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神の視座

「お前、肝心なことを忘れていないか?」


 アデルを睨みつけた。




 「前世でオレを自害に追いやった後、トヨルドにやられた」


 「所詮お前は裏切者」


 「天下を平定できる器ではない」


 ウオマンテ・クロイダを構えて言い放った。




 「あれは、あなたが憑りついたから」


 「同じ手を、二度は喰わない」


 アデルは不敵に微笑む。




 「今度は、憑りつかれる心配はしなくて良い」


 剣を振りかぶって、切り付けた。




 「……お前が死ぬのだから」


 アデルも剣で防御した。




 剣と剣が打ち合い、耳をつんざく高音が響く。




 ――また、間合いが開く。




 ジリジリと、一定の距離を開けて二人が廻る。




 「ダン!」


 オデルがフェイントを仕掛ける。


 アデルは颯爽とかわす。




 「裏切者は、裏切られる」


 「お前に天下は取れない」




 「ダン!」


 また、フェイントを仕掛けた。




 「私の目的は覇王になることではない」


 アデルは鋭い眼光を向けてきた。




 「あなたが天下人になることを阻止する」


 「そのために、再び……生まれて来た」


 緊張が極限に達する。




 「魔王が天下を獲ってはいけない」


 アデルの瞳孔が開く。






 「つまらん人生だな」


 オレは吐き捨てた。




 「安心しろ、直ぐに楽にしてやる」




 その時—— 


 一瞬の隙を見つけた。


 ——アデルに切りかかる。




 虚空に真っ赤な血飛沫が弧を描いた。


 アデルの左腕を捉える。




 「ううっ!」


 アデルが苦悶の表情を浮かべた。


 片膝をついて、左腕を庇う。




 「お前も、もう一度生まれ変わったのであろう?」


 「でも、結果はこうなる」


 アデルは追撃を恐れて引く。




 「オレとお前は、戦わなければならない宿命」


 「ならば、お前に明日は来ない」




 止めを刺す。




 大きく息を吸った。


 大技……イグニスと、ウオマンテ・クロイダの融合。




 「我が体躯に沈む灰燼よ、記憶を薪に燃え上がれ」


 魔力円が剣を公転する。


 オレのイグニス魔力が伝説の妖刀と融合を始める。




 記憶を代償に大技を繰り出す。




 これで終わらせるのだ。




 ……繰り返す輪廻を。




 「イグニス・ウオマンテ・クロイダ!」


 蒼白の閃光が、手負いのアデルへ進撃する。




 超速の出来事のはずが……


 スローモーションになる。




 あまりに眩しさにオレは手で目を覆った。




 ――たっ!


 「シャドウ・ステップ!」


 一瞬の隙だった。




 くたばっていたはずのカスガー卿が躍り出た。


 ――瞬く間にアデルを、オレの閃光から逃がした。




 「畜生! ……しつこい奴め」


 舌打ちして睨みつけた。



 すると、――倒れていた二つの影が起き上がる。



 ……バカな。


 アデルは再び立ち上がった。




 「大天使ミカエルの祈りを唱え、ロザリオを掲げる」




 何?




 「マーク・オブ・デス!」


 今度は、カスガーが呪詛を唱えた。




 「なっ!」


 オレの胸に黒い紋章が浮かんだ。




 「オデル殿。あなたに今、死の刻印が刻まれた」


 「逃れることはできない」


 アデルはロザリオを掲げ続ける。




 「ふ、ふっ、終わりだ」


 アデルから、似つかわしくない野卑な笑みが沸き上がる。




 「最後の『死の刻印』を唱えれば、


 ……あなたはジ・エンドだ」


 刻印が怪しく光る。




 ―― 一瞬にして、形勢が逆転した。




 「オデル殿。覚悟しろ……」


 正気に戻ったアデルは、オレと正面から向き合う。




 「あなたの生殺与奪の権はこちらにある」


 アデルに万感の思いが駆け巡る。




 その表情には、憎悪と愛が入れ替わる。




 「殺る前に、聞いておきたいことがある」


 アデルは感情だけが濁流のように胸をめぐり、


 ……躰が震える。




 「あなたの——最愛の家臣は……?」


 アデルの声は震え、瞳に涙が溜まる。



 「それがどうした」


 こいつどうした?


