憑依
『気付いたかアデル! オレ様が、簡単に地獄に堕ちるか!』
オレ様は、まだ召されない。
――アデルに取り付くことができた。
顔面蒼白のアデルはセカンドシャトーへ向かう。
「我らが首を上げます。
アデル様は後方で革命の象徴として見守りください」
カスガー卿の言葉に、アデルは馬上で辛うじて躰を支えた。
敵襲の報に、タデウス王太子は即断した。
「メトロポリタンを捨てては諸侯の信頼を失う。
全力でこの地を守り抜く」
「王太子殿!敵は五倍です! ……退却を」
タデウスは首を振った。
「民を置いて逃げるなど......父が見ていたら.......」
このままでは息子が死ぬ。オレはアデルから離れ、叫んだ。
『逃げろ!!』
タデウスは振り向かない。
ただ、剣を抜く。
実体のないはずのオレの額から、冷や汗が流れる。
タデウスに初めて剣を教えた日。
初めて馬に乗せた日。
初陣の日
走馬灯のように甦る。
『……聞こえろ! 一度でいい』
『父の声を』
今まで命令すれば誰もが従った。
しかし今は、
どれだけ叫んでも届かない。
父として初めて、……無力というものを知った。
そこへアデル軍の騎士が雪崩れ込んだ。
「父君は灰燼に帰した。次は貴様の首だ!」
親衛隊が応戦するも、次々と現れる増援に追い詰められてゆく。
――その時であった。
昇り龍の如くなった水流が道を切り開いた。
蒼き光を放つ装束を纏い――アデル伯爵の参上。
『しまった! 離れていたら、元気になりやがった』
いつものように凛々しく振舞うアデルが水魔法を詠唱した。
「深淵より溢れよ、記憶を沈めろ――アクア・ウンダ!」
五m程の高さより、すべてを流しつくす津波の水龍が流れ込んだ。
アデルの全力魔法が猛威を振るう。
『タデウス! 逃げろーー!』
届くわけもない。
タデウスは振り返らない。
ただ、前を見る。
オレと瓜二つの顔。
鎧が、少しだけ大きい。
……いつの間に
こんなに大きくなった。
『やめろ、やめてくれーー』
言葉が、……崩れる。
水龍が一瞬で迫りくる。
『タデウス!!』
『逃げろ! 命令だ!』
「……」
タデウスは笑った。
そして、前へ出る。
『……そうか、お前は』
『俺の息子だったな』
タデウスは水龍に呑み込まれた。
『アデルめ、息子までも……』
空気が軋んだ。
玉座の燭台が、
一本、
音もなく倒れる。
――再び、アデルの躰に憑りついた。
「うっっ、何だ。また躰が重くなってきた。頭も廻らない。
カスガ―卿!カスガ―卿はいないか!」
アデルは後方へ引き下がった。
――しかし、アデル伯爵はこの戦いにより、
オデル公爵とタデウス王太子の命を奪った。
天下を統一する『覇王』として名乗りを上げたのだ。
◇
翌日、アデルとカスガ―は、
皇帝のルイ=アシリアに謁見に上がった。
「オデルを成敗いたしました」
アデルは恭しく頭を下げる。
「やりましたな、アデル殿!」
アシリア皇帝も自然と薄気味悪い笑みが浮かぶ。
「自己中な男を戴いては世が乱れます」
「左様、皆も恐れておった」
「これは裏切りではなく、恐怖からの解放……聖戦です」
皇帝は大きく頷いた。
『なんという言い草だ。許さん! 許さん!』
――オレの怒りがアデルの躰を揺さぶる。
「あのうつけ者は、皇帝さえ葬るつもりでいた」
脂肪を纏った腹をさすり、扇子をはためかせながら続ける。
「『覇王』の称号はあなたこそふさわしい」
アシリア皇帝は、『覇王』の称号とクラウン、ローブを用意した。
アデルは恭しく『覇王』の称号を戴く。
……額からは玉のような脂汗が滴る。
「どうされました。最高の日のはずが、体調が優れぬようですな」
訝しみながらも、戴冠を執り行う。
「さてはオデル公に憑かれました? はぁっー、はぁっー」
軽口を言い失笑した。
「……」
「そのまさかかも......しれませぬ」
――笑っていた皇帝の顔が固まった。
すると、急にアデルは立ちあがった。
アシリア皇帝から、『覇王』の称号を鷲掴みにする。
「パーン」
「えっ!」
「パーン、パーン」
「何をなさる!」
無表情のアデルに頭をはたかれ、アシリア皇帝は目を剥いた。
アデルをマジマジと見つめる。
――表情を失っている。
『この野郎! うつけものだとー』
――オレは、アデルの躰で暴れてやった。
「どうしましたアデル殿? まさか……オ、オデルが? 」
アシリア皇帝は腰が砕け、言葉も出ない。
震える手で指さし、アデル一行を下がらせた。
◇
「トヨルド伯爵が、戻ってきた!」
アデル陣営は慌てた。まさか?
