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黒幕

「ウインザー軍崩壊!」


「トヨルドの大軍が唸りを上げています」


 ラメールの目が戦慄を訴えている。




 「裏切りです!」


 事態を呑み込んだ。


 あいつはシナ国に居るはず。


 こちらは援軍の準備をしていたのだから。




 なのに……。


 こうなることを予感していたのか?


 それとも——知っていたのか?




 「逃げるしか……ない」


 決断した。




 考えるよりも、——動け。


 トヨルド軍の動きは、想像以上に速い。




 ラメールと十数名の親衛隊とともに、裏手に廻る。




 朝が始まっている。


 陽光が緑に反射する。




 わざと山道に向かった。


 追っ手を撒くために。




 全力で戦った後の


 ——もう動くはずのない躰を動かす。


 足だけは——前へ前へと進ませなければ。




 何も考えずに、動けなくなるまで走った。


 みな無言で……ただ生きるために走った。




 途中で転ぶ者。


 動けなくなる者。


 後ろを振り返ることは一度もしなかった。

 振り返れば、自分が築き上げた帝国が燃えている気がしたからだ。


 城も、大聖堂も、臣下も、栄光も。

 すべてを捨てて逃げるなど、本来のオレなら考えもしない。


 だが今は違う。

 生き残れば、もう一度取り返せる。


 天下とは、一度失っても奪い返せばよい。

 神は試練を与えるものだ。

 試されているのは、このオレだ。



 再び闇夜が訪れたところで——止まった。


 ——人数が大幅に減っている。




 5人。




 「ラメール……」




 ラメールはずっとオレと並走していた。




 「……」




 みな喉がカラカラで、息が上がり言葉が発せられない。


 互いの顔だけを見詰め合い、無事を確認する。




 「ここで休むぞ」




 みな限界だ。


 今日はここまでにしよう。




 オレの一言でみな地べたにへたり込み、


 ——泥のような眠りに落ちた。




 あのアサイルの裏切りの時も、同じように山道を走った。


 ——命がけで逃げ、生き延びた。




 何とか有隣城まで逃げ切り、体制を立て直そう。




 それにしても、トヨルドめ。


 奴まで……裏切るとは。




 体中の血が頭に昇り、烈火のごとく駆け巡る。


 怒りが込み上げてきた。




 ——みな勘違いをしている。


 オレはイアポニア国を統べる神だ。




 どんな絶体絶命の事態に陥っても、最後には——オレが勝つ。




 ……そこを勘違いするな。






 翌日——




 陽光が瞼をオレンジ色に染め、目を開ける。


 ……同時に声が聞こえる。




 「こいつら、随分立派ななりをしてるぞ。」


 「とくにあのナイト……ただ者じゃないな」


 「漆黒の剣を持っている」


 解放奴隷の山賊どもか?




 薄目を開けて、話の方向を見る。




 ——視線が合った。




 「殺れ!」




 前のめりに飛び掛かって来た。




 寝起きとはいえ、こんな雑魚ども……。


 ウオマンテ・クロイダが、山賊どもを切り刻んだ。




 ところが——それと同時に、


 ——左胸に激痛が走った。




 左胸から刃が突き出している。


 ……これはどういうことなのか?




 まさか……? これは……。




 後ろにも、奴らの手勢がいた。


 背後から左胸に、刃が貫通した。




 そしてまた、——激痛が走った。


 胸に刺さった刃が、躰中を掻きむしっている。




 そして、——隣にいたラメールと……一緒に、




 ……串刺しにされた。




 「オデル様……最後まで、お供できました」


 ラメールの頬に涙が伝う。




 意識が遠のく……。




 おかしい……。






 オレは神、——神の子。




 何があっても、切り抜けてきた。




 山賊の、不意打ちに……。


 殺られるわけはない……はず……。




 ラメールと一緒に串刺しとなっている不様な姿。


 ……これが末路のはずがない。




 転生は?




 回帰は?