 真意が分からない。




 「……ラメールだ」




 大粒の涙が滴る。




 だがまだ耐えた。


 ——まだ、何かの間違いかもしれない。




 「嘘だ……そんなはずはない」


 肩を落とし、小声で呟いた。




 「後継者は……?」


 アデルは歪んだ顔で、声を絞り出す。




 「タデウスだ」


 当たり前だろ。何をか言わんや。




 アデルに慟哭が突き上げる。


 全身が戦慄いておののいる。




 痙攣し震えながらも……言葉を吐く。




「私は……何十年も……」




「あなたのために——人を殺し」




「——友を裏切り」




「——故郷を焼いた」




「あなたに選ばれたと思っていた……から」


 言葉が詰まる。


 顔面が痙攣して止まらない。




 「お前何か勘違いしていないか?」


 喉が渇き、心臓が激しく脈打つ。




 だが——、恐ろしくはない。


 命に代えても、言うべきは曲げない。




 「チェスで言えば、お前はポーン(歩兵)でしかない」




 分からしてやる。




 「そしてオレは……キングでもない」


 オレにあてがわれた——死の刻印に手をやる。




 「王は国を支配する。


 だが……神は違う。


 ——勝者を選ぶ。


 ——輪廻すら書き換える」




 「オレは神の視座に立つものだ」


 「お前たちは盤上の駒に過ぎん」


 死の淵でも、矜持は揺るがせない。




 「ポーンのアデルが何をか言わんや」


 高笑いしてやった。




 「オレを殺せばいい……でもな」




 「何度でも生まれ変わる」


 「目的を果たすためには」




 アデルの表情から激情の苦悶か一斉に引く。


 ……無、……虚無がジワジワと、表情に満ちる。




 アデルは震える。


 何かを言おうとする。




 ——だが言葉にならない。




 すると――止まっていたイグニス・ウオマンテ・クロイダの


 ――青い光が、思い出したかのように閃光を放った!




 虚脱したアデルと、茫然としたカスガーを襲う。




 「うわぁぁぁぁーーー」


 剣と光が二人の胴体を通過する。




 「……」




 「ダン!」


 地面を強く踏みしめた。




 アデルの肩が傾いた。


 カスガーの身体が半歩ずれた。




 二人は何が起きたのか理解できない。




 そして――ゆっくりと崩れ落ちた。




 上半身のみのアデルは……ロザリオを掲げ唱えた。


 ——あまりにも鋭利に切られて、切断されたことに気付いていない……。




 「天の光は死を照らし出し…………」


 アデルは呪詛を唱え始めた。




 オレの胸に刻まれた死の刻印が、収縮を始めたが……




 ……止まった。




 次に動いたアデルの唇の動きは、——呪詛ではなかった。



 「それでも……あなたに選ばれたかった」





 アデルは……事切れた。




 「よし」


 拳を力一杯握りしめた。



 遂に前世の雪辱を果たした。




 長い道のりであった。


 全身で呼吸をし、体力の回復を目指す。



 記憶をも代償にした。——72時間分の記憶がない。


 躰も筋肉も、震えが止まらない。




 でも良い、これで……。


 オレは静かにアデルの亡骸を見下ろえた。

 

 何度も夢に見た光景だった。

 前世では、この男の剣がオレの命を奪った。

 

 その因縁に、ようやく終止符を打ったのだ。


「終わった……」

 思わず口から漏れた。


 大聖堂には、勝者だけが知る静寂が訪れる。


 焼け焦げた木材の匂いと、

 流れた血の鉄臭さだけが辺りを満たしていた。


 これで天下は再びオレの手に戻る。

 あとはシナ国を平定し、イアポニアを統一するだけ。


 

 ――そう信じて疑わなかった。



 疲労と安堵で全身の力が抜けた。



 ……少し休むか。






 「——殿、ウインザー殿が囲まれていると……」


 ラメールが伝令兵の言葉を、口早に伝える。




 「? ……どういうことだ」


 ラメールの顔面は、血の気が引いている。




 「……トヨルド様の軍が、


 ——ウインザー軍を包囲しているという事です」




 なに……? まさか……。




 考えたくないシナリオが脳裏をよぎる。


 オレの心臓は、


 ……早鐘の鼓動を刻んだ。


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