トヨルド伯爵は遠くシナ国で戦っているはず。
そんなに早く戻ってこれるのか?
「むむむ。トヨルドめ。何で......こんな......早く!
か、か、か、監視......されて......いたか? お、隠密か、か.....?」
アデルは、舌が廻らない。頭も廻らない。
「合流地点のサントノーレにおいて、
トヨルド軍を迎え撃つしかありませぬ」
アデルに代わり、カスガ―が仕切った。
――サントノーレに着くと三万いたはずの兵が二万余。
アデル伯爵にオデル公爵が憑りついたという噂が広まっている。
――アデル軍の逃亡離脱が起きているようだ。
しかもトヨルド軍の大軍に、裏切者も多数出るありさま。
「アデル様、戦いになりませぬ、退却せねば」
「親衛隊だけで獣道けものみちから逃げましょう」
カスガ―はアデルに進言した。
「.......」
――アデルはおかしくなってしまった。
それでもカスガ―は、
主人と運命を共にする覚悟に変わりはない。
――アデルは眠れていなかった。
目が落ちくぼみ虚空を見つめ、面影はない。
「あー、か、躰が重い。頭が二つに......割れ、そうだ。」
『ふっふっふっアデルよ、
この獣道は”ナイト狩り”の山賊の通い道なり!』
オレはまんまとアデル一行を、山賊の通い道へ誘った。
「ここなら......逃げ切れる」
アデルは一息ついた。
「静かです」
カスガ―も頷く。
「はぐれナイトどもが現れたぞ!」
ナイト狩りで張っていた、山賊の解放奴隷たちに襲われた。
「なっ......」
暗闇の中、アデルの脇腹にスピアが刺さった。
「アデル様ー‼」
ーー不様な最後だった。
解放奴隷のスピアでアデル、カスガ―もろとも串刺しにされた。
身ぐるみを剥がされ鑑識される。
「おー、これは! アデル伯爵とカスガー卿の首だぞ!
高値がつくぞ!」
『不様なアデル! ーーこれがオレ様の復讐だ。』
……確かにやり返した。
なのに――何も残らない。
『……これで、終わりか?』
アデルの肉体に憑依して、ボロボロにしてやった。
たった11日間しか生きさせなかった。
しかし、
『……違う』
足りない。こんなんじゃ、足りない。
『……これで満足なのか?』
オレの魂はまだクルクル廻っている。
『おっと、アデルの肉体から早いとこ離脱せねば』
――アデルから離脱した。
一緒に死んでしまってはいかん。
すると、――オレ様の霊魂は、御世を彷徨った。
長いトンネルを高速で飛翔する。
感覚が麻痺し、意識の死をも覚悟したその瞬間、
――光が差した。
ーー
「オデル殿、そろそろ出陣の支度を」
目が覚めた場所は、……合戦の陣内? ではないか。
ここは、見覚えが……22年前、オレのデビュー戦の地。
イマルド軍とのバトル戦場、カスクバレーだ!
……あの時と、何かが違う。
胸がざわつく。
「……また、ここか」
自分の手を見つめる。
......若い。
自然と笑みが溢れ、身震いした。
「今度は......間違えない」




