名刀ウオマンテ・クロイダ
ブレードアーマーに背中を守られた。
イマルド公爵は、傷こそ受けなかったが強い衝撃を受けた。
……思わずレフターソードを落としてしまう。
重量感のあるソードが土にめり込む。
一瞬、……時が止まった。
オレの呼吸は荒くなる。
イマルドは打ち付けられた痛みで固まっている。
鼓動が早鐘の如くなり打つ。
オレは、剣だけを目で捕らえた。
今だ! この機を逃すか!
レフターソードだけが、陽光を受けて静かに輝いていた。
戦場の喧騒が遠ざかる。
怒号も。
剣戟も。
悲鳴さえ聞こえない。
視界には一本の剣しか映らなかった。
前世でも、この剣を手にした瞬間から運命は大きく変わった。
数え切れない勝利を共に手にした。
オレは深く息を吸い込み、地を蹴る。
脱兎のごとく、レフターソードに飛び付いた。
躰を地面に投げ出し、落ちているソードを掴む。
勢いに乗って斜めに2回転し、立ち上がった。
「ふっ、ありがとうよ」
オレは少年のように不敵に微笑む。
イマルドに嫌味を言い放った。
「ま、待て! それは……お前が持ってはいけない」
イマルドは血相を変えた。
血走った目を剥いた鬼面の面が、向かってくる。
しかしオレは、脅しには動じない。
「イヤ、オレは今後二十二年間これを使う予定だ」
「そうじゃない、……二十二年以上だ」
――今度の人生は、二十二年後に死なないのだから。
アデルに復讐して、天下を獲る。
「そして、こいつを改名する」
「青の妖刀――ウオマンテ・クロイダだ」
オレは右手で、ソードを高く掲げた。
妖刀は、陽の光を浴びて煌めく。
すると――
周りを碧い火花が舞い乱れる。
「うおおおおおーーー」
激痛が躰中を駆け巡った。
オレの躰に碧い火花が乗り移っている。
「ふっ、ふっ、ふっ。レフターソードは、持つものを選ぶ」
イマルドはオレを睨んで薄ら笑う。
右の口角だけ不敵に吊り上がった。
「おまえのような、うつけは選ばれぬ!」
イマルドはソードが戻ってくると確信した。
――オレの様子を見て奪い返す隙を窺う。
一歩、一歩、間を詰めてきた。
オレはこの突然の事態に身悶える。
躰を、芯から燃えるような熱が突き抜けた。
体内のイグニス魔力と反発しあう。
腕が焼ける。
血管が青く光る。
昔の記憶が流れ込む。
拒絶反応との戦いか?
骨の一本一本が悲鳴を上げている。
筋肉という筋肉が引き裂かれそうだ。
握る手を放したい。
放せば、この苦しみから解放される。
――本能が叫んでいた。
しかし離さない。
前世では、この妖刀に振り回された。
力に酔い、多くを失った。
だから今回は違う。
剣に選ばれるのではない。
オレが、この剣を支配する。
心頭滅却して集中力を極限まで高める。
……耐えろ。耐えろ。耐えろ。
歯が砕けるほど食いしばる。
汗が地面へ滴る。
血が柄を濡らしていく。
――すると妖刀が微かに震えた。
まるで意思を持つ生き物のように。
試している。
この男は本当に持つ資格があるのかと。
ならば見せてやる。
――『覇王とは何か』を。
放たれた光が収縮を始める。
ソードの周りに、イグニスの魔力円が生成された。
美しい魔力円がソードの周りを公転する。
オレのイグニス魔力が伝説の妖刀と融合を始めたのだ。
「オレがこの剣を選ぶ」
魔力円は細かい粒子を昇華し、紙吹雪のように煌めく。
その瞬間だった。
碧い輝きが穏やかになる。
暴れていた魔力が嘘のように静まり返った。
重かった刀身が羽のように軽い。
握っているというより、
剣そのものがオレの意思に応えている。
前世では感じなかった感覚だ。
まるで二十二年という歳月を経て、
ようやく本当の主を見つけたと言わんばかりだった。
イマルド公爵は歩みを止める。
目を見開き、唾を大きく呑み込んだ。
「ば、ばかな……何だあれは!』
「この一振りは、潰えた希望を繋ぐ光。受けよ!」
碧い火花が瞬き、イマルド公爵の肢体を一閃した。
妖刀の一閃がイマルドの躰を宙に弾く。
一面に鮮血の血しぶきが舞い散った。
「そんなことが……ありえない!」
天下最強と謳われた男が、
たった一太刀で膝をついている。
オレ自身でさえ信じられなかった。
これが、
ウオマンテ・クロイダの真の力。
――イマルドの時間が止まった。
機が満ちた。
――瀕死でうずくまっていたハプスブルグが起き上がる。
とどめを刺すべく近づいた。
「イマルド、覚悟!」
ハプスブルグはイマルドの腹に、スピアを突き立てた。
「う、うぁ!」
――すると、あろうことか!
