最後の戦い
その日――
インスティクト大聖堂は、静かな闇夜につつまれていた。
――遠くの喧騒が不吉に膨れ上がり静謐せいひつな大聖堂の伽藍に反響し始めた。
「敵襲です!」
「全員、戦闘配置に着け!」
声を震わせて叫んだ。
結局、……誰も盤面から降りられなかったか。
「水色の桔梗の紋の旗印です」
「3段魔石銃部隊準備!」
オレは、鷹の羽根で飾られた元帥杖を掲げた。
銀細工が施された黒檀の杖は、覇王の証。
「イグナイト、フォーカス、――スルー!」
戦いの火ぶたが切られた。
力と力の戦いは、一進一退を繰り返す。
「敵軍、3万近い!」
想定以上に、かき集めたな。
「形勢不利です」
近衛兵のラメールが状況を伝える。
「3段攻撃を極限まで早めろ!」
「遅れる奴は切れ!」
恐怖の圧を加えた。
「1の壁、2の壁、突破されました!」
ラメールの顔が歪む。
「しばし、耐えよ……オプションが発生する」
眼光鋭く笑みを放った。
「アデル軍が押し寄せます!」
「もう持ちません!」
すがるようなラメールの瞳が、オレに纏わりついた。
その時――
闇夜の地平に光が差した。
「奥を見ろ」
眼前に釘付けのラメールに、目を転じさせた。
黒地の旗に、銀の双雁。
掲げられる黄金の戦槌。
「突撃ーーーーー!」
――鬼軍曹ウインザー伯爵の軍勢が現れた。
その数2万。
「挟み撃ちじゃー!」
声を震わせて、怒鳴った。
「迎え撃てー!」
打ちひしがれていた自軍が、気勢を上げた。
追い立てられたアデル軍は、猪突猛進。
死に物狂いだ。
魔石銃部隊は、高速回転で放つ。
――翻って、アデル軍。
「アデル様、形勢が逆転しました」
「このままでは、袋の鼠」
カスガ―は窮状を訴えた。
「分かっておる」
アデルは眉間に右手を掲げた。
人差し指を立て、詠唱のポージングを取る。
「深淵より溢れよ、記憶を沈めろ――アクア・ウンダ!」
巨大な水龍が、オデルの魔石銃部隊を蹴散らす。
アデルとカスガ―は、水龍の頭に乗り進撃してくる。
――その先で、オレは待ち構えていた。
「待っていたぞ、アデル」
両手を広げた。
「もう引き返せませんな」
アデルも不敵に笑みを讃える。
「今度はオレの勝ちだ」
「お前は詰んでいる」
高笑いした。
「それはどうかな?」
またも不気味に笑う。
「後ろからウインザーの大軍が迫っておるぞ」
「お前に退路はない」
元帥杖で、地面を叩いた。
「その心配には及ばない」
「あなたを倒すから」
アデルも自信満々に言い放った。
「もう、お前は魔力を一発使った」
「威勢の良い見せかけだが、だいぶ疲労しているはず」
と言い放ち、剣を掲げた。
「ウオマンテ・クロイダの餌になるがいい」
美しい魔力円がソードの周りを公転する。
イグニス魔力が伝説の妖刀と融合する。
魔力円は粒子を昇華し、紙吹雪のように煌いた。
「喰らえ!」
オレはウオマンテ・クロイダを一閃した。
その一瞬、――カスガ―がアデルの前に立ちふさがる。
「ミラージュ・スプリット!」
カスガ―は、5人に分裂した。
切り付けたはずが、空を切る。
「お、お前はアサシン」
オレが見たのは、カスクバレーで行方不明になったアサシンの顔。
「今ごろ、思い出したか!」
不敵な笑みで睨みつけてきた。
「貴様だったのか」
脳裏に、全身の血が逆流するような怒りが込み上げる。
「何十年もオレを欺いていたのか」
怒りで手が震えた。
「舐めやがって、……許さん!」
力の限り吠えた。
「オレも、あなたを許さない」
カスガ―も負けじと吠えた。
「あなたに誠心誠意仕えた……アデル様を……」
「足蹴にした」
カスガ―の全身の毛が逆立った。
「ファントム・クロス!」
カスガ―の分裂した幻影が、オレを囲む。
本物は一人だけだ。
止めどない斬撃が、四方八方から降り注ぐ。
「オデル様、危ない。」
ラメールは自ら盾となって、斬撃と対峙する。
一瞬の隙をついて、詠唱を始めた。
「我が体躯に沈む灰燼よ、記憶を薪に燃え上がれ――イグニス!」
ラメールは一発、敵に炎の雨を降らせた。
アデルとカスガ―は火の粉に包まれる。
「アクア!」
咄嗟にアデルが、滝を降らせた。
一瞬の機先を制し、灰燼焔から逃れる。
「オデル様以外、世を平定できるものは居ない」
「裏切者に……世は作れない」
ラメールは力いっぱい叫んだ。
「アデル様なら、平穏な世界を築ける」
「魔王に安寧の……世は作れない」
カスガ―も負けじと唸った。
――すると突然、暗闇に一瞬の光が瞬いた。
「ネック・リーパー」
その刹那、カスガ―の姿が消える。
黒い閃光が走る。
ラメールは……
自分が斬られたことに気付かぬまま崩れ落ちた。
「なぜ裏切るか、分かるか……?」
虫の息のラメールを押さえつけ、カスガ―は唸る。
「オレ達の……心を……裏切られたからだ」
「オレ達の忠誠を、踏みにじった」
血管が、はち切れんばかりに膨らむ。
「オレの……アリアランドまでも……」
カスガ―の目に涙が溢れ、
……大きな雫となり地面に落ちた。
「許さん!」
と言って、ラメールを絞め上げる。
ジリジリと力を込み上げた。
ラメールの顔面から、
……一切の血の気が失せる。
「オデル様……」
「私は最後まで……」
――ラメールの躰から力が抜けた。
すると、突然、
怒りに震えていたカスガ―も、うつ伏せに崩れ落ちた。
カスガ―の胸の奥に、嫌な熱が走る。
「……え?」
視界が揺れる……力が抜けた。
膝をつく。
カスガ―はゆっくり視線を落とした。
「……あ!」
背中から妖刀の切っ先が、胸元に覗いていた。
――ウオマンテ・クロイダが突き刺さっている。
「アデル様に仕えられた」
「それだけで十分だ」
カスガ―は苦く笑って、オレを睨みつけてきた。
「たわけ……」
カスガ―の背後から刀を引き抜いた。
「そこまで忠義を貫くなら――」
「敵ながら見事だ」
間一髪、ラメールを死守した。
――周囲ではなお怒号と悲鳴が渦巻く。
だが……あらためて対峙した、二人の耳には
もう何も届いていなかった。
「ようやく……二人きりになれたな、アデル」
正面に向かい合った。
「これからが、宴の始まり」
アデルも剣を抜いた。
伽藍の隙間から……朝陽が差した。
「オレは……未来を変える」
ウオマンテ・クロイダを振りかぶった。
妖刀は、精霊の青い光を集め――瞬き始めた。




