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トスクブルグ接待事変 その1

「とうとうタケルサンも滅んだ……」


 オレは満足して、膝を打つ。




 「後は、シナ国、アリアランド……」


 「イアポニア国の、統一も見えてきた」


 アデルを見据える。




 「そうですね。いよいよですね。素晴らしい」


 ……アデルの返事は、相変わらずつまらない。


 感情が足りない。




 「タケルサン討伐では、トスクブルグ公に大きな借りがある」


 「彼の助力なくしては果たせなかった」


 これはオレの心からの思いだ。




 「私も同感でございます」


 アデルの同調は……心に響かない。




 いつの間にか二人の間には


 ……目に見えない溝が、




 存在している。




 アデルは笑った。




 だが目元は一ミリも動かなかった。




 「トスクブルグ公には、お礼の接待をせねば……ならんだろ?」


 オレは天下のオデル公爵。


 受けた恩は倍返しにしてこそ、




 オレが立つ。




 「左様でございます……な」




 やっと、語尾に感情が現れた。


 いい加減、業務的だとこちらも切れそうだ。




 奴め、すんでのところを狙ってやがる。




 「お前に今回の接待奉行を命じる」


 切れそうになった表情を抑え込み、




 無理やり笑顔に戻す。




 「贅を尽くして、トスクブルグをもてなしてやってくれ」


 アデルの目を射抜いた。




 「承知いたしました。お任せください」


 深々と頭を下げる。




 こいつ頭を垂れて、――また揺れている。


 笑っているのか? 辛いのか?




 「抜かるなよ。腐った鹿肉とか出すなよ」


 ――カマを掛けた。




 ……アデルの右眉だけ吊り上がったのを、




 オレは見逃さない。




 前世でも……鹿肉だった。


 あれでアデルを更迭した。




 オレは皆の前で奴のヅラを剥いだ。




 「ハゲ!」


 あれ以来だ。




 そして奴は裏切った。


 ……はて、今世はどうしたものか?