断末魔のイマルド公爵が、ハプスブルグの指に噛みついた。
「た、た、助けてくれ……!」
「俺は……ここまでか……」
何という、天下を見据えた御仁の執念。
オレは躰の奥からイグニス魔力を漲らせる。
「この一振りは、潰えた希望を繋ぐ光。」
「終わりだ、イマルド。お前の時代ごと斬る」
もう一度ウオマンテ・クロイダを一閃した。
「うぬぬぬーーーぉぉぉーーー」
イマルド公爵の首は、天に大きく飛翔した。
……コロリ、コロリ。
転がる首は、この世に執着を残す般若のごとき形相。
――その口には、噛み千切ったハプスブルグの指を咥えたまま……。
取り囲む兵たちを身震いさせた。
終わった。
兵士たちは武器を掲げ、
互いの無事を確かめ合っていた。
しかしオレだけは笑えない。
右腕が熱い。
焼けた鉄を押し付けられているような激痛。
脈打つたびに碧い光が皮膚の下を走る。
代償か。
これほどの力に、何も代価がないはずがない。
イマルドも最初は同じだったのだろう。
勝利を重ねるたび、少しずつ妖刀に心を喰われていった。
ならばオレも、
いつか同じ末路を辿るのか。
右手を見つめる。
そこには覇王の証ではなく、破滅への入口が刻まれているようだった。
絶対に不利な戦いに勝利した。
しかし……躰に“焼け跡”が残る。
魔力暴走の兆しに気をつけねばいけない。
勝利したのは予定通りだ。
伝説のソードを手に入れたのも前世と同じだ。
……しかし、内容が違った。
前世の通り人生が進むわけではないのか?
用心しなければならん。
このソードはイマルドがそうであったように、持ち主を破滅させると語り継がれる。
素晴らしい破壊力だが、……いつか見切りをつけなければ、
呪われてしまうのか?
――アデルの裏切りで死んだのは、呪いであったのか?
主君を失った、イマルドの軍勢は雲散霧消、逃げ果てた。
戦場には焼き尽くされた野原と、夥しい数の死体が残った。
「早く、ハプスブルグと、カルーセルの救命処置を!」
白魔導士と薬師を呼び寄せ回復をさせた。
しばらくすると、瀕死であったハプスブルグも息を吹き返した。
「お、おい……オレの指は、つながるのか……?」
息を吹き返してもハプスブルグは顔面蒼白であった。
「白魔導士! オレの指をつなげてくれ! できるよな? それくらい」
必死の形相でせがんだ。
周囲の兵士たちも思わず苦笑した。
「指一本で済んだだけ幸運ですよ。」
薬師がそう言うと、
ハプスブルグは涙目で叫ぶ。
「一本だから困るんだ!」
「剣はどうやって握る!」
「酒も飲めん!」
その必死さに、
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
しかし、――重臣のハプスブルグとカルーセルが一命をとりとめて安心した。
オレも思わず吹き出す。
生きている。
皆、生きている。
その事実だけで十分だった。
オレは今後の施策を練る。
イマルドが死んだことによって、トスクブルグが人質から解放された。
こいつが将来オレの対抗馬として躍進するのだ。
同盟関係であり、ライバル関係。
前世に思いを馳せた。
アデルに復讐を遂げたら、トスクブルグが最大のライバルとなるのだ……。
「……次はお前だ、アデル。この剣で、お前も斬る」




