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バラッド

炎が天井まで吹き上がる。


その真ん中で、オレは歌っていた。




「ライフ イズ バット ア フィフテー・イヤーズ ドリーム」



剣ではなく、リズムを刻むように足を鳴らす。



目前に迫る危機をすべて忘れ、歌に集中する。



死ぬ時は、


この歌と決めていた。



「コンペアード トゥ ザ ヘブン」



『あとはシナ国を落とせば、天下はわれらのものです!』


ラメールも言っていた。



『ルール バイ ザ ソード』


”力による平和”をもたらすという信念のもと、オレは突き進んだ。


力なき正義は、ただ踏みにじられる。


それが、この乱世でオレが学んだ唯一の真実だった。


だからオレは剣を取り続けた。


天下を統一し、一つの法の下に民を守る。


それだけが争いを終わらせる道だと信じていた。


誰よりも、その理想を理解していたはずなのがアデルだった。



「なぜ裏切った、アデル?」


包まれる炎の中からオレは問うた。


「オレはお前を……、一人前のロードに育ててやった」

「伯爵にまでしてやった」

「信じていたはず。一緒に天下を獲る途を」

恨み節を並べる。



「あなたは強すぎた。冥界の主ハデスもそう答えるであろう」

アデルの声が上ずる。



「戯言など聞きとうはない!」


マジメなアデルがこの期に及んで戯言を。 



「お前分かっているのか? もう引き返せないのだぞ。 


覚悟を持っているのか?」



奴は怯むか? 



「オレはお前を地獄の果てまで恨み続ける。呪い続ける」


脅せるだけ脅してやる。




アデルの喉が鳴る。


迷っている。


一瞬で分かった。


あの男は昔から嘘をつくのが下手だった。


伯爵に任じた日もそうだった。


初陣の日もそうだった。


覚悟を決めた顔はする。


だが、心は必ず揺れる。


握る槍が、


カタカタと震えた。




――オレは灰燼と化す。




しかし、首を取らなければ仇討した証拠が残らない。


証拠なしでは、求心力は高まらない。




「オレはお前を伯爵にまでしてやった。恩知らずめ。道連れにしてやる」


捨て台詞を放った。




紅蓮の炎がアデルに襲い掛かる。 




慌てて逃げるアデルにラメールがロングスピアで隙を突く。



「この、小癪な雑魚め。 流れよ、断ち切れ――フルーメン!」


アデルの水魔法の詠唱で、丸太のような水柱がラメールを襲う。


たまらず吹っ飛んだ。



「ボーン マスト フェイド アウェイ」


死ぬために生まれてきた?



ふざけるな!