 「すべての料理を自分で毒見し、配膳いたしまする」


 アデルは、少しムキになっているような表情だ。




 ……バカマジメな奴で、面倒臭い。




 「うむ。全責任をお前に一任する」


 と言って、圧を与えておく。




 さてさて、腐った鹿肉でも仕込んどいてやるか……。




 ◇




 オレがメットに造った有鄰城。


 ――またの名をゴールデングラブキャッスル。




 現時点での、最高の贅と技術を尽くして造られた城。


 オレの権勢を、世に轟かす。




 ここに……トスクブルク伯爵を招いた。




 「本日はよくおいで下さいました」


 ホストのアデルが満面の笑みで、トスクブルグを出迎える。




 「何と壮麗な城構えであろう。」


 「目を開けていられない。すべてが金色ではないか!」


 トスクブルグは、貫禄の出てきた躰を揺する。




 「ここが……オデル様の居城」


 ――アデルはガイドする。




 金箔、極彩色、朱色、青色、緑色




 山の上に巨大な宝石箱が乗っている。




 天守最上階は八角形。




 内装は金箔だらけ。


 壁も柱も天井も。


 ……目が眩む。




 絵師のパブロに描かせた壁画は、


 ――テーマパークだ。




 昇龍、鳳凰、麒麟




 昇るごとに別世界になる




 「こんな城、見たことがない」


 最上階の八角形の部屋に案内され、


 トスクブルグはひたすら目を丸くする。




 「よく参られた。くつろぎなされ」


 天守でトスクブルグを出迎えた。


 ふふっ。圧倒されておる。




 「この天守から、メットの街並みを一望できる」


 トスクブルグを窓辺に案内する。




 「絶景ですな。天下を見渡せる。……人が米粒のようだ」


 「天下を獲った気分に浸れますな。これは。」


 恰幅の良いトスクブルグの躰が、歓喜で揺れる。




 「それも……時間の問題ですな」


 オレはドヤ顔をトスクブルグに向ける。




 「タケルサンは終わった、御礼申し上げる」


 軽く会釈をした。礼儀だからな。




 「次はシナ国、アリアランドも時間の問題だ」




 「シナはトヨルド、アリアランドはアデルに……討伐させる」




 その時、……控えで料理の最終チェックをしていたアデルは手が止まった。


 アリアランドはカスガ―とも縁戚のある同盟国。


 討伐とは? アデルは聞き捨てならない。




 「アリアランドは、同盟国では?」


 トスクブルグの声が響いた。




 「…………………………………………。」


 オレはトスクブルグにしか聞こえない声で囁いた。


 裏に控えるアデルには聞こえないように。




 アデルは一点を見詰め、シカ肉のローストを味見する。


 ……我を忘れた様に、何度も何度も咀嚼した。




 「晩餐を始めておくれ」


 オレはアデルに命じた。




 「こちらは8年寝かした蜂蜜酒になります」


 シナモンやクローブの香りが漂う。




 「おお! アデル殿自ら、接待して下さるのか?」


 また、トスクブルクは目を丸くする。




 「今日はすべての料理を、私が監修しております。」


 アデルは声高に宣言し、チラとオレを見た。




 ……こいつやる気だな。いい心構えだ。


 見せてもらおう。お前の本気を。




 ――その時、先に試飲しているトスクブルグの毒見役が倒れた。


 「どうした。大丈夫か?」


 トスクブルグとお供どもが心配そうに駆け寄る。




 「アデル、貴様!」


 オレはアデルを鋭く睨みつけた。


 こいつ、またしても……確信犯か?




 「お待ちください。」


 というと、アデルは毒見役が飲んでいる蜂蜜酒を自ら飲んだ。




 「……」


 しばし、様子を見る。




 「この通り。問題ございません。」


 「この者の……体調の問題のようです」


 アデルは真剣な表情だ。




 体中に緊張感の糸が張り巡らされている。




 「アデル殿、ご心配をかけた。この通り、美味しくいただいておる」


 というと、トスクブルグは蜂蜜酒を一気に飲み干した。




 部屋中の緊張感が一気にほぐれる。




 「うむ、そうか。おおかた緊張しすぎたのであろう」


 「では、次に参れ。」




 焦らせやがって。




 「では、一の皿 『森の恵み』になります」




 鹿肉の燻製、


 猪のハム、


 野兎のテリーヌ、


 山葡萄


 貴族にしか狩れない獲物が並ぶ。




 な、何ということだ!


 オレは心の中だけが、土砂降りのような大騒ぎになる。


 オレがトスクブルグ用に仕込んでおいた、腐った鹿肉がオレの手元にある。  


 ……アデルの奴、配膳で入れ替えやがったな!




 喰えるかこんなもの。


 喰ったら確実にお腹をやられる。




 「……」


 「よし、踊り子を呼べ!」


 オレは声を上げた。




 透き通る肌に、原色の布を纏ったバラッドダンサーが入場する。


 場が一瞬にして華やぐ。




 トスクブルグを始め男子の視線はダンサーに釘付けだ。


 オレはこの隙に、鹿肉を放かす。


 フォークで払って、ハンケチに包んだところで……




 纏わりつく視線と目が合った。




 ――アデルの野郎。


 お互いに言葉を発せず睨み合った。


 あの野郎、口元が緩んでいるように見える。




 しかし、先に視線を外したのはアデルだった。


 「セ、セイロン様」




 なに! ……なぜだ?


 ダンサーの中に孫のセイロンが?


 脇の下から嫌な汗が滴る。




 久しぶりに見るセイロンは、だいぶ大人びている。


 ――12、3歳になったか?


 肢体をくねらせて、右に左に舞う。


 その妖しさに視線と、心を奪われてしまう。




 「セイロン!」


 オレが叫ぶと、目の合ったセイロンは、


 茶目っ気たっぷりのウインクを返した。




 「トヨルド様の紹介で……」


 ――あの娘は、いつの間にあんな大人になったのであろう?




 歯止めのない胸騒ぎがオレを襲った。




 「では、二の皿、海の幸でございます」


 オレの懸念をよそに、


 アデルは自信満々に次の料理に移った。




 鯛の香草焼き


 川鱒の燻製


 帆立の白ワイン蒸し


 海老の蜜煮




 北方やシナ国から運んだ遠洋の品々。


 ――オレの物流力を誇示する。




 料理が運ばれるのと入れ替わりに、セイロン達ダンサーは退場した。




 何か後味が良くない。


 シルビアはウインザーと再婚の話が進んでいるはずだ。


 ――なぜこんなところにセイロンが出てくるのだ。




 後で、トヨルドを詰問せねば。




 次々に起こるハプニング。


 オレのシナリオとは違う展開。




 アデルは何か企んでいるのか?


 ――オレの疑念が頭の中で火花を散らした。 

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