
「男爵にしてやるぞ。つまり、領土持ちにもなる」
「適当な銘家とも、家系図に線を引いておいてやるぞ」
「この身に余るご厚情でございます。必ずや、やり遂げます」
急に真剣な面持ちとなり、頭を下げた。
「期待しておるぞ」
頭を上げたトヨルドを見ると、そのつぶらな瞳から涙が溢れそうであった。
――翌日、マイローに向かうトヨルドへ、釘を刺した。
「これからは情報戦の時代。綺麗事では勝てん。肝に銘じろ」
「私は“売る”のが仕事です。命も、国も」
「私はオデル様に“賭けている”だけですから」
トヨルドの闇が一瞬垣間見えた。
トヨルドは弟のコヨルドを伴って、マイロー城に入った。
「魔道国より渡来した逸品の魔石銃を売りに参った。この国で最も力のあるナイトを呼びたまえ」
キャッチ―な呼びかけに続々とナイトが現れた。
「全員は無理だ。バイナー、アンドロ―、ハウゼンの御三方に絞らせていただく」
トヨルドは逆指名をすると、主導権を握ってことを進める。
「壁に目あり、障子に耳あり。城外で話しましょう」
外に誘い出した。こちらの手にある宿の一室に3名を案内した。
旅の商人ということで、トヨルドたちへの軍事的警戒は薄い。
「御三方の考え次第では、この魔石銃を無償で進呈することも可能です」
トヨルドは小さな顔の大きな瞳をパチクリとする。
マイローの3人のナイトは、思案顔だ。
「じつはこの魔石銃はオデル伯爵からの贈り物であるぞ。」
3名のナイトの顔が色めき立つ。
「あの、今を時めくオデル様か!」
どうやら脈がありそうだ。
「左様、時流をお分かりかな。オデル様こそ時代の寵児。神に愛されたギフテッド」
トヨルドはまくし立てる。
「勝ち馬に乗った方が良いのは分かるよのー」
トヨルドの人懐っこい笑みに、3名は惹きこまれる。
「保証はあるのか? 駄賃と」
3名はもう乗っかている。
「安心なされ。ここにオデル様よりの密書がある」
コヨルドより密書が手渡された。
「試しにこの魔石銃の威力をご披露差し上げよう」
コヨルドは拳銃よりは3周りくらいは大きくゴツイその銃を取り出し、兄に渡した。
「イグナイト!(点火)、フォーカス(収束)……スルー!(貫け)」
トヨルドは魔石銃を使い、宿から10メートル先の巨石に魔石を放った。
熱を持った魔石がバキバキと轟音を立てて砕け、黄金色の光の粒子が拡散する。
「ぐうぁぁぁぁしゅ……」
一瞬で粉々になった巨石にマルローの三名は、目を剥き口を開けた。
「オデル様が勝ち馬なのはお分かりですな?」
トヨルドは余裕たっぷりの笑みでまた顔をクシャクシャにした。
「じつは、今の殿はあまり政治を分かっておりませぬ。」
ハウゼンが吐露した。
「正直、2代目のお坊ちゃまというか」
アンドローモ続いた。
「われわれも、バカにしてしまう」
バイナーも言ってしまった。
「その癖、酒や遊びにうつつを抜かす。戦乱の世の当主という自覚が……」
バイナーもさすがにハッキリ言うのを憚れる。
「いいでしょう」
トヨルドは笑みを崩さず頷いた。
「では――“選ぶ時間”を差し上げます」
トヨルドは3人に顔を近づけて囁く。
「われらはじっくりとマイローを侵略する」
「時が来たら合図するので寝返ってくれ」
トヨルドは息の臭いが気になるほど3人と額を寄せ合った。
「もし、従わなかったときは分かるよな?」
というと、トヨルドはもう一度魔石銃を、外の巨木に向けてぶっ放した。
「イグナイト、フォーカス……スルー!」
コバルトブルーの魔石が、天高く聳える巨木を粉砕する。
……樹齢1000年はあろうかという巨木の生命を一瞬で終わらせた。
3人は口を最大限まで開き、大きく見張った目で見詰め合った。
――恐怖と安心が複雑に同居した。
「分かったが、少し試案するので……。」
バイナーは片膝をついて立ち上がった。
「……我らはこの国で生きてきた」
バイナーの声が震えた。
「だが――このままでは、いずれ滅びる」
「グワッシャーーーン」
鼓膜を突き刺す破壊音が響いた。
トヨルドの魔石銃から新たな魔石が発動された。
――園庭のナイト像が粉砕された。
「……裏切らないでくださいね?」
目だけ笑わないトヨルドのクシャクシャの顔が不気味に浮かび上がる。
その瞳は、獲物を狩る獣のそれだった。
――3人の背中に冷たい雫が滴った。