 もう一度戻って……、




 今度は……トヨルドを……。






 でもこれが、事実なのか?




 ——オレは誰も信じなかった。でも、




 ラメールは……最後まで付いて来た。


 アデルは……問い続けた。


 トヨルドは……利用価値を演じた。




 誰一人として、最初からオレを見捨ててはいなかった。




 ——ラメールの瞳から光が消えていく。




 最後まで。本当に最後まで。


 ——こいつはオレの隣にいた。




 何も求めず。


 ただオレを信じていた。




 見捨てていたのは――オレの方だった。




 誰も労わなかった。


 思い返せば、勝利のたびに歓声はあった。

 だが、その歓声の中に、誰の顔も見ていなかった。


 忠臣は駒。

 民は数字。

 家族は道具。


 オレはそう思い続けてきた。


 神になろうとして、人であることを捨てた。



 こうなることは、――

 

 当然の……報い……なのか。




 ◇




 「ウインザー様が自害し、母も後を追った」


 セイロンは潤んだ瞳で、窓辺に咲き乱れるルピナスに目を遣る。




 赤、オレンジ、紫と咲き乱れる異形の花に、目を奪われている。




 「私には、もう頼るべき肉親はいない。」


 物憂げに呟いた。




 「使命は果たしたのに……」


 トヨルドの目を射抜く。




 トヨルドの目尻が下がる。


 クシャクシャの笑顔で宣った。


 「セイロンはまだ若すぎる……」


 「しかし5年後、19」




 間をおいて、真顔になった。


「側室に迎え入れよう」


 と言うと、両手を掲げ打ち鳴らした。




 ——側付きのものを呼ぶ。




 セイロンは頬を赤らめ、……うれしそうに微笑んだ。




 「祝い酒を用意してくれ」


 トヨルドは意味深な目を、従者に向けた。




 大きく深い不格好な黒塗りの盃が2つ、運ばれてきた。




 「義理のお父様は、情けない方じゃ」


 「シルビア様も道連れにするとは……」


 トヨルドは眉間に皴がより、鋭い表情になる。




 「あなたの父上様でさえ、独りで逝ったのに……」


 歯を食いしばって、憎らしげな表情になる。


 トヨルドはウインザーが嫌いだ。




 「一方、オデル様は探すのが大変だった」


 「……あんな、山奥にいらっしゃったとは」


 不満を述べながらも頬が緩む。




 「供養して差し上げねば……」


 と言って大きな盃を、両手で持ち上げた。


 山中で見つかった骸は、かつて天下を震わせた覇王とは思えぬ姿だった。


 血に濡れ、泥にまみれ、無数の傷を負って横たわる。


 それでも、その顔にはなお威厳が残っていた。


 「最後まで戦った顔じゃた」


 トヨルドはしばらく黙って見下ろし、小さく目を閉じた。




 「ワシはオデル様の骸むくろでいただく」


 「セイロンはウインザーにしてくれ」


 聞いた瞬間に、セイロンの顔面から血の気が引いた。




 これが、うわさに聞く……骸酒。




 セイロンは、いびつに大きい盃をマジマジと眺めた。




 そして一瞬、吐き気を催す。


 ——忌まわしいものを毛嫌うように見つめた。




 しかし、それもつかの間


 ……次第に頬が持ち上がり、笑みを作った。




 「あら、違いますよ」


 だしぬけにトヨルドを睨みつけ、言い放った。




 「私がオデル様の骸でいただく権利があるのじゃない?」


 まさかのセリフを吐いた。


 ——怖いとか気持ち悪いとかではないのか?




 「ウインザーの動きを教えてあげたのは私だから……」


 「オデルを殺るチャンスを……」


 と言って大きな瞳で覗き込んだ。


 トヨルドの躰に悪寒が走る。




 「だって私は、父を殺したあの方が……大嫌いでしたもの」


 「私が一番憎んでいたのはオデル様よ」




 小悪魔な笑顔がトヨルドを震した。




 完

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