表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/30

トスクブルグ接待事変 その2

「それでは三の皿、孔雀の丸焼きになります」


 アデルが台車を転がしてきた。




 「こ、これは――生きておる!」


 トスクブルクは三度、目を丸くした。




 「丸焼きに首と羽を付けただけです」


 「生きてはおりません」


 アデルは笑った。




 「こ、こいつと目が合った」


 トスクブルクの額から大粒の汗が流れた。




 「捌きたてを活けているので」


 アデルは満面の笑みを湛えた。




 すると――




 「コケ―ーーー!」


 孔雀が断末魔の叫びをあげる。


 首がポロリと地面に落ちた。




 「ヒェーーーー!」


 トスクブルクは飛び上がって、後ずさった。




 「おおー、何と鮮度抜群の事ぞ」


 アデルは全く意に介さない。


 「魚ならまだしも、鳥が…………すごい生命力だ」




 オレも内心ビビった。背中も腋も汗びっしょりだ。


 顔面だけはポーカーフェイスを貫く。


 ――アデルめ、何て派手な演出をこしらえやがる。




 「それでは、切り分けます」


 というと、鋭利なナイフでロースト肉を切り分けた。




 糸でも引いているかのような、流れるナイフ捌きに一同釘付けとなる。




 「アデル伯爵は器用でらっしゃる」


 気を取り直したトスクブルグは感心する。




 ナイフが迷わない。


 孔雀は瞬く間に均等な切り身になった。




 「続きまして……第四の皿、野牛の炙り焼きです。」


 アデルは、生肉の塊と炭火を運んで現れた。




 「みな様の前で焼き上げます」


 というと燃え盛る炭火の炉で、肉を焼き始めた。




 肉を裏返すと立ち上がる油煙と炎。


 いこる炎と熱気に、皆が見とれる。




 「これは――食欲をそそりますな……」


 トスクブルグはすっかり気分を持ち直した。




 すると――


 アデルの淀みない動きが……急にテンポを落とし始めた。




 今までの流麗な動きに影が差す。




 「どうした、アデル。」


 声を掛けてやる。




 「な、何でもございません」


 アデルは答えるが、表情筋が固まっている。




 ――バサッ。




 肉を焼いていたアデルが突然倒れた。




 「ア、アデル。どうした!」




 オレはアデルを抱き上げ介抱する。


 白目を剥いている。




 「ドクターはおらんか? ドクターは」


 助けを呼んだ。




 泡を噴いている。




 駆けつけてきたドクターはアデルのお腹を擦り、問診する。




 「何かの中毒物を食べたのかもしれない」


 「吐かせるので、別室に」


 ドクターと何人かで、アデルは運ばれてしまった。




 「今日は驚くことばかりじゃ」


 トスクブルクは嘆息した。




 「すまんの、トスクブルク。――後はオレがやる」


 オレはアデルから外された前掛けを、腰に巻いた。




 「め、滅相もない。オデル公爵自らなど、勿体ない」


 トスクブルクは今度は困惑の表情を浮かべる。




 「招いた客人を、もてなさずには……返せませぬ」


 このまま返しては、


 ――オレの方が沽券にかかわる。




 「オレの手際を堪能してくれ」


 というと、残りの肉を焼きあげた。




 トスクブルクに見せつけるように焼いていると、ドクターの助手がやって来た。




 「危なかったです。アデル様が試食したものに、毒を盛られていました」




 「毒だと!」


 言い知れぬ恐怖が襲ってきた。


 鼓動が早くなる。




 オレがアデルに仕込んだ、腐った鹿肉とは訳が違う。


 ……あれはいたずらだ。




 「メットの修道院などに自生するマンドレイクの花が使われています」


 「幻覚作用があり、死に至ります」


 ドクターはオレを一瞥した。




 「誰かキッチンに入ったものがありましたか?」


 ドクターは尋ねてきた。




 「おまえ、心当たりはあるか?」


 アデルの調理助手に聞いてみる。




 「セイロン様がアデル様を訪ねて来た……くらいです」


 「その時、アデル様は給仕をなさっていたので……すぐ出ていかれました」


 調理助手は右前方を見据えながら思い出している。




 「その後、私も給仕を手伝ったので、無人の隙はあったかもしれませんが……」




 「まさかそのようなことが……」


 調理助手はうなだれた。




 「うーむ、誰がそのようなことを。――考えられぬの」


 と、言いつつも自分が腐った鹿肉を仕掛けられたように、隙は多い。




 ――キッチンは毒を盛られる前提ではないからな。




 「後ほどよく分析をしてくれ」


 と調理助手に言うと、気分を改める。




 ――香ばしく焼けた肉をトスクブルクに振舞った。




 「うまい! 天下のオデル様にサーブされた肉を食べられるだけで……」


 トスクブルクは感極まって、身をよじる。




 オレはキッチンに入り、アデルが用意しておいた最後のデザートを見る。


 ――これは、凄い。なんと、壮麗な。




 そして、アデルのまっすぐな気持ちが……伝わって来た。


 ……これを最後のデザートに選ぶ、アデルの心は?




 なぜか……急に胸に込み上げる感情が湧いてくる。




 なぜだ? なぜこれを選んだ?




 昂る思いを抑えて、トスクブルクの前にそれを運んだ。




 「最後となります。 第五の皿、デザート」


 「ゴールデン・グローブ・キャッスル」


 ザクロ、オレンジ、レモン、葡萄、無花果と……砂糖の壁。




 ――果物と砂糖で作られた、……我が城であった。




 精密に、本物そっくりに技巧されている。




 ……見事だ。




 トスクブルクよりも、オレの方が見惚れてしまっている。


 これだけ精巧なものは、この城に愛がなければ作れまい。




 これを崩して取り分けねばならないのか?




 ということは……?




 オレは砂糖細工の城を天守から切り崩して、トスクブルクにサーブした。


 その時の感覚は……築き上げた物への破壊。




 ――なぜか胸が痛んだ。




 「いかがですか? トスクブルグ殿」


 オレは内心の葛藤とは裏腹に、笑顔で問うてみた。




 「こんな甘いものが世の中にあるのですか?」


 「体の芯からとろける様だ」


 満足してくれているようだ。




 ――前世とは全く様相が違っていた。


 しかし、オレとアデルの溝がいよいよ修復できないところまで来たのは間違いない。




 毒を盛った犯人が挙げられない限り、アデルはオレを疑うであろう。


 「そう言えば、なぜセイロンが……?」


 少し胸が騒いだ。




 しかし、——雌雄を決しなければならない。


 ――その日はもうそこまで来ている。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