大聖堂の向こう。


帝都メットの旗が見えた。


あと一歩だった。


……あと一歩。




共に戦った日は遠くなりけり。


――もう戻れないぞ、アデル。



腹は決めた。


最後に待っていた敵は、異国でも魔王でもない。


最も信頼していた家臣だった。


皮肉にもほどがある。


運命とは、ここまで人を嘲笑うものなのか。


それでも涙は出ない。


怒りが悲しみを追い越していた。



「もう一度、我が身を代価に我が内の灰燼焔を焚べよ


――イグニス・シネレア・フランマ‼」


わが身の残りすべてを代価に、最後の力を振り絞って炎の魔術を放った。



時間は残されていないだろう。


――オレはロングスピアの切っ先を自分に向けて短く持った。



戦乱に生まれた身。


いつでも死ねる覚悟はできていたが、


……裏切りによりイアポニア帝国統一目前で自害せねばならんとは。



「ラーメ―――ル!」喉が切れるほど叫んだ。



返事がない。



ラメールは紅蓮の炎の外側で、自害するオレに敵が近づけないように撥ね退けていた。



「最後の命令だ」


悟ったラメールの瞳に、涙が滲む。




「介錯かいしゃくを頼む。」



剣が、地面へ落ちる。


ラメールの膝が折れた。



敵のナイトに、槍ごと放り投げられ吹き飛ぶ。



吹っ飛んで地面に叩きつけられた衝撃に、床の上でのたうち回る。



――しかし、主君の最期を汚させまいと、執念で力を振り絞った。



「敵が炎の中に入らぬよう守ってくれ」


指示を出してゾーンに入ったラメールは、燃え滾る紅蓮の炎の中に入ってきた。




オレと目を合わせる。言葉はない。


ラメールは泣いていた。


オレも泣いていたのかもしれない。


炎と煙で互いの顔など見えない。


それでも分かった。


この男は最後まで裏切らない。



炎だけが、音を立てている。


燃え盛る炎の勢いで目が明けていられない。

呼吸もできない。

耳鳴りが激しくなる。



もう、……限界だ。


『ズブッ』

鈍い音がした。

自分で自分の腹を突き刺した。



……無念だ。



アデル許すまじ!




ラメールの手はあり得ないほど震えている。


「オデル様に、神の祝福あれ!」



オレの首を切り落とした。

生温かい血が滑りながら滴る。


ラメールは覚悟を決めていた。


自分の命を代価に詠唱する。



「誰にも……


あなたの首は、渡しません。」



「我が体躯に沈む灰燼よ、記憶を薪に燃え上がれ――イグニス!」



ラメールが命を懸けたイグニスと、


オレの躰自身を燃料とした灰燼焔の炎が交差してうねりを上げる。



インスティクト大聖堂の真ん中を、炎の火柱が踊り乱れる。



――オレの肉体は雲散霧消した。




……しかし、オレの霊魂は彷徨い続ける。


肉体の感覚は消えた。


痛みもない。


呼吸もない。


それなのに意識だけが残っている。


炎に包まれた大聖堂を見下ろしていた。


天井を突き破る紅蓮の炎。


すべてが遠く、小さく見える。


終わったのか。


いや。


終われない。


このまま終われば、裏切った者だけが笑う。



『まだ終わらん、必ず......戻る』




 ◇



「首を探せーーーーぃ!」



アデル伯爵の声が、


焼き焦がれて骨組みだけとなったインスティクト大聖堂に、


壁もないのに響き渡った。




「どこを探しても、見つかりません」


アデル伯爵の側近、カスガー卿は顔中の皺を寄せ、苦渋の表情で答える。



「これでは証拠がないではないか。


恨みを晴らした意味がない。


あーまずい、まずい。襲われる。  


トヨルド伯爵やトクスブルク侯爵が、大軍をもって引き返してくる。


首なしでは大義が立たん。


皆がオレを仇討ちしに来るじゃないか」


アデルは震える。




「アデル殿? 」




アデルは爪を噛んでいる。


歩く。


戻る。


また歩く。


「首がない」


「首がない!」


「首がないー!」



「皇帝だ、皇帝。」



「皇帝が認めれば、皆オレに従う」


アデルは目を剥きながらまくし立てた。



「違います」


カスガ―はアデルの顔色を伺いながら、冷静に答えた。



「まず、オデル公爵の息子タデウス王太子を討ちます」


「今しかありません。放置すれば、


.......諸侯は皆あちらへ付きます。」



「皇帝のところに行って、『覇王の称号』を頂いてくるのが先ではないか!」


アデルは目を剥いた。



「皇帝がすぐ決断するとは限りませぬ。


しかし、タデウス王太子は、今襲えば......勝てます。」



アデルは一旦しゃがみ込んで、大きくため息をついた。



「わかったよ。カスガ―卿、お前の言う通りだ」


アデルはうなだれる。



「何かにとり憑かれているのかな?」



「重い......気持ちが急くのだよ」



アデルは言い放って、正面に映る鏡に自分の姿を見た。



そこに一瞬映るのは......オデルの般若の相。



「ひっ」


アデルは振り返る。



誰もいない。



アデルの顔は、地獄の入り口を見てしまったような有様だ。



「まさか? ――オデルが憑りついているのか?」


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