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八方塞がり

アデルが回復したらしいので、有隣城に招いた。




「災難であったな」


 労いつつ、アデルの目を見た。


 病み上がり感はあるが、気丈にしている。




 「九死に一生を得ました」


 と言うと、穴の開くほどオレの顔を見詰める。




 やはり、そうだな。


 オレを疑っている。




 状況からしてそう考えるのは理にかなっている。


 毒は盛っていないが、


 ――腐った肉を盛るような悪戯はした。




 殺そうとはしていないが、からかおうとはした。




 ……ならば、対峙する。


 「おまえ、オレを疑っているのか?」


 いきなりストレートを撃つのがオレの性格だ。




 「疑っては……おりません」


 そう言ったアデルは、一歩も近寄らなかった。




 直接詰められれば、そういうしかないだろう。




 だが瞬きもしない。まるで敵を見る目だった。




 奴の本音ではない。




 その証拠に、奴の表情筋は少しも緩まない。




 ならば、……止めを刺す。




 「アリアランドを討つことにした」


 再びアデルの瞳を射抜いた。




 少し逡巡した後、


 「アリアランドは同盟国です。」


 毅然と言ってきた。




 「約束を反故にするわけにはいきません」


 表情が厳しくなる。




 「事情が変わった」


 「アリアランドを抑えねば、シナ国討伐につながらない」


 オレの声も大きくなる。




 「シナ国は関係ないはず」


 と言って俯いたアデルだったが、


 ……「はっ」と閃いて頭かぶりを上げた。




 「トヨルド殿が申しておるのですか?」


 アデルの語気が荒くなった。




 「……それもある。でも、オレの判断だ」


 「アデルとカスガーはアリアランド担当から外れてもらう」


 胸の前で腕を組みアデルを見据えた。




 「そ、そ、そんな。長きにわたって築き上げた関係があります」


 アデルの表情からは、切羽詰まった情念が滲む。




 「アデルたちは、シナ国に向かいトヨルドを援護してくれ」


 ――オレは分かっている。


 この指示が完全にアデルたちを追い詰めることを。




 「……」


 アデルは返事をしない。




 震えながらオレを睨んでいる。




 「アリアランドはオレの三男が討伐する」


 いくら睨もうが関係ない。


 オレはオレの仕事をやるだけ。




 「カスガーがアリアランドと縁戚にあることを承知でですか?」


 厳しい表情を崩さない。




 「強敵シナ国討伐の援護の為だ。致し方ないだろう」


 「オレはイアポニア国統一の最善手を考えているのだ」


 もう、オレは興奮しない。


 冷静にアデルを説き伏せる。




 唇を噛みしめている。


 ――アデルは小刻みに揺れている。




 「……」




 なに?


 よく見るとアデルは、我慢している。




 笑うのを……我慢するために、


 ……唇を噛みしめている。




 「承知しました。援護に廻ります」


 アデルは笑いを噛み殺して、得も言えず不敵な表情になった。




 二人の視線が絡み合う。


 ――静寂な時間が流れる。




 「オレも援護に向かう」


 と言って表情筋だけの笑みを作る。




 ――もう、お互いに悟っているのだ。


 戦わなければならないことを。




 問題はどっちが先に仕掛けるかだ。


 前世の通り、アデルがオレに謀反を起こすのが定石であろう。




 でも不意打ちにはならない。


 こっちも分かっているので、万全の対策をする。




 逆に、オレがアデルを討ちに行っても良い。


 ――いずれにせよ、全面戦争になる。




 万全の対策をすれば、――今度は殺られない。




 ◇




 数日前――


 「アデルは死に損なったか……」


 トヨルドはブラックから借り受けた、シナ国攻めの居城にいる。




 「運のいいお方ですな」


 ブラックは口元だけで笑う。




 「アデルは間違いなく、オデル様に殺されかかったと疑う」


 トヨルドは口角を歪めて笑う。




 「もう戻れませんな。昔に。……あの二人は」


 ブラックは歪んだ笑みのまま、遠くを見る。




 「もう一つ、地雷を仕込んである」


 トヨルドの目の奥に闇の炎が拡がる。




 「アリアランド討伐の必要性をオデル様に進言した」


 「ドワーフとの関連を考えても、あそこは領土にしなくてはならない」


 トヨルドは力説する。




 「それは表向きの理由ですな」


 ブラックは口の端を吊り上げて、不敵に笑う。




 「相変わらず、察しが良いな。」


 トヨルドの顔がクシャクシャになる。




 「カスガーと縁戚のアリアランドを攻められれば、……アデルは詰みだ」


 トヨルドは、破顔した。




 「これでアデルは選ばねばならん」


 「従うか、抗うか」




 「……そこまで読んでおられましたか」


 さすがのブラックも驚いた。




 「しかし、言われてみれば……詰んでおりますな」


 「そうなるより他、……ありませんな」


 ブラックは深く頷いた。




 「そこで問題は、『我々はどうするか?』だ」


 「漁夫の利を得るために……」


 トヨルドの瞳の奥が闇夜に照らされた。




 美しい月が、トヨルドの不気味な顔を浮かびあげる。




 「そう考えると、あの結婚式が……オデル組最後の幸せな晩餐会だったのですな」


 ブラックは月に目を遣る。




 「オレにとっては、楽しい宴ではなかったがな」


 「種をまくために、無駄にはしなかった」


 トヨルドも朧に揺れる月に目を遣った。




 ◇




 一か月余り前……


 有隣城に、アデル・トヨルドを始め重臣のロード達が勢揃いした。




 その日――ウインザーとシルビアの結婚式が行われた。




 「今日は誠にめでたいの」


 オレは上機嫌だ。




 「今度こそシルビアを幸せにしてやってくれ」


 ウインザーに伝えた。オレの願い。




 「承知仕りましてございます」


 武骨なウインザーは固まっている。


 40過ぎて訪れた春。




 しかも、後家とはいえ、オレの妹。


 オレ様と縁戚になるという重要な意味も持つ。




 「ウインザー殿、シルビア殿、まことにおめでとうございます」


 近寄ってきたアデルは、スマートに挨拶を述べる。




 「誠にめでたいですな。」


 次に現れたトヨルドはクシャクシャの笑顔だが、


 ……シルビアの方しか見ていない。




 挨拶だけ済ませると、そそくさとその場を離れて、セイロンのところに向かった。




 二人は目と目でコンタクトを取ると……小声になった。


 何やら深刻な顔をして。




 二人の話は、……その場で終わるようではない。




 「セイロン、オレが見ているのは……先の、その先だ」


 トヨルドは柄にもない真顔だ。


 セイロンは黙って頷く。




 二人の顔が近づいた。


 月明かりの届かぬ柱の陰で、誰にも聞こえない密談が始まる。




 「そのために、まず……」トヨルドが囁く。


 セイロンの瞳が細くなった。




 ――そして、静かに頷いた。


